金だけの問題では無くなつて、臨時工全体の待遇のことで一つ一つ細かい個条の交渉に、入つて来てゐるからね。先き行き風向き如何で、うまく行けばうまく行くし、又、全部がドンデン返しにひつくり返されるかもわからないんだ。いづれにしたつて俺達の方でシツカリしてゐるかどうかで、成り行きも決る。
留吉 それに、俺も、君達の仲間入りをさせてくれないか?
志水 え! ホントかい?
留吉 いや俺あ、なんにも解らねえ人間だし、なんにも別に出来やしない。ホンの仲間の端つこに入れてくれよ。そいだけでいいんだ。
志水 いいとも! 皆に異存の有らう筈が無い! しかし変つたなあ!
留吉 変つた変つたと、さう言ふなよ。いや、俺も、もうボヤボヤはして居れねえ。此処に住着いて、女房子供を抱へて暮すとなりや……。
磯 よかつたねえ! よかつたねえ、香代ちやん!
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(不意に堰を切つたやうにワーツと泣き出す香代。……その尾に附いて、より子も泣き出す……間)
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留吉 なあんだい? ……よろしく頼むよ、志水さん。
志水 いいさ。仲良くやらう。
留吉 あゝ俺あ馬鹿に腹が空いちまつたがなあ。今朝つから何も喰はずだから。なんか拵へてくれよ。
より あいよ。(涙を横なぐりに拭きながら)なんにしよう? 御飯? 鮭のうまいのがあるよ。
留吉 さうだなあ、俺あ、やつぱりうどんがいい。うどんにしてくれ。
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(やがて、志水とより子が、急におかしくなつて笑ひ出す。磯も笑ふ。好意に満ちた明るい笑声である。留吉も釣込まれて笑ふ)
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より あいよ。
香代 よりちやん、私にやらしておくれ。
より いいよ、あんたは其処においでよ。
香代 いえ、私がやる……(と、より子より先に調理場へ行かうとするが、大酔とシヨツクの後なので腰の辺が変になつて、一二歩オコツイて、土間に膝を突いてしまふ。しかし、ムキになつてより子を押しのけるやうにする)私がやると言つたら! (その涙でベトベトの顔が少し真剣でありすぎる)
磯 なんだよ、まあ!
留吉 大げさな、たかが、うどんを煮るのに、なんだ?
志水 アツハハハ、アツハハハハ! アツハハハハ、ハハハ。
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(磯もより子も留吉も釣込まれて笑ふ。香代だけが、ムキな顔付で、しかし、すなほに調理場の方へ)
(笑声。……離れた所を、貨物列車が、ゴーツゴーツと底深い響を立てて通つて行く)
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[#地から1字上げ](幕)

[#地から1字上げ](一九三七年、三月中旬)



底本:「三好十郎の仕事 第一巻」學藝書林
   1968(昭和43)年7月1日第1刷発行
初出:「中央公論」
   1937(昭和12年)6月号
※見出し前後の行アキ、字下げ、アキの不統一は、底本通りにしました。
※「〈〉」内は、底本編集部による注記です。「…カ」は、不確かな推測によるものをあらわしています。(底本では、「〈〉」はきっこう括弧です。)
入力:伊藤時也
校正:及川 雅・伊藤時也
2010年4月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたつたのは、ボランティアの皆さんです。
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