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こんなふうに言いますと、僕が童貞というものをひどく尊重していたように取られるかも知れません。しかし、ちがいます。僕はかくべつ尊重はしていませんでした。一般的に言つても、そんなに大事なものであるとは思つていなかつたのです。今でも同じです。
だつて、そうではありませんか。誰にしたつて生れたままでいれば、そうなんですもの。「童貞」などという言葉で言うから立派そうに聞えますけど、それはあたりまえの、何でも無い事です。人間も動物です。或る時まで童貞で、それから或る時に童貞でなくなると言う事は、動物のすべてに起きる事で、尊重する必要も輕蔑する必要も無いと思うのです。僕は童貞なんか、どうでもよかつたのです。と言うよりも、それまで、ほとんど自分が童貞であることを意識することさえも無く過して來たと言うのが當つています。ですから、あの晩――と言うのは、僕が出征する三日前の晩です。そしてその次ぎの日の宵の口にMさんは僕をあなたの家の門口まで連れて行かれたのです。つまり、あの前の晩です――Mさんから聞かれるままに僕がまだ女を知らないことを何の氣も無く話しました。そしたらMさんが、いきなり眼をむいて、
「え! 君あ、すると、童貞かあ?」
と大聲を出して、びつくりされたので、實は、僕の方がかえつてびつくりしました。
前にも書いたように、僕は父の手ひとつで嚴格に育てられました。いえ、父は別に僕を嚴格に扱つたのではありません。僕も又、父のやりかたを嚴格だと感じたことは一度もありませんでした。父はむしろ、一人息子の僕を、ただ舐めるようにして可愛がつて育てただけです。ただその父がおそろしく剛直な古武士的な人間だつたために、自然に僕を可愛がる可愛がりかたが、ひとりでに「サムライの子」の育てかたになつたわけです。――ですから、僕が自分の育ちかたが嚴格なものである事に氣附いたのは、十八か十九になつてからでした。
とにかく、そんなふうに育てられ、乳母だけは知つていますが、自分の身近かに女の人が一人も居ませんでした。親戚には女の人は居ましたが、そんな所とあまり親しく交際もしませんでした。青年になるまでの僕の視野には、ほとんど女の姿は現われなかつたのです。今でも僕は女の人をあまり近くで見るとドギマギしてしまつて、どうしてよいかわからなくなり、自分には理解することのできないものを突きつけられた
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