え! あれでも置いときや未だ結構一夏位着れるのにさ。ま、いいや。……あの、そいからね、これは私の使ひ古しでなんだけれど、締めておくれ。地味であんたにや少し可哀さうだが、物はこれでも博多なんだから。
香代 ありがたう。……そんな事、なさらなくてもいいんです。
磯 いえね、お前が今度の住替へで色々と無理をしてゐる心持あ、私にも解るつもりだよ。別に大したお世話をしてあげた訳でも無いのに、私の事を考へてくれるお前の志しを思へば、何とかもう少し恰好を附けてあげなきや済まないんだけど――。
香代 ……そんな事、ありませんよ。
磯 女世帯を張つてかうしてゐると、人の知らない苦労があるもんでね……近藤さんとの事にしたつて、私が好きこのんでの話ぢや無いものね。女なんて、一人でおつぽり出されりや、弱いもんさ。どうかね、私がお前の事を、そねんだり、……なんかしてこんな目に会はせるとだけは思つておくれで無いよ。
香代 とんでも無い、お宅からの前借は未だソツクリ残つてゐますし……それに近藤さんに金を借りたりしたんですから、私が悪いんですよ。自分で望んで他所へ行くんですから、おかみさんが気の毒がつて下さる事はあり
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