り 又酔つた。仕様が無いねえ!
香代 百円やらうと言つてんだよ、いらないの?
留吉 そりや――。
より (香代の気持が迫つて来るので、泣けて来る)香代ちやん! ……(香代はゲラゲラ笑ふし、より子は泣くので、留吉は面喰つて二人を見較べてゐる――)……留さん! あんた香代ちやんの事、わからないのかねえ?
留吉 だからさ、俺あ、もし貸してくれるんなら――。
香代 貸すんぢやない、やるんだ! (帯の間から紙幣束を出して、留吉の前の食卓の上に放る)早く国へ帰るがいいよ! (怒つた様な調子)
より あんた! 香代ちやん! それを、なにすると、近藤さんとの事、いよいよ、のつぴきならなくなるんだよ! お前、そいで、どうするのさ! ねえ、香代ちやん!
香代 どうせ、もう、仕方が無いさ。それんばかり返して見たつて、どうせもう、こいだけ金で縛られてりや、なるやうになるんだ。ぶん相応だよ!
留吉 お前、酔つてゐるんだ。
香代 酔つてゐたつて、これんばかしの酒に間違やあしない。おとなしく、それ持つて、トツトと国へ帰るがいい! 私の前でチラクラして目ざはりだよ!
留吉 だけど、これは、いつか言つてゐた新村に預けてある子供の方へ渡してやる金ぢや無えのか?
香代 三吉は、新村の先方へ、もう呉れてやつてしまつたんだよ。畜生! 私みたいな、こんな、しようの無い母親が附いてゐたつて、子供に、それが何の足しになるんだ! 私あ、かう見えても、蔦屋の、お香代さんだよ! なんだつ!
留吉 さうか。……ぢや借りるぜ。ありがてえ! その代り信州へ帰つたら、直ぐに都合して送り返すよ。さうだな、利息は五分にしといてくれ。もつと出したいが――。
香代 こん畜生! (コツプを投げる。それの割れる音)利息だつて? な、な、何を生意気な! やるんだと言つたら!
より (はらはらして介抱する)お香代ちやん! そんなお前、無茶をして! 留さん、お前さんもホントに、留さん! お前さん、此処に来てから、あんなに香代ちやんに――仕事も世話になるし、あんなひどい脚気も香代ちやんに治して貰ふし、脚気を治して――(と焦るが、うまく言へない)
香代 なにをオタオタ言つてんだよ。人間の皮か! アハハハ、馬鹿野郎! 馬鹿野郎! (その狂態を留吉驚ろいて見てゐる)どうする、いつ帰る? 早く帰れよ、さあ帰れ! 帰れ! 帰つて、もう二度と再び来るなつ!

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