られていないで、あれもこれも根こそぎまちがっていて、その根本を叩きこわさなければ問題にならぬといった式の、皮肉の味に満ちた絶望みたいなものだけが与えられていることが多い。そして、そこから先は、ポカンとなってしまって、どうしてよいかわからなくなっているようです。
私どもが、ある一つの問題について、あなたの意見になるほどなるほどと賛成しながらついて歩いていっていると、どこまでかいくと、さてどうしてよいかわからない場所に投げだされています。だが私どもは、どうにもしないでいるわけにはいかない。そこで、どうにかしようとすると、それまであなたにみちびかれて歩いてきた論理の道筋としては、共産主義または共産党員としての実践の道以外は残されていないようにみえる。だから、なかにはその道にはいっていく人もあるでしょう。しかし、かならずしもそんな人ばかりではない。共産主義を一つの思想としては是認しながらも、実践的な体系としては肯定しえない人も多い。そういう人は、そこのところで、ちゅうちょして立ちどまり、問いかける目つきで周囲を見まわすでしょう。
そこにあなたの姿が見つかれば問題ではありません。ところが、あなたの姿はそこにはない。人か物かの陰にかくれて見えないのかもわからないが、とにかく見つからない。その人はオヤオヤと思い、それまで自分をみちびいてきてくれたものは一種の「ポン引き」のようなものだったのかと思ったりするばあいもあるでしょう。
私のばあいがそうです。もしあなたが実際上、共産主義を実践なさっているか、共産党員であったならば、あなたは私にそんなふうには見えず、チャンとした一人の思想家に見えるでしょう。共産主義や共産党に私が賛成できないことにかかわりなしにです。そして、一個の思想家らしい人のことを、ときどきとはいいながら、ポン引きに似たものと思うのは、私にしてもつらいことです。お願いですから、あなたがじつは、共産主義者であるか共産党員であると言ってください。すくなくとも、あなたと共産主義、または共産党の関係を聞かせてください。
しかし、もしかすると、このような私の考えかたの全部が思いすごしかもわかりません。というのはあなたはホントの意味ではマルクシストでも何でもなく、何かの必要から、マルクシズムを採用しているだけの人かもわからない。イデオロギイとしてマルクシズムを持っているので
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