戦争は最初、北鮮側が南鮮に侵入してきたために勃発したと、アメリカ当局も日本の商業新聞の報道も言った。しかし自分は、それは疑わしいと感じていた。事実はその逆、つまり南鮮側、またはアメリカ側から最初北鮮に侵入し、または挑発したのではないかと疑っていた。その自分の疑いが、まさにあたっていたことが、この本を読んでわかった。南鮮側、およびアメリカ側は、戦争挑発の点で悪を働いただけでなく、その事実をかくし、その罪を北鮮側になすりつけるデマ報道をしたという点で、二重にけしからん。そういうことが、この本を読んでもわからない者は、白痴というのであろう」というふうに読みとったことを言いそえておきます。
 それで勇んで読みました。はじめのうちは、なるほどと思いながら読みました。しかし、しだいに読みすすんでいくうちに、だんだん妙な気がしてきました。
 ストーンは、朝鮮戦争勃発はまったくアメリカの反ソ的指導者たち、およびその手先である南鮮政府の挑発、または陰謀によるものであったという印象を作りだすために、じつに骨を折っている。それを彼は、公表された公文書や[#「公文書や」は底本では「公文章や」]新聞報道などを集め、組みたて、対照して、その間の矛盾や撞着のなかから自然に一つの結論をうかびあがらせてくるという方法によってしている。そのかぎりでは冷静公平で科学的な態度のように見える。しかしよく読んでみると、彼はこれまでのアメリカ政府や国連がわの発表が全部的に根本的に虚偽ではないかとの疑い、または確信から出発して、演繹《えんえき》的に、それを証明するために公文書や新聞報道をえらびだしたり組みあわせたりしていることがわかる。しかも、そのような疑い、または確信を、彼がどこからどういう理由で抱きはじめたかについては、まったく触れていないのである。
 彼はまえもって、われわれに語りかける以前に何かの理由でアメリカ政府当局、または、南鮮政府の有罪の事実を知っているか、または強く疑っていたらしく思われる。その何かの理由というのは、ハッキリした具体的事実ではなくて(なぜなら、そのような具体的事実を彼が知っていたのならば、この本の性質上、それをこの本のなかに書かないほど彼は愚かでないだろうから)、彼の持っているイデオロギイからきた観念的な疑惑であり、そしてそれだけだったらしい。つまり、彼は左翼的政治思想をもっていて、そのため現在のアメリカ政府当局のすることは、たいがい反動的であり反ソ的であるとふだんから思いこんでいるため、朝鮮戦争が勃発するや、さてこそアメリカと南鮮が手を出したと思い、そういう強い疑惑から出発して、その後の公文書や新聞報道を集めて、突き合わして研究すると幾多の矛盾が発見されたので、疑惑は確信のようなものになったというのではなかろうか。すくなくとも、この本をいくら熱心に読んでも、それ以外の理由を私は発見することはできませんでした。
 ストーンが左翼的イデオロギイを持っていることは、けっこうなことです。すくなくとも非難さるべきことではありません。しかし、彼がこの本のなかで採用している方法は、まったく公平なものでなく科学的なものではありません。公平さとは、あらゆる先入観を排除したところから出発することだし、科学的とは、物事の判断を演繹的にではなく、帰納的にすることだからです。土中から発掘した人骨のなかから、とくに犬歯だとか尖った骨だけをえらびだして、人間とは肉食の野獣であると断定されてもそのような断定を、公平な科学的なものだと私どもは思うことができません。
 ストーンは、公文書や報道のなかから、とくにアメリカ当局や南鮮側を有罪の方へ指向するものの多くをえらびだしてならべている。八百屋の店さきから乞食が大根を一本ぬすんだという事件にしても、それを見た人、聞いた人の認識や報告は、それぞれにかなり食いちがうものです。朝鮮戦争のような、大がかりで複雑な事件に関する公文書や報道は、たがいに矛盾したり撞着したりすることがひじょうに多い。それはある程度まで仕方のないことであって、それだから公文書や報道全部が悪意によるフレーム・アップ――たくらみだと断定される理由にはならないと思います。
 もちろん私は、朝鮮戦争についての、アメリカ当局の発表が真実であるとの証明を持っていませんし真実であるとは思っていません。この本を読んでも、真実はその反対であるとも思いえませんでした。それは私が故意に意地悪をしようと思ったためではなく、ただ謙遜に真実を知りたいと思っただけのためです。そして、あなたに言わせると私は「目がさめなかった」のです。「そんな者は白痴というのであろう」と、あなたは言っていられます。じつに私は情ない気がしました。
 私はかなり愚かな人間です。それは十分知っていますが、人から白痴
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