た訳ぢや無いんだ。
金助 そこをもう半月待つてくれと言つてゐるんぢや無えか。
留吉 だつて、今日返すつてお前約束したぜ。
志水 どうした? やつとあがりか?
金助 あゝ。監督の野郎、なかなかウンと言はねえんだ、今夜あ又一倍浸水がひどくてなあ。それに此奴あ、俺の傍に附きつきりでまるで念仏みてえに金の催促だ。大概腐らあ。いくら残業手当が欲しいからつて、留の奴の組で稼ぐなあ、もう御免だい!
香代 それ脱いだらどう? 乾かしてあげる。
金助 ありがたう。おう気味が悪いや。より公、直ぐに一本附けてくれ。ブルル、思ひつ切り熱くして呉れよ。
留吉 金助、返してくれよ。
辰造 (留吉を無視して金助に)早く腹を拵へて出かけよう。そろそろ寄り合ひが始まるぜ。
金助 うん。今夜こそあ、俺あ黙つちや居ねえぞ! 俺達の言ふ事に反対する奴が有つたら撲り飛ばしてやら!
留吉 金助、金を返してくれ。
より 留さん、あんたも、そのパツチ脱いだらどう、冷たいだろ? (と香代の顔を見る。香代は初めから留吉の方ばかり見てゐるが、彼女の性質では留吉に気持が有れば有るだけ寄つても行けないし、言葉もかけられず、奥歯を喰ひしばつて、金助の巻ゲートルの始末をしてゐる)……一本附けようか?
留吉 いや、俺あいいよ。後でうどんを食ふから。
志水 留さん、こないだから言つてた話なあ、今夜これから寄合つて相談するんだが、お前も出てくんねえか?
留吉 う?(あいまいに)うん……。
金助 (酒を飲む)そいつは、言ふだけ無駄だあ。
留吉 金返して呉れなきや、ホントに困るよ。
辰造 畜生! (いきなり目の前の燗徳利を留吉目がけて投げつける。燗徳利は留吉の肩をかすめ飛んで二重のハメ板に当つて大きな音を立てて割れる。さすがに皆ドツキリして総立ちになり留吉を見る)ケダモノめ!
志水 おい、辰!
辰造 とめるな! しつこいも程が有らあ! 来い、野郎! (留吉の方へ寄つて行く)
留吉 (眼こそキラキラしてゐるが、態度はおとなしい)……無茶あするなよ。(酒を手の平で拭いてゐる)
辰造 (留吉の襟首を掴んでこづき廻す)さあ、かゝつて来ねえのか、おい! 野郎! こら!
留吉 (抵抗しない)……なにをするんだ?
辰造 この! 畜生! 野郎! (いきなり相手の頬を殴りとばし、続いて腰を蹴とばして、倒れる相手の肩の辺を蹴る)これでもかつ! (と、さすがに今度は留吉の方でもかゝつて来るだらうと、飛び下つて応戦の身構へをする)(短い間。――留吉は痛さうに土間に坐る)
留吉 ……(やつと顔を持ち上げて)……金さへ返して呉れりや、いいんだ。(皆、呆れるよりも、その執念深さにむしろギヨツとしてゐる)
辰造 ……よし! ぢや払つてやるから、取れ! (懐中からガマ口を出して)こいつあ、島田んとこのおふくろにやるんで、今日勘定場で帽子を廻して集めた金だが、いいや、三円だな? 丁度それ位、あらあ、受取れ! (バラ銭を土間に投げる)
金助 しかし、辰兄い、そいぢや俺が困る、島田のおふくろにも、皆にも済まねえ。
辰造 なに、又集めりやいい。事情を話せば皆出してくれらあ。そして此の分はお前が月末になつて払へばいいんだ。(土間を這ひ廻るやうにして銭を集めてゐる留吉)チエツ! 人間の皮をかぶつたケダモノと言ふなあ、うぬの事だ! へん、ざまあ見ろ!
香代 ……畜生! (と口の中で言つて、プイと奥への入口から消える)
留吉 (拾ひ集めたものを勘定し終つて)三円二十銭だ。二十銭だけ多い、こりや返す。
辰造 なぐられ賃だ。取つて置け!
留吉 余分に貰ふ訳あ無え、返すよ。
辰造 ぢや其処で坐つたまゝ、お辞儀をして見ろ。そしたら利息としてそいだけやらあ。(留吉チヨツと辰造の顔を見て、次にお辞儀をしてから金を懐中にしまふ)アツハハハ! 見ろ! アツハハハ、ハハ!
留吉 (立つて行き、腰掛けに掛けて)……おい、うどんを一つ呉れ。(より子が調理場へ入つて行く)
金助 おい、そろそろ行かうか。
辰造 うん、行かう。志水、行かうぜ。
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(そこへ表から、十二三歳の少年の手を引いた老婆が、あわてゝ入つて来る。二人共恐ろしく汚い、みすぼらしい装をしてゐる。キヨロキヨロと店内を見廻す)
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金助 おゝ、島田のおふくろぢや無えか。まだ公会堂へは行かねえのかい。
婆 いえ、私あ、もう御免をこうむらうと思つてゐるんだよ。ねえ志水さん、もうあんた方いろいろに会社に掛合つて下さるのは止しにして下せえよ。それを言はうと思つて私あ昼間つから、あんたを捜してゐたんだよ。
志水 なんだつて? 止すとは?
婆 いえさ、あんたらが、死んだ伜の事で手当をドツサリ取つてくれようと色々と骨折つて下さるのは有りがたいけどさ、私達のことをダシにして、又段々と
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