誰も彼もがやつて行けなくなつて来ると、他人の事考へて仁義な事やつては居れねえからな。斉藤さんに限らねえ。
津村 伝七さん、なんで私の顔ばかり見るかね?
伝七 ハハ、いや、ねえ先生、いつか役人や技師が来て農村でも工業を大いにやらなきやならんと学校で何度も演説してさ、学校の先生達も馬鹿に力コブを入れてゐなさつたが、あんな事も嘘の皮だね。ヘツヘヘヘ、そんな事で一々踊らされて、無けなしの金で罐詰めの道具買つたり、製板の株買つたり、ハムを作るのに資本をかけたりして益々借金ふやす百姓こそ、いい面の皮だ。ハハハハ。学校あたりでも、修身など教へねえで、コスツからく立ちまはつて、人のカスリを取る法でも教へて呉れた方が助かるですがねえ?
津村 あにを言ふんだ、君あ!
伝七 あんだ? (二人、睨み合つて立つ――間。留吉は二人の口論に少しゲツソリして、黙つてしまひ、茶づけ飯の最後の一碗をかき込んでゐる)
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(利助が、酔つて戻つて来る。倉川との交渉はうまく行かなかつたらしい)
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利助 ……畜生! 倉川が何だ。轟がなんだ。人を馬鹿にしやあがつて――。おゝ、津村先生に伝七さんか? こんな所で何をしてゐるんだ? あがつたらいいぢやねえか。
伝七 どうだい、製板の方のゴタゴタは、うまく片附いたのか?
利助 なんだと? それがどうしたんだ! 利いた風な口を叩くのは止しな。君達ドン百姓にわかる事かい! (お雪が奥から出て来る)
津村 倉川の方へスツカリ抵当流れになつて渡つてしまひかけてゐるさうぢやないか? さうなると折角あすこ迄やつて来た君達はどうするんだよ?
利助 それがどうしたんだ? 俺あね、他人のフンドシで角力を取つたりなんぞのケチツ臭え真似はしないんだぞ。なんだい、どいつも此奴も、他人の金に目を附けてウロウロウロと歩きやがつて!
津村 何を云ふんだ、君あ? 私が、いつ――。
利助 俺の云ふ事が気に喰はねえのか、おい! 気に喰はなきや、どうするんだ! (と、津村の肩を掴む)
雪 あんた! あにを――(と土間に飛降りて夫の腕を引き離す)先生、かんにんして下せ、酔つてゐるだから! あんた!
津村 ぢや(留吉に)明日でも又ユツクリ話すから――。
伝七 ぢやま、こんだ、な、留さん――(二人早々に出て行く)
利助 何をしやがるんだ! 離せ、畜生! 離せと言つたら離せ! あんな奴等あ、一ぺん思ひ知らせて置かねえと癖にならあ!
雪 まあさ! あのね、酒もチヤント買つて有るから、落着いて、それでも飲んで、いつとき寝るだよ!
利助 酒? (ヂロリと留吉を見て)へん! なんだ、人の買つてくれた酒なんか飲むか! 鮎川利助を見そこなうなツ! (と、お雪を殴る)
留吉 (立つて行つて、止める)利助さん、まあ――。
利助 (肱で留吉の手をはねのけて)俺の女房を俺が叱るんだ! 他人の世話になるかい。此の野郎! (お雪を殴る)
雪 あつツ、ツ! お前さん! ツ!
利助 へつ、利いた風な事を言やあがつて、こん畜生! こら! (とお雪をピシヤピシヤ殴る。こみ上げて来る怒りを、辛うじて抑へてゐる留吉)


[#5字下げ]4 墓地[#「4 墓地」は中見出し]


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(二三日後の晴れた午後。花が咲き、草萠え、小鳥の囀つてゐる村の旧い墓地の丘。丘は、上手に向つて傾斜し平地になりかけた所で、急にけづり取られてゐて小さな崖を形造つてゐる。その底を、上手袖から廻り込んで掘られた幅一間半の水路。製板所の動力を取るために新らしく作られた掘割である。上手奥に製板所の屋根の一部が見おろされる。時々キユーン、キユーンと器械鋸で材木を挽いてゐる響。留吉が、ひどく陰欝に考へ込んだ姿で出て来る。迫ひすがる様にして、津村。勤務の帰りと見えて、紺サージの背広姿)
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津村 それに、近頃ぢや宅地はとにかく、耕作の出来る田地や山林と来たら、まるつきり少くなつてゐるからなあ。農業をしても合ひはしないのに、どう言ふもんかなあ、人がそいだけ多くなつたせゐかねえ、とにかく売りに出る田地は少くなつた。
留吉 ……。三千七百円で無きや、どうしてもいやだと言ふのかね?
津村 四千円一文切れてもいやだと言ふのを、私がお百度を踏んでやつと三百円だけ引かしたんだ。
留吉 ……でも、親父が死ぬ年に、あの田を斉藤に引き取つて貰つた時は、二千円少し切れてゐましたよ。
津村 それが、その当時と今とでは金の値が違つて来てると言ふんだよ。
留吉 ぢや、その話は一時見合せて下さい。……少し考へたこともあるんだ。……三千七百円なんて金も俺にや無い。
津村 しかし、いや、なに此の私がもう一息押せば三千五百迄にはして見せる自信はあるさ。あすこの息子が町の中学に入学する時にや、これで
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