る義理あ無えんだ! ひつこんでろい!
留吉 まあいいから! な! な! 妹が可哀さうなことになる。な、頼む!
利助 可哀さうたあ、誰の事だ? お雪か、へん! お雪なら、俺のカカアだ、お前の妹なんかぢや無え! 可哀さうだつて? なによ言やがる、その可哀さうな奴を、売り飛ばしたなあ、どこのどいつだ?
津村 それを言ふな? そんな君、無茶な、留吉君だつて、何も好んで――。
利助 へん、利いた風な頤を叩くのは止しにしろ!
留吉 ま、いいよ。君あ酔つてるんだから――。
利助 なにを? 酔つてゐると? 大きなお世話だ!(言葉の一つ一つに留吉の肩や額や頬を突きこくる)俺あな、お前から頂戴した酒くらつて酔つてゐるんぢや無えんだ!
留吉 ……(突きまくられてグラグラしながら後ろへさがつて行く。我慢してゐて、全く抵抗しない)
轟 まあさ! 利助君、まあさう君――。
利助 酒位自分の金で買わあ! 金が無くなりや、お雪を叩き売つてやらあ! もともと彼奴あ、貴様に叩き売られた女だ。それを俺が買つてやつたんだ。俺の勝手にしてやるんだい!
留吉 ……利助、それを本気で言ふのか?
利助 本気ならどうした? 本気だとも。いざとなりや人間、自分の手足だつて叩き売るんだ。俺の女を俺が売るのに何がどうした? お雪に聞いて見ろ、お前なんぞに売られるよりや、俺に売られるのが本望だとよ! 糞でもくらへ!
留吉 ……(無言で利助へ近づいて行き、いきなり相手の首筋と腰を掴んで、投げ飛ばす。不意に人が変つたやうに猛然と怒つてゐる)
利助 な! チ、チ! 野郎、やりやがつたな! (これも起き直つて、留吉へ組み付いて行く)畜生! 野郎! ……この! 畜生!
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(上になり下になりして二人の猛然な取組合ひ、殴り合ひ。……津村と轟が止めようとして周囲をウロウロするが、喧嘩が激し過ぎて傍から手を出す隙がない)
(喧嘩はしばらく続いた末、利助の方が次第に弱つて来る)
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留吉 ……(組敷いた利助を尚も二つ三つ殴つて置いて、その両足を持つて掘割の方へ引きずつて行く)……畜生! 貴様みたいな奴は、俺が殺してやるから、さう思へ! この! さ! (と掘割の水中へ叩き込む。わめきながら這ひ上つて来る利助を、又叩き込む。三度四度五度……)これでもかつ!
津村 留吉君! 留吉君! まあさ、そんな! 危いつ!
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(走つて出て来るお雪。幼児に乳をやつてゐた所を飛出して来たと見えて、ハダシに、幼児を抱いたまゝ。その後から伝七)
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雪 兄さんつ! (駆け寄つて行きさうにするが幼児に気附いて、墓地の草の上にそれをソツと臥《ねか》せて置いてから、留吉の方へ走つて、いきなり兄の手に武者ぶりつく)兄さん、あにをするだよつ!
留吉 寄るな! もう我慢ならねえんだ。
雪 いいから放して! 兄さん!
留吉 俺あいい! 俺あ、どうでもいいんだ! お雪、此奴あお前の事を屁とも思つちや居ねえんだ! 今日と言ふ今日は、此の野郎、どうするか! こらつ! (妹を振りもぎつて、更に利助を掘割の中へ叩き倒す)こん畜生!
雪 違ふ! 違ふ! 違ふよつ! 兄さん、そりや、違ふ!
留吉 お前は引込んで居れ! これでもか!
雪 違ふと言つたら! 兄さん! 違ふつ!
留吉 違ふ? 何がだ? 何が違ふんだ?
雪 兄さんにや解らねえんだ! 私等の事あ、兄さんにや解らねえんだ! 此の人が死んだら、私も生きちや居ねえだよ! 好きなんだよ! 此の人だつて、心《しん》から私のこと好きなんだよ!
留吉 ……嘘だ! ぢや、なんで、あんなにいぢめるんだ!
雪 いぢめるんぢや無え! 仕事がうまく行かねえので、当り所が無えで、私に当るだけだつ!
留吉 へつ、何を言つてゐやがる! お前は退いてろつ! (もう既にヘロヘロになつてゐる利助を更にぶんまはしはじめる)野郎、来いつ!
雪 解らねえんだ、兄さんにや! 兄さんの馬鹿! 兄さんの馬鹿! (叫んで、留吉に向つて掴みかゝつて行く。それは既に兄を押止めると言ふ程度を通り越して、利助の為めに真剣に兄と闘ふのである。もう叫声をあげてゐる余裕も無く、無言で兄の顔を引掻く。自身も、留吉から殴られてコメカミの辺から血をにじみ出させてゐる)
留吉 そいぢや貴様――(とヒヨイと妹の凄い位の真剣さに気附いて、振上げた手をそのまゝに、黙つてしまひ、妹の顔をマヂマヂと見詰める)……。な、……なんだ。
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(永い間。――少し離れて睨み合つてゐる兄妹。お雪の眼は敵意に満ちたものである。地上にへたばつてゐる利助は勿論、轟も津村も伝七も、先程から釘附けになつた様に二人を見守つたまゝ口が出せないでゐる)
(墓地の方から静かにきこえはじめる非常に非常に良
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