要求する権利があると思います。また、大衆指導者には、それを知らせる義務があると思います。
たとえば徳田球一がみちびいていこうとするところは、われわれにハッキリしている。共産主義革命です。だからそれを望む者は徳田にみちびかれていくがよい。
みちびかれていった先に、これまでの特権階級やブルジョアや地主を断罪するための人民裁判所や、プロレタリア独裁政権のための政府や、ノルマさえ守っていれば当てがってもらえる労働者の幸福や、コルホーズや、強制労働収容所や、秘密警察の殺戮《さつりく》や拷問等々がそこにはあって、「自由の女神」や、フォード工場や、「飢える自由」や、政府の政治をどんなに否定的にでも批判する自由等々がそこにあるはずはありません。だいたい見当がつくのであります。
ところが、あなたがみちびいていかれるであろうところがどこなのか、そこに何があるのか、どうもよくわからないのです。しかし、日本の現体勢にたいするあなたの批判は、あらゆる領域にわたって、かなりシンラツに否定的です。そこには、一つ一つの問題について、これをこう直せばこうなるから直したがよいといったふうの意見やヒントはほとんど与え
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