つた店内ながら、掃除をした後と見えて万事が整頓されてゐる。
畳敷の上り端にポツンと置いてある柳製のカバンの真白さ。傍に赤いフロシキ包みが一つ。ズツと離れて長食卓の一番前寄りに掛けて頬杖を突いて此方を見てゐるお香代。これから他行《よそゆき》するらしく髪も結ひ、割にキチンとした装である。酒を飲んだと見えて空のコツプが肱の前にある。
遠く炭坑町らしい物音。
[#ここで字下げ終わり]
磯の声 (奥の部屋から)お香代ちやん! 棒縞のメリンスの単衣は、もうカバンに詰めたつけねえ? (タンスを動かしてゐる音)……いくら捜しても此処にや入つてゐないよ。もう詰めたの、ねえお香代ちやん! ……(言ひながら奥から出て来る。手に二三の帯や衣類を抱へてゐる。店内を見るがお香代が動かないので眼に入らず)あら、どつか行つたんだね……いいや、私が入れといてあげる。……(独言しながらカバンを開ける)
香代 ……(忘れた頃になつて)え? なんですの?
磯 なんだ、居るぢやないの。いえね、メリンスで棒縞のが有つたろ?
香代 あれは島田さんとこのお婆さんにやつてしまひましたよ、ズーツとせん。
磯 まあ、もつたい無い事するね
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