や無いぜ。
志水 だからかうして何とかして貰はうと思つて一所懸命にやつてゐるんぢやないか。
辰造 何とか「して貰ふ」か。一体に気が長過ぎるよ。
志水 又馬鹿を言ふ。考へて見ろ、この問題に就いちや、こないだからあれだけ俺達が口をすつぱくして説きつけても、百人余りも居る臨時工の中のやつと三十人位が「うん」と言つてくれただけだよ。今夜だつて、口先だけぢや皆来るとは言つてゐたが、俺あまあ四十人も来れば上出来だと思つてゐるんだ。なんと言つても渡り者が多いから、まとまりにくいんだ。
辰造 渡り人足なんぞ打つちやつといて、俺達だけでぶつ始めりやいいんだ。
志水 無茶言やあがる。そんな風に行きや苦労しねえよ。御時世が違わあ。
辰造 御時世? ぢや、こんな御時世を俺達が拵へたのか? え、おい? 俺達あな、うぬが命を張つて、一両あまりの日当でその日暮しをして居れれば、嬉し涙をこぼしている人間だぜ。それが、どこがどうしたれば、御時世なんだ! どこの何様が、こんな御時世を拵へたんだ? 笑はすない!
志水 そんな利いた風な口を利くんだつたら、会社の人事課の窓口に行つて喋つて見ろ、トタンにお払ひ箱だ。
辰造 おう、よからう、誰が聞いても間違ひの無え事を言つてお払ひ箱になりや、此の辰造は本望だ。此処ばかりにてんとさんは照らねえ。
志水 さうなれば、こんだお前も、渡り人足になるんだぜ? それでいいのか?
辰造 あ、さうか! こいつあ、いけねえ。(志水とより子がふき出す)アハハ、渡り人足はまつぴらだ。見ろ、ほれ、あの留だ。不人情と言つたつて仲間つぱづれと言つたつて、あんな人で無しは居るもんぢや無え。此度の話だつて、ほかの連中は腹ん中あとにかく、口先だけでも反対する者あ一人も居ないんだ。だのにあの留吉と来たら、此方の話に返事一つしやがらねえんだ。「俺あチヨツト訳があるから」……かうだ。訳が聞いて呆れるよ! 金が溜めたいだけぢやねえか。ボロツ屑め! 香代ちんも香代ちんだ、いくら好きだと言つたつて、あんな渡りもんのボロツ屑に惚れなくたつていいぢや無えか。しかも片想ひと来てるから念が入つてやがらあ。此の町にや他に男は居ねえのかホントに! どう言ふんだい全体、え、より公?
より 去年の秋、香代ちやんが赤ん坊の事やなんかで変な気になつてゐたとこを、線路の所で留さんに助けて貰つたのがキツカケでせう。
志水 留公が此処にたどり着いた時の事だらう? そいつあ、あべこべだ。留公の方ぢや香代ちやんに助けられたと言つてたぜ。
より さう? 変ねえ。でも香代ちやんは[#「香代ちやんは」は底本では「香代ちゃんは」]さう言つたわよ。
辰造 そんな事どうでもいいよ。留の奴あ、どうしても、もう二千円近くの金は溜めてゐると俺あ睨んでゐるんだ。
より (眼を丸くして)二千円? 嘘う! いくらなんだつて、留さんが此処へ来たのが去年の秋で、今、四月だから、まだやつと、半年そこそこよ。いくら稼いだつて――。それに、そんなに金の有る人が、此の家へ来ても酒一滴飲まず、食べる物だつて一番安い物を、大概うどんよ、それも一日に二回しきや食べない事があるのに、まさかあ!
辰造 それなんだ! 食ふものも食はないで稼ぐ奴だ。それを利息を取つて人に貸す。近頃ぢや、仲間の連中に五十銭一円と日歩の金を貸し附けてゐるんだぜ。今日五十銭借りると明日十銭附けて六十銭返すんだ。なんて事あ無え、日歩二割ぢや無えか! みんな、うらみにうらんでゐるぜ。しかし、やつぱり苦しいもんだから借りちまうんだ。
志水 さう言へば、留吉あ、まだ、あがつて来ねえのかなあ。
より 今夜は残業だつて言つてたわよ。
志水 あゝ、さうだ、ありや金助と一緒だつた。
辰造 あいつは去年の秋此の町へ来た時に、いい加減金あ持つてゐたと俺あ睨んでゐるよ。渡り人足の我利々々な奴と来た日にや、煮ても焼いても食へねえ。ぺつ! 畜生、酒えまずくなつたい! 新らしいのを附けてくれ、より公。
志水 もういいよ、今夜あ、それで止せよ。
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(蔦屋の女主人のお磯――三十七八才――が奥から出て来る)
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辰造 いいよ、大事な晩だ、絶対に酔はねえ、もう一本だけだ。(より子、立つて行く)飲みでもしなきやたまるかい、ねえお神さん、さうだらう?
磯 いらつしやい。(笑つて)さうですよ。世間がかうセチがらく、せつぱ詰つて来るとね。
辰造 香代ちやんなあ、お神さん、ありや留の奴に惚れてるつてえのは、正直の所、本当かね?
磯 さあね。ウフフ、どうして?
辰造 どうつて訳あ無えけどね、せつかく香代ちやん程のいい女が、選りに選つて、あんなケダモノ野郎にさ――。しかも留の奴あ、知らん顔してゐるさうぢや無いか。
より やける? もしかすると、あんた香代ちやんにホの字ぢや
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