読むことのできる人だろう。それがストーンの著書をぜんたいどんな読みかたをなさったために、それが南鮮側とアメリカ側の有罪の証明だとの判断をなさったのだろう?
 私が質問したいのは、このことなのです。
 あなたは、もしかするとほかの理由で、朝鮮戦争は南鮮側とアメリカ側の挑発によるものだと思いたい希望をかねてから持っていられたのではないでしょうか? その希望にストーンの本がピッタリあてはまったのではないのか? だから、それを科学的に検討する余裕を失って、ウノミになさったのではないでしょうか? どんなにかしこい学者でも、自分の主観に目がくらむと、そのようなことをするものらしいのです。白痴でさえもしないことをです。
 聞くところによりますと、あなたは日本大衆のあいだにひじょうに大きな影響力を持っていられるそうです。あなたが講演旅行などなさると、恐ろしく多数の聴衆が押しかけて、あなたの言われることを、白熱的に受け入れることは、あなた自身も書いていられます。してみると、朝鮮戦争についての、右のあなたの言葉をデマゴギイだと知らないで、またデマゴギイだと気がつかないで、あなたの意見に引きずっていかれるであろう大衆も相当多いだろうと考えられます。そしてそのことは、わが日本大衆を、明瞭な理由なしに、東西両陣営のどちらかへ味方したり敵対させたりする動機となり、それによって必要も必然もなしに日本大衆を二つに分裂させることになります。すくなくとも無益に混乱させることになる。そういうことをあなたはなさっているのです。
 しかも、取りあつかわれている問題は、小さい問題ではない。朝鮮問題は、私どもにとって海のむこうの国の内乱として見すごしていられる事件ではすでにないのです。それはじつは、わが日本国内にも内在している問題であって、それが朝鮮では気の毒なことに、いろいろの理由のために戦争にまで発展してしまった。しかし戦争だけは一日も早くやめにしてほしい。したがってまた、日本における同じ問題を、どんなことがあっても戦争のようなものに発展させないようにしなければならない。そういう努力をわれわれはしなければならぬ。だから慎重にこの問題をあつかわなければならぬと思うのです。
 東西両陣営の、いずれの側に属するチンドン屋のチンドン商売の材料にしてもらいたくはないのはもちろん、あまりに主観的になったために白痴さえもしないようなことをする学者にいじりまわされるだけで捨ててはおけないのであります。
 いや、朝鮮戦争は、現在の世界における東西両陣営の対立関係が、もっとも尖鋭に焦点をむすんだ個所だとも言えますので、ただ単に朝鮮人や日本人にとってだけでなく、世界全体にとっての重大な問題であります。そのことも、あのことも、あなたは百もご承知であるはずです。だのに、どうして、あのような断定をなさるのでしょうか? そのわけを聞かせてください。それとも、あなたはストーンの著書が示している結論が、事実であったと証明することのできる証拠を、ほかに持っていられるのでしょうか? 持っていられるならば、それを示してください。それを示すこともできず、同時に、右の帯紙のご文章を取消しもなさらなければ、私および私に似たような者たちは、失礼ながらあなたを、一個のみごとなるチンドン屋とみる以外にないでありましょう。
 なぜ私がこのようにシツコイかといいますと、ほかに理由はありません。もし、朝鮮戦争勃発が、ストーンがそう言いたがっており、それをあなたが肯定なさっているように、アメリカおよび南鮮側の挑発や陰謀によることが真実であるならば、そしてそれが真実であるとの確証を握ったならば、その瞬間から、じつは私自身もアメリカおよび南鮮側を非難し抗議せざるをえないし、したいからであります。それだけのためであります。
 もし、万一、そういうふうになりましたら、このことに関するかぎり、ストーンやあなたなどの同志の一人で私はあるわけなので、どうかその末席にならぶことを許してください。
 もしまたそうでなく、真実はストーンやあなたの言われることと反対であることがハッキリしたばあいには、私どもはただ単にあなたを一個のチンドン屋としてみるだけでなく、われわれ日本人を二つに引きさき混乱させるところの有害なる人として、あなたを弾劾せざるをえないでありましょう。

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 清水幾太郎様
 あなたの論文を十数編こんど読みかえして気がついたことは、それらが、全体としても一編々々も、ひじょうに反米的な調子を持っていることでした。それは反米的気分というのではなくて、明確な理由のある意見として出されているもので、おおよそは賛成できるものであります。日本は敗戦後七年間も国連軍(その主力はアメリカ軍)の占領下にあり、引きつづいて現在も、かなりの程度までアメリカの圧力の下にあるのですから、われわれはそれにたいして、何かの形でか抵抗を感じざるをえないので、われわれの意見もそのことに関することが主となるのは当然です。
 しかしそれにしても、あなたがソビエットについて書かれたものが、ほとんど見あたりません。しかも、いろいろの問題についてのあなたのご意見を総合すると、あなたはソビエットまたはソビエット体系を、積極的に肯定なさっている人のように見えます。だのに、どうしてそれについてものを言われないのだろう?
 ソビエットとの直接の接触が少ないためという理由はわかりますが、それにしても、あまりに言われない。なぜだろう?
 そういう疑問を抱きながら、私はつぎのようなことを考えたのです。前記のストーンのことについてです。ストーンはアメリカ人で、そして「秘史朝鮮戦争」のような本を書いて、それをアメリカで出版した。こんな本を出版する自由がアメリカにはある。そしてその後ストーンがアメリカ官憲に捕えられたり公訴されたりしたという話は聞かない。そしてその朝鮮戦争はアメリカおよびアメリカ人にとって、どういう事件だろう?
 朝鮮戦線ではアメリカの青年が、数多く戦死しつつあり、アメリカ国費の巨大なものが費されている。つまり朝鮮戦争は少なくともアメリカ政府にとっては、へんな言葉ですが、「国是」であります。その国是の出発点を虚偽であり非行だと糾弾《きゅうだん》する方向へむかって書かれたこの本が、その国内で出版され、そして出版者も著者も処罰されない。そのような国がアメリカだということです。その点で私はアメリカを、さまざまのちがったものを持ちながらも、根本的によい国だと思わないわけにはいきません。
 戦争中の日本で、だれかがその本で太平洋戦争を否定し非難したとしたら、どうだったでしょう? また、現在のソビエットで、ソビエットが国として遂行している重大な戦争または事業のことで、その根本的な虚偽と非行を糾弾する本を書いて出版したら、どういうことになるでしょうか? ゾッと寒気が起きるようなことが、関係者一同のうえにおきるような気がします。
 あなたは、そのようなことを一度も考えられたことはないでしょうか? 考えたことがおありでしたら、そのことが、あなたの持っていられるらしいソビエット肯定のお気持と、反米的意見に、どんなふうに作用しているのか、または作用していないかをうかがいたいと思います。
 なぜ私がこのようなことを質問するかといいますと、日本のインテリゲンチャのなかには、学問的にも実際的にも、そのことをハッキリとつかみとる段取りを抜きにして、資本主義というものは悪いものであるという、ホッテントットふうの固定観念を持っている者が多く、その資本主義国が外国、ことに社会主義や共産主義を称している外国にたいしてする対外関係においては、悪いのはいつでも資本主義国であると思いこむ傾向が強いようです。インテリのなかでも、とくに共産主義者や社会主義者にこの傾向ははなはだしい。
 朝鮮戦争の例のばあいもそうでした。私は少しでも自分の判断を正確なものにしたいと思って、いろいろの多数の人たちの意見を聞きあつめましたが、その中でもっともいちじるしかったことは、私の知っている多数の共産主義者のことごとくが、一人のこらず判で押したように、しかも即座に、戦争勃発については北鮮には責任なく、アメリカと南鮮が陰謀し挑発したものであると確言したことです。しかも、それについての十分な証拠をあげようとした人は、ほとんどいませんでした。
 それは、まるで、共産主義や社会主義を称している国や勢力は、悪をはたらくことは絶対にありえないと、信じているもののように見えました。それほどまでに、共産主義や社会主義を絶対的に、ちょうど金ののべ棒をウノミにしたように呑みこんで信じきり、少しの不自由も不満も感じない状態というものはさしあたり、いかんともすべからざるものであり、軽蔑よりも、羨望を感じさせる種類の状態であります。しかしそれは、真実だとか正義だとか人間平等だとか寛容とか科学とかが打ちたてられなければならぬところでは、役にたたないばかりでなく、有害なものであります。
 あなたにききたいのは、あなたもまたそういうインテリゲンチャの一人ではないか? そうではないかとご自分で考えられたことはないだろうかということです。一言にいいますと、アメリカのような資本主義国と、共産主義や社会主義を称している国とが紛争を起したばあいは、あなたにとっては、調査や検討や論議以前に、絶対無条件に、有罪なのは資本主義国ではないのかということです。
 私のつぎの質問は、そのこととつながりのあることであります。
 私は社会学や経済学について、専門的に高度の学問をしたことはありません。しかし初歩の基礎的なところだけは、いくらか正確に学んでいると自分では思っています。
 そのような私の判断がどこまで確かであるか、あまり自信はありませんが、数冊のあなたの著書や多数の雑誌論文などを通読して推測するのに、あなたはだいたいマルクシズムによっていられるらしいと思います。社会現象や経済現象の説明の方法としては、マルクス以外の、また以後の英米の学者の方法などを採用なさっているところはかなりありますが基本的なまた中心的なものはマルクシズムではないでしょうか。いかがでしょう?
 これをもっと具体的に、たとえばあなたの論文のなかのこれこれの要素やこれこれの個所は、マルクシズムのこれこれの部分とこれこれのつながりがあるといったふうに書けば良いのですが(――ユックリ書けば、それは私にある程度まで書けると思います)、いま、その時間がありませんので、はぶいて、ただ私にはそうとしか見えないとだけ言っておきます。さらにまた、あなたのいろいろのご意見のなかで、ばあいによって納得がいかないような個所も、あなたのイデオロギイがマルクシズムだと見て読むと、たいがい理解できることが多いのです。あなたは学者だし、自己反省の力の強いかたのようですから、このことはあなた自身知っていられることと思います。
 そして、イデオロギイとしてマルクシズムを持っている人は、共産主義者になるか共産党員になるのがふつうだし、自然です。とくにその人が学者であって、ものごとを論理的に科学的に一貫性をもって考える能力を高く持っているばあいには、むしろそうならないのが不自然なことでしょう。あなたはマルクシズムをイデオロギイとして持っていられるらしいのに、共産主義者でも共産党員でもないらしいが、それはなぜでしょうか? それをうかがいたいのです。
 もっとも、じつはあなたは共産主義者または共産党員かもしれない。そのことを私だけが知らないのかもしれないし、または、あなたが何かの理由のためそれを隠していられるのかもしれない。秘密共産党員というものもあるらしいし、そういう戦術の必要もわからなくはありませんから、それならそれで結構でして、もしそうなら、このことをこれ以上追究する興味も必要も私にありません。ただ、妙な、おかしい話だとは思います。なぜなら、共産主義者は原則として公然と活動するのが立てまえのように私は承知しているし、現在の日本共産
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