轟が昇つて来る)
[#ここで字下げ終わり]
轟 ……大きな声を出して、なんだ? (留吉に)やあ、いい天気だねえ。ハハハ、墓詣りかね?
留吉 ……ひでえ事になりましたね?
轟 これかね? いやあ、仕様無えさ、私など初め反対もして見たけれど、先頭に立つてゐる利助が、あの調子で猪みてえな男だからねえ。
留吉 ……。此処にや、俺の親父やおふくろを初め、先祖の骨がみんな埋まつてゐるんだ。
轟 (弁解して)墓なんぞ場所ふさげだと言ふんだ。死んだ人間が生きてる人間の邪魔をする手は無えと言ふ訳さ。アハハハ。いや、これに限らず、彼奴が、かうと思ひ立つたら、それが最後だ。おかげで今度の製板のイザコザぢや、私あ倉川と利助との間にはさまつて、弱つちまつてなあ。実あ、もう私あ、損をしても構はんから手を引きたいんだが、それもならんしねえ。このままで行きや利助と倉川にいぢめ殺されてしまふ!
留吉 全体、どうしたと言ふんですかね?
轟 細かい入り組みを話せばキリが無いが、要するに現ナマさ。今現ナマが千円もあれば、倉川だつて半年や一年待つてくれねえ事あ無え。倉川にしたつて、面倒な経営に乗り出すよりや、ふところ手で、下ろした資本の利廻りを見てゐた方が得だからねえ。何事に依らず肝心の物が無えと事がもめる。……どうだ留さん、君ひとつ、スパツと金を出して、製板へ乗り出して見ちやあ?
留吉 ……俺なんぞ、駄目だ。
轟 駄目なものか! なんなら出資だけしてくれゝば、共同経営の名儀にして、経営の方は私が一切やらうぢやないか!
津村 ……留吉君! で、斉藤さんの方の話だがなあ――。
伝七 (押しかぶせて)留さ! ひとつ頼むよ! なあ、昔のよしみに免じてさ! 利息はもう少し上げてもいいだ、えゝと、ぢや五分五厘ぢやどうだ? くそつ、思ひ切つちまへ! え、どうだ?
留吉 ……(急にすべてが耐へきれなくなり)いやだ。……俺あ、いやだよ。
轟 とにかくまあ、工場を一度見てくれよ! なあ! 今、器械全部は運転してゐないけどね、とにかく、見てくれ! (工場への傾斜を留吉を連れて降りて行きかけながら)もともと、これは有利な事業なんだからねえ、倉川も其処に目を附けてゐるのさ! (そこへ、酔つた利助が血相を変へて走り出して来る。手に封筒を掴み、懐中に何か呑んでゐる。走つて掘割の所まで行き、四人の後姿を認める)
利助 やい待て! 轟! おい! (と傍の人達を突きのけて轟の胸倉を掴んで掘割の傍まで引きずつて来る)
轟 な、な、なんだ? 何を無茶な――。
利助 貴様、俺を売つたな? 倉川に俺を売つたな、貴様?
轟 なに、売つた?
利助 惚けようたつて駄目だぞ! これを見ろ、これを! 畜生! (ピシリと相手の頬を打つ)
轟 乱暴するなあ止せ! 全体どうしたと言ふんだ。
利助 だから、これを見ろと言つてゐるんだ! (轟が片手で頬を抑へて、利助から封筒を受取つて開いて見てゐる)畜生! それも、倉川が自分の手でやるんなら、まだ男らしくつて話あ、解るんだ! 弁護士なんかに頼みやがつて、銀行名儀で営業停止の内容証明なんぞで送り附けるたあ、なんだつ!
轟 なるほど、さうだが……しかし、私ん所にや来てない――だらうと思ふんだ。
利助 だから、だから、お前、此の俺を倉川に売つたんだ!
轟 いや、そりや私んとこにも来てゐるだらう。今朝家を出たつきり未だ帰つて見ねえんだから――。
利助 嘘をつけ! 貴様あ倉川と腹を合せて俺を引つかけやがつたんだ! 俺あな、俺あな、もともとウヌ一人の鼻の下を心配してかうして頑張つてゐるんぢや無えんだぞ! 無けなしの金をはたいて、たとへ一株でも二株でも製板の株を買つてよ、それで以てズーツと製板で働いて来た村の連中はどうなるんだ! 五十人からの人間が、そいでどうなるんだ! 製板が倉川の手に渡りや、それがみんな、以前の様に百姓をやつて行かうにもタンボは無し、持つてる株はフイになる、金は無し、食へねえとなりや、よその土地へ流れて行つてウロウロしなきやならねえんだ! なるほど此の俺あ、ゴロツキ山師だ。昔つからのならずもんだ。しかし、お互ひ、人間の道あ、チツトばかり知つてゐるんだぞ!
轟 だつて、こんな事になつて来てゐるのに他人の事ばかりは言つて居れねえよ。
利助 それだつ! 言つたな? そいで売りやがつたな、畜生! ようし、どうするか見ろ! 野郎! (いきり立つて懐中からドキドキ光る鉈《なた》を掴み出す)
轟 あつ!
津村 利助君、あぶないつ! これ!
利助 俺の邪魔すると、どいつも此奴も叩き割つてやるぞ! 出ろつ! (驚ろいてウロウロしてゐた伝七、何かに思ひ付いて急に駈け出して去る)
轟 助けてくれ!
留吉 おい利助、止しな! 利助!
利助 なんだ利助だ? へん、俺あな、お前なんぞから呼び捨てにされ
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