と言われたことは、あまりありません。ですから白痴であろうと言われて、正直のところ、かなり気を悪くしました。
それに、清水という人は、どういうわけで、またどういう資格で、こんな思いきったことを書くのだろう、こういうものの言いかたの中には、この本に書いてあることをウノミにして、朝鮮戦争はアメリカと南鮮の挑発によるものだと信じこむように、人を脅かすような響きがこもっている。現にこの本を読むことによって、軽率にもそう思いこんでしまったところの純真な青年が、私の知っているだけでも数人いる。そうすると、日本全国について言えば、そういう人はかなり多数にのぼるのではなかろうか等々と私は考えてきました。すると、私はただ、しょげたり気を悪くしたりしているところにとどまっていられなくて、しだいに腹がたってきたのです。
たしかに私は白痴か白痴にちかいものかもしれません。そしてあなたは白痴ではなく、かしこい人です。白痴はときどきムチャなことを言いますから、怒らないでください。
ストーンのようなものの見かたや書きかたをする人、そのストーンの本についてあなたのような言いかたをする人のことを、われわれ白痴のことばではデマゴーグと言います。デマゴーグとは、人びとにとって、重大な関係のある事件について、その真相の黒白を客観的にするだけの証拠も持たず、また持とうとする十分な努力もしないで、性急にまた故意にまた誇張して、これこれが真相であると断定して多くの人びとを誤った判断と気分のなかに引きずりこむことによって、自分および自分の属している特定のイデオロギイや勢力の利益をはかろうとする者のことです。ストーンはそういうことをしていると思いますし、ストーンの本が「戦さをしかけたのは南鮮側でありアメリカ側である」ことを証明していると断定したあなたもまた、そういうことをしていると私は思います。
このばあい、あなたが故意にデマゴギイをなさっているとは、まさか私は思いません。つまり、あなた自身の気持や認識をいつわって、あのようなことを書かれたのではないと思う。正直にそう思われたために、そう書かれたのでしょう。しかしそうだとすると、妙なことになります。あなたは、そんなかしこい人で、しかも一流の社会「科学」者です。いろいろの本を私などのたぶん百倍ぐらい読んでいられる。しかもそれを私などよりたぶん二百倍も「科学的」に読むことのできる人だろう。それがストーンの著書をぜんたいどんな読みかたをなさったために、それが南鮮側とアメリカ側の有罪の証明だとの判断をなさったのだろう?
私が質問したいのは、このことなのです。
あなたは、もしかするとほかの理由で、朝鮮戦争は南鮮側とアメリカ側の挑発によるものだと思いたい希望をかねてから持っていられたのではないでしょうか? その希望にストーンの本がピッタリあてはまったのではないのか? だから、それを科学的に検討する余裕を失って、ウノミになさったのではないでしょうか? どんなにかしこい学者でも、自分の主観に目がくらむと、そのようなことをするものらしいのです。白痴でさえもしないことをです。
聞くところによりますと、あなたは日本大衆のあいだにひじょうに大きな影響力を持っていられるそうです。あなたが講演旅行などなさると、恐ろしく多数の聴衆が押しかけて、あなたの言われることを、白熱的に受け入れることは、あなた自身も書いていられます。してみると、朝鮮戦争についての、右のあなたの言葉をデマゴギイだと知らないで、またデマゴギイだと気がつかないで、あなたの意見に引きずっていかれるであろう大衆も相当多いだろうと考えられます。そしてそのことは、わが日本大衆を、明瞭な理由なしに、東西両陣営のどちらかへ味方したり敵対させたりする動機となり、それによって必要も必然もなしに日本大衆を二つに分裂させることになります。すくなくとも無益に混乱させることになる。そういうことをあなたはなさっているのです。
しかも、取りあつかわれている問題は、小さい問題ではない。朝鮮問題は、私どもにとって海のむこうの国の内乱として見すごしていられる事件ではすでにないのです。それはじつは、わが日本国内にも内在している問題であって、それが朝鮮では気の毒なことに、いろいろの理由のために戦争にまで発展してしまった。しかし戦争だけは一日も早くやめにしてほしい。したがってまた、日本における同じ問題を、どんなことがあっても戦争のようなものに発展させないようにしなければならない。そういう努力をわれわれはしなければならぬ。だから慎重にこの問題をあつかわなければならぬと思うのです。
東西両陣営の、いずれの側に属するチンドン屋のチンドン商売の材料にしてもらいたくはないのはもちろん、あまりに主観的になったために白痴さえも
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