居られたんぢや、いくらいきり立つたつて先ず喧嘩にやならないからな。長い物には巻かれろつて言ふ所だらう。
利助 へん、轟さん、一昨年あんたが私を叩きつぶしにかかつた時も、同じセリフをあんた言つたぜ。
轟 その時々の風の具合さ。一昨年は私だつてこれでいつぱしの長い物だつたが、今見たやうな手詰りになつて来るてえと、今度は、大きい金を抱いた倉川が長い物さ。もうヤケクソだ。倉川の手に製板から出した手形や借用証があれだけ実〈寄カ〉つてしまつたんぢや、いくら何でも、私には落とせない。君、ひとつ考へてくれ。それに君だつて製板の共同経営者なんだからな。
利助 共同経営者と言ふのは書類の上だけの話ぢやねえか! 一昨年以来、鐚一文の配当も俺あ受けた事あ無えんだ。おまけに、あれ以来まるで、俺あ製板の職工と同じ事をやつて、唯奉公みてえに働らいて来てるんだ。それと言ふのが、あゝして製板が俺達の手で経営されて居れば、大して儲かりはしないまでも、あれでも何やかやでは五十人近くの此の土地の人間が製板所で飯が喰つてゐられる事を思へばこそだ! それが、倉川なんぞの町の金貸しの手に渡れば、製板の職工から人夫すべて町から連れて来ると言ふぢやないか。糞、今更そんなベラボーな! 倉川ぢやチヤンと此の間今月の末まで待つと約束したぢや無えか! 男と男が言葉を番《つが》へたんだぜ!
轟 そんな事を俺に言つたつて始まらねえ! なんしろ俺だつて首が廻らないで苦しいんだ。こんな事なら、あれだけの田地売り飛ばして、製板所なんかやらなきやよかつたと後悔してゐるんだよ。農村の自力更生策だなんて、生意気な甘つちよろい考へなんぞ起したのは、一生の不覚だつたよ。(留吉を見て、無理に笑ふ)ハハハ、ハハ、やあ留吉さん、だつたね? 戻つて来たつて噂聞いたが、君も随分変つたなあ!
留吉 へえ。どうも暫く、その後――。
轟 どうもね、以前はこれで地主様で威張つてゐたが、製板工業なぞに手を出して、田地も何も皆すつちまつてね。ハハハ、みじめなもんさ。君あ旅で大分溜め込んで来たんだとか誰か言つてゐたが、どうかね、少し出資でもして援助してくれんのかね?
留吉 冗談言つてはいけませんよ。
轟 冗談ぢや無い! 投資してくれりや一年の間にや五倍にして返すがな。え? どうだ、留さん!
利助 ……(先刻から土間に突立つてしきりと考へ込んでゐたが)轟さん、あんた、倉川のオヤヂと何かたくらんだね?
轟 なんだつて? たくらんだ? 私が?
利助 でなきや急に彼奴がそんな事を言ふ筈が無え! あんた、蔭にまわつて彼奴を焚き付けたのとは違ふかね?
轟 何を! 俺が、そ、そ、そんな! 失敬な事を言ふなつ! 言ふ事に事を欠いて、――よし、ぢや直ぐ倉川の宿屋へ行つて、ぢかにぶつかつて見ようぢやないか?
利助 ……よし、ぢや行つて見よう! (先に立つてドシドシ表へ出て行く)
轟 (利助の後について一旦表に出てから、小走りに引返して来て)留さん! 先刻の話、ホントに一度真面目に考へて見といてくれないかね?
留吉 ……いやあ、私なぞ――。
轟 とにかく近い内にユツクリ話すから――(表へ消える)
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(短い問)
(二人の去つたのとは別の方角から酒徳利を下げて戻つて来るお雪)
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雪 ……ただ今。
留吉 あゝ。
雪 ……鮎川は?
留吉 今、轟さんが来てな、一緒に倉川とか言ふ人に会ふんだと出て行つたばかりだ。
雪 ……。兄さん、お腹減つたべ? 直ぐに膳の仕度すつから、待つててよ。(土間の隅で仕度する)
留吉 うむ。……製板所のゴタゴタと言ふかなあ、どう言ふんだ? 倉川と言ふ人が買ひ占めにかゝつてゐるのか?
雪 さうなの。いえね、あの製板は初め内の鮎川が山で当てた金で始めたもんでね……私を引かして呉れた時分だよ……もつともそん頃は未だ極く小さい工場だつたけどね。それに段々鮎川が失敗して、やりくりが附かなくなつた所へ、轟さんが乗り出して来て共同でやることになつたけど、工場の実際の事をやるのは鮎川が主で、轟さんはまあ金を出して株を買つただけ見たやうなものでね。それが今度又倉川と云ふ人の手に渡りさうになつてゐるんだつて。
留吉 そんな誰がやつてもうまく行かねえ工場なんぞを、どうするんだらうな?
雪 いえ、地道にやつて行けば、あれでいい加減儲けも有ると言ふけどね。
留吉 だつて現に利助さん失敗したと言ふ――。
雪 あの人はなんしろ気の多い人だから、それやつてゐながら、又別に山に手を出したりするもんだからさ。
留吉 さう言へば、昔から利助は山気の多い男だつた。「ごろつき山師」と村の人は言つてゐたつけ。ハハ、いや俺あそれ程には思つてゐなかつたがな。とにかく、あんまり良くは思つてゐなかつた。それが、かうして戻つて来て見たら、お
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