イザコザが大きくなつて来ると――。
辰造 なんだつて? ダシにしてだと?
婆 早い話が、明日の百円よりや今日の一円だもの。下げて貰ふ金が此の先伸びれば、私等あ、どうして食つて行けるんですよ? かうして子供と婆あで、稼ぐと言つたつて何をやるんだね? 会社では、あゝして、二百円なら今日にも渡して下さらうと言つてゐるんだから、これ以上事を荒立てないで、早く二百円貰つて――。
金助 おい、おつ母あ、俺達あ何も事を荒立てようとはしてゐやしないんだよ。第一、たつた一人の稼ぎ人が会社の仕事で殺されたと言ふのに、その伜の命が二百円でいいのかい?
婆 冗談言つちやいけないよ! 伜の命が二百円でいいと誰が言つたい? 千円積んでも万円積んでも私あいやだよ。何を言つてやがるんだ。しかし、背に腹は代へられやしないやね。だからさ! 今、あの栄町の角の駄菓子屋の店が百五十円でソツクリ売りに出てゐるんだよ。早く買はねえと他所へ売れてしまふ。此の子を育てるのに私あ駄菓子屋でもしてと思つて、……だからさ! ねえ、志水さん!
辰造 千円取れゝば、駄菓子屋でも何でもやれるよ。
婆 取れりやいいさ、取れりやいいけど、下手をすると元も子も無くしてしまふ。十年ばかり前の争議の時だつて、似たやうな事が有つたんだよ。
志水 そんな事あ無えよ! 絶対、そんな事は無え!
婆 だつてさ――。
志水 おい、おつ母あ、俺の言ふ事が信用出来ねえのか? 俺が今迄お前にチヨツピリだつて嘘を吐いた事があるか?
婆 そりやね、お前さんの言ふ事あ信用するよ。お前さんは正直な人だ。しかし、大勢になりや、お前みたいな人ばかりは居ないよ。
志水 とにかく、俺にまかせて、公会堂へは行つてくれ。まちがつたら、俺が腹を切つて見せる。それでいいだろ?
婆 そりやね、そりや、まあ、行きますよ。しかし、ホントに早くしてお呉れよ。駄菓子屋の事はどうでもいいとして、恥を話さなきや解らない、私んとこぢやもう、米が無いんだよう!
志水 米が無い?
婆 私あ、こんな年寄でいくらも食べやしないけど、此の食ひ盛りの子が、二日も三日も水の様なお粥《かゆ》腹でシヨビタレてゐるのを、私が黙つて見てゐられると思ふのかい? (声を上げて泣く。金助も貰ひ泣きをしてゐる。しかし少年は歯を喰ひしばつてゐて泣かない)
辰造 さうか! ……それ程困つてるなら、なぜ一言俺でも誰でも仲間の者にさう言つてくれないんだ?
婆 でもさ、みんなもやつぱり困つてゐるんだもの、さうさう言へたもんぢや無いよ。
より (少年に)坊、おなか、空いてる?
少年 うん。
より うどんでもあげようか?
少年 金が無えんだよ。
より お金はいいのよ。
少年 ぢや、いいよ。
より どうしてさ?
少年 ……食ひたく無えや。(言ひながら、眼は、隅でうどんを食つてゐる留吉の方を睨んでゐる)
婆 そいで、言ひにくいけど、誰か二三円私に貸して呉れんかね? 直ぐに返すけど。一円でもいいよ。(顔を見合せてゐる志水と辰造と金助。三人とも金は無いらしい)……五十銭でもいいよ。
志水 ……今無えんだ。直ぐ後で、俺、なんとかするから――。
辰造 おい留公、おつ母あに少し貸してやれよ。二円でも三円でもいい。貸してくれ。
留吉 (うどんを食ふのを止めて)……? うん。……いつ返してくれるんだよ?
金助 金が取れたら直ぐ返すよ。
留吉 ……そいで、利息は、いくらだ?
辰造 ……畜生! ケダモノ奴! もう止せ、こんな奴に頼むのは止せ! 後で皆でなんとかすらあ。さ、行かう、おつ母あ。此のケダモノ野郎、ペツ! (と留吉の顔へ向つてツバを吐きかける)
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(店の前――舞台奥――を何か話しながらゾロゾロ通つて行く七八人の男達。中の二人が、ノレンから顔だけ出して)
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男一 おい、行かうぜ!
男二 もう大分集つたらしいよ!
辰造 よし! さ、行かう! (老婆を助けて外へ。続いて金助も出て行く。少年はそのまゝ立つて、暫く留吉の方をうらめしさうな眼で睨んでゐたが、やがて外へ)
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(留吉は又うどんを食ひはじめる。黙つてそれを見てゐる志水。――香代が奥から出て来て、二重に腰をかける)
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志水 ……留、……お前、そんなに金が欲しいのか?
留吉 ……? ……うん、欲しい。
志水 それ程までにして金が溜めたいかと言つてるんだ。
留吉 ……ほかに溜めようは無えもの。……できなきや泥棒するより無え。……俺あ泥棒はしたく無え。
志水 どうするんだい、その金を?
留吉 ……。(うどんを食ふ)
志水 まあ、そりや、どうでもいい。どうしてもお前、俺達の仲間に入るのは、いやなのか? 皆の所に一緒に来るわけには行かねえのか? 同じ所で同じ様に働らいてゐりや他人の
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