しないようなことをする学者にいじりまわされるだけで捨ててはおけないのであります。
 いや、朝鮮戦争は、現在の世界における東西両陣営の対立関係が、もっとも尖鋭に焦点をむすんだ個所だとも言えますので、ただ単に朝鮮人や日本人にとってだけでなく、世界全体にとっての重大な問題であります。そのことも、あのことも、あなたは百もご承知であるはずです。だのに、どうして、あのような断定をなさるのでしょうか? そのわけを聞かせてください。それとも、あなたはストーンの著書が示している結論が、事実であったと証明することのできる証拠を、ほかに持っていられるのでしょうか? 持っていられるならば、それを示してください。それを示すこともできず、同時に、右の帯紙のご文章を取消しもなさらなければ、私および私に似たような者たちは、失礼ながらあなたを、一個のみごとなるチンドン屋とみる以外にないでありましょう。
 なぜ私がこのようにシツコイかといいますと、ほかに理由はありません。もし、朝鮮戦争勃発が、ストーンがそう言いたがっており、それをあなたが肯定なさっているように、アメリカおよび南鮮側の挑発や陰謀によることが真実であるならば、そしてそれが真実であるとの確証を握ったならば、その瞬間から、じつは私自身もアメリカおよび南鮮側を非難し抗議せざるをえないし、したいからであります。それだけのためであります。
 もし、万一、そういうふうになりましたら、このことに関するかぎり、ストーンやあなたなどの同志の一人で私はあるわけなので、どうかその末席にならぶことを許してください。
 もしまたそうでなく、真実はストーンやあなたの言われることと反対であることがハッキリしたばあいには、私どもはただ単にあなたを一個のチンドン屋としてみるだけでなく、われわれ日本人を二つに引きさき混乱させるところの有害なる人として、あなたを弾劾せざるをえないでありましょう。

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 清水幾太郎様
 あなたの論文を十数編こんど読みかえして気がついたことは、それらが、全体としても一編々々も、ひじょうに反米的な調子を持っていることでした。それは反米的気分というのではなくて、明確な理由のある意見として出されているもので、おおよそは賛成できるものであります。日本は敗戦後七年間も国連軍(その主力はアメリカ軍)の占領下にあり、引きつづいて現在も、かなりの程度までアメリカの圧力の下にあるのですから、われわれはそれにたいして、何かの形でか抵抗を感じざるをえないので、われわれの意見もそのことに関することが主となるのは当然です。
 しかしそれにしても、あなたがソビエットについて書かれたものが、ほとんど見あたりません。しかも、いろいろの問題についてのあなたのご意見を総合すると、あなたはソビエットまたはソビエット体系を、積極的に肯定なさっている人のように見えます。だのに、どうしてそれについてものを言われないのだろう?
 ソビエットとの直接の接触が少ないためという理由はわかりますが、それにしても、あまりに言われない。なぜだろう?
 そういう疑問を抱きながら、私はつぎのようなことを考えたのです。前記のストーンのことについてです。ストーンはアメリカ人で、そして「秘史朝鮮戦争」のような本を書いて、それをアメリカで出版した。こんな本を出版する自由がアメリカにはある。そしてその後ストーンがアメリカ官憲に捕えられたり公訴されたりしたという話は聞かない。そしてその朝鮮戦争はアメリカおよびアメリカ人にとって、どういう事件だろう?
 朝鮮戦線ではアメリカの青年が、数多く戦死しつつあり、アメリカ国費の巨大なものが費されている。つまり朝鮮戦争は少なくともアメリカ政府にとっては、へんな言葉ですが、「国是」であります。その国是の出発点を虚偽であり非行だと糾弾《きゅうだん》する方向へむかって書かれたこの本が、その国内で出版され、そして出版者も著者も処罰されない。そのような国がアメリカだということです。その点で私はアメリカを、さまざまのちがったものを持ちながらも、根本的によい国だと思わないわけにはいきません。
 戦争中の日本で、だれかがその本で太平洋戦争を否定し非難したとしたら、どうだったでしょう? また、現在のソビエットで、ソビエットが国として遂行している重大な戦争または事業のことで、その根本的な虚偽と非行を糾弾する本を書いて出版したら、どういうことになるでしょうか? ゾッと寒気が起きるようなことが、関係者一同のうえにおきるような気がします。
 あなたは、そのようなことを一度も考えられたことはないでしょうか? 考えたことがおありでしたら、そのことが、あなたの持っていられるらしいソビエット肯定のお気持と、反米的意見に、どんなふうに作用しているのか、または作用
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