――
利助 ぢや貴様一人で行け! 俺あ、骨がシヤリになつても此処でやるんだ。倉川や轟をもう一度見返してやらねえぢや俺あ死にきれねえんだ――
雪 ……だども、さ――。
利助 アゴタ叩くのは止せつ! ムシヤクシヤすらあ。……おゝ、酒を買つて来い。
雪 そんな、朝から飲むの、よしておくれ。身体に悪いから。それに、兄さんも来てんだから。
利助 へん! 兄さんだつて? 彼奴あ、五年前お前をあんな所に叩き売つた奴だぞ!
雪 叩き売つたんぢや無えてば。兄さんにもう一旗あげさせようと思つて、そいで、私の方から望んで――。
利助 同じ事ぢやねえか! 俺があん時一山当てた金でお前を身請けしてゐなかつたら、今頃はお前の身体あ、梅毒かなんかで腐つてゐたんだぞ、此の馬鹿野郎! 今頃ノコノコ帰つて来やあがつて、済まねえが聞いて呆れらあ!
雪 (奥を気にして)あんた、聞こえるから――。
利助 聞こえたつていいぢや無えか、本当の事言つてんだ! グズグズ言はずに、早く酒買つて来い。
雪 だどもさ、山徳ぢや、借りが溜つて、もう掛けではよこさねえのに……。
利助 現金持つて行きや文句無えぢやねえか。
雪 さう、あんた、言うたとて、無いのに……。質屋さ持つて行く物だつて、もう。
利助 甲斐性の無えアマだ、何とか都合して来う! 早く行け! 行かねえかつ!
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(炉にくすぶつてゐた木の根つこを、鷲掴みにして立つて行く)
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雪 だどもさ……(木を投げられた場合に背中の児に当らぬやうに肩口へ手を廻してかばひながら、徳利を捜す)そんな、あんた……行くよ。
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(襖が開いて、留吉が出て来る。寝起きの晴れ晴れとした表情)
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留吉 やあ、お早――(その場の様子の変なのに気が附いて、チヨツト妹夫婦を見較べてゐる。利助炉の傍へ戻つて来てムツツリ坐る)……お早う。(戸外を覗いて)いけねえ、もうお早うでも無えか。ハハハハ。あんしろ、此処に戻つて来て以来、永い間のくたびれが出たと見えて、いくら寝ても寝足りねえ。まるで身体が溶け込んで行くやうに眠いんだ。(妹が出してくれるタオルと塩を受取つて、土間へ降りる)おい……(表のカケヒの方へ出て行き、顔を水で一二度パシヤパシヤやる)
利助 ……早く買つて来い!
雪 へえ。……
留吉 国の景色は綺麗だなあ!
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