前の亭主だもの、俺あビツクリしたぜ。
雪 ……だつて仕様無えもの。(下を向いて兄の前に膳を据ゑる)
留吉 なにかね、製板所ぢや土地の人が五十人も働らいてゐるつて?
雪 ……中で働らいてゐるのは二十人位だけどね、なんやかやで五十人位ゐるかな。貧乏人ばかりでね、工場が人手に渡るとその人達も追出されるさうで、直ぐ翌日から食つて行けなくならあ。
留吉 ……しかし、利助さんと言ふ男も、何だか妙な人だなあ。
雪 ……ネヂクレ根性だしね。……(燗の附いた酒を運んで来て、兄に酌をする)はい。
留吉 おゝ。……(飲んで)しかし、お前にやホントに済まなかつたなあ。苦労させた。……どうか、かんにんしてくれ。……だが俺も、あれから死にもの狂ひで働いたよ。これ見てくれ、手なんかかうしてタコだらけだ。ハハハ。
雪 (兄の掌を押して)まあねえ! (涙)……つらかつただらうねえ!
留吉 久しぶりに飲むと酒がノドにキリキリしみらあ。……しかし、もう大丈夫だよ、安心してくれ。もうお前にも苦労はさせねえ。俺とお前とは、たつた二人つきりの兄妹だからなあ。……一つ飲め。
雪 私あ、これにまだ乳やつてるんで、飲んだらいかんの。
前へ
次へ
全93ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング