事あ自分の事だぜ。
留吉 俺あ金を溜めて、国へ帰らなきやならねえんだ。……だからかうして食ふ物も食はずに、毎晩おそくまで、人のいやがる仕事はみんな引受けてビシヨ濡れになつて稼いでるんだよ。……もう少しで国へ帰れるんだ。
志水 さうか。……(まだ何か言ひたさうにするが、止して、スタスタ外へ出て行く)
香代 ……よりちやん、一杯。冷やでいいわ。
より しかし、いいの、そんなに飲んで?
香代 いいつたら!
より さう? だけどねえ……(コツプに酒を注いで持つて来る)あいよ。
香代 (飲む。カーツとなりさうなのを努めて抑へた静かな調子)留さん、お前さん、もう少しで国へ帰れるんだつて?
留吉 ……さうだよ。信州を出てから五年間、かうして稼いで来たんだからな。俺あ嬉しくつてならねえんだよ。
香代 もう少しと言ふのは、いくらなの?
留吉 あと、百円足らずだ。二月ありや稼げる。そしたら俺あ――。
香代 二千円で、妹さんの身請けをして――。
留吉 いや、それよりも田地を買戻す方が先きだ。お雪の借金はあん時で四百円だつたから、もうよつぽど減つてゐるか、或ひはもう肩が抜けて堅気になつてゐるかも知れねえ。
香代 さう? そんなもんかねえ、フン。よりちやん、もう一つ。
より 冗談言つちやいけないよ、留さん! やつぱし、なんだらう、妹さんの行つた先も、やつぱし、こんな風な飲屋かなんかだろ?
留吉 小さい料理屋だよ。何か、おかしなうちだ。
より (香代に酒を持つて行つてやりながら)んぢや駄目だよ。一度前借をしてこんな世界に飛込んだが最後、二年や三年で抜けられやしないんだから。私達を御覧よ、借金はグイグイふえる一方だから。
留吉 そいつは、お前達がチヤンと、しまつてやらねえからだ。
より 田地を買戻すなんか後廻しにして、その妹さんの方を先きにおしよ。
留吉 とにかく一刻も早く国へ帰りてえよ。俺が帰りや一切合切、片附くんだ。
香代 その、あとの百円、私があげようか?
留吉 ……なんだつて? 百円?
香代 百円あげるから、お前さん、そこに坐つて、私の足の裏を舐める?
留吉 ……?
香代 百円だよ。舐めるの?
より 香代ちやん! お前――。
香代 アツハハハ、ハハハ!
留吉 なんだよ? どうしたんだ?
香代 『人間の皮をかぶつた』か。うまく、かぶつたもんねえ! アツハハハ、ハハハ! あゝ、おかしい!

前へ 次へ
全47ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング