に早くおいたですけっど、おら、あれからお咲坊にやる飴ば買いに宿《しゅく》まで一走り行ったで、そんでおそくなった。(言いながらかついでいる物を土間の隅にチャンと置き、モッコから包を取出す)アハハハ、これだ嬢様。
お妙 まあ、それはご苦労でがんした。お疲れさまだ。あの、ここにチャンと湯はわかして置きましたから……。
段六 ああによ、お前様、疲れはしねえ。人はどうだか知んねけえど、私あタンボさえやってれば大してくたびれはしねえし、真壁にいても、世間は戦争だ天狗だとワアワアいって田畑あ作ってもどうなることだなんどと騒いでいる中で、おらだけがタンボやっているで、人あ馬鹿にします。ハハハハ。今日も吉坊や辰公なんどに畑仕事教えながらいうて聞かせてやったでえす、百姓がタンボしねえで誰がすっだ、ってね。ハハハ。いや、ここの子供衆はみんなよくやるて。辰公はじめ四、五人は麦の中すき[#「すき」に傍点]なども、もうチャンと出来る。おらあ見ていて哀れなやら、嬉しいやら、毎日畑じゃ泣いたり笑ったり、埒もねえ話だあ。
お妙 そう! まあねえ! みんなあなたのお蔭で。
段六 ああによ、皆が身寄りもハヨリもねえ身の上で、そいで、嬢様にひでえ苦労ばかけていることを知っていやがるです。そいで一所懸命になる。はあ、来年あたりからは、麦畑の二段や三段、皆の飯米ぐれえのことはチャンと小僧達がやらかしましょうぜ。みんな、もう寝たかね?
お妙 へえ、寝ました。咲ちゃだけが――。
段六 おおそうだ、喋っていて、つい忘れていた。どれどれ、はあまだ悪そうだなあ、ハシカてえもんは子供の厄だてえが、よしよし、そうれ、今日はお前に飴ば買うて来てやったかんな、あんでも名代の子育て飴だていう、これ食って早く元気になれよ、嬢様に苦労ばかけるな、……ああ、まだ、えれえ額が熱いわ。よしよし。……ああれ、嬢様あんた泣いてるな?
お妙 ううん そうじゃないの……。
段六 涙そんねえにこぼしていて、そうじゃねえていう法あんめえ。……無理もねえ、あんたまだ、そんねえに若えし、そんねえにやさしいお人だ。そこんとこへ持ってきて苦労が苦労だ、無理ねえて。
お妙 いえ、咲ちゃが泣くのでつい悲しくなったまで、何でもないの。さあ段六さん、あがって休んで――。
段六 へい、へい。……仙太公からことづかって来た金も、借りの払いやなにかであらかたなくなったし、……大の男でせえ途方にも暮れようて。まして、あんたはいままでこねえに立派な大家の嬢様、先はどうなるかと思えばお泣きんなるも道理だ。しかし安心なせえ、俺もせっかくこうして仙エムどんの位牌まで抱いてやって来て見れば、嬢様や子供衆の行く先のメドがつくまでは動かねえ積りだから――。
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(不意に奥でワーッと人々の騒声がして塀外の道あたりを、何かに襲われて逃げて行くらしい百姓達の足音。騒音の中に「天狗だ! 天狗っ!」「いや城下の役人だでっ!」「お見廻りだっ!」「天狗が来たっ!」等の叫声だけがハッキリ聞取れる。……それに押しかぶせるように大砲の音)
(口をきくのを止め、それらの音に耳を澄まして顔を見合せて立ち尽す段六とお妙。――間。外の群集は次第に遠くへ逃げ去り、音は消える……)
[#ここで字下げ終わり]
段六 ……あああ、恐ろしい世の中だて。おららにゃ、あんのことだか訳もわからねえて。……馬鹿なことよ。殺したり殺されたり大砲を射ったり、ワアワアと、ああんの事だ。
お妙 ……段六さん。
段六 あんです?
お妙 ……あのねえ……あのう……仙太郎さん、……あの人の行方はまだ……?
段六 ……それでがすて。噂も色々あるし……おらも方々捜しちゃいるが(と、どうしたのか余り話したがらず)……ああ閂を差すのが未だだった(と戸の方へ行く)
声 (それと同時に戸の外――奥――で)今晩。ごめんねえ! チョックラここを開けて貰いとうござんす。急ぎの用があるんだ。ごめんなせえ! (戸を外から叩きにかかる。少しビックリした段六がくぐり戸を押えたまま不安そうな眼でお妙を見る。二人、眼で相談をする。戸をドンドン叩きはじめる外の男)
声 お留守ではねえ筈だ。開けて下せえ。おい!
段六 ……お前さん、どなただね?
声 入れてくれりゃわかるんだ。早く開けてくれ![#「開けてくれ!」は底本では「開けれてくれ!」]
段六 オット、乱暴ぶっちゃ、いけねえ、何のご用か知らねえが、もう夜分だで、また明朝にして貰いてえ。
声 な、な、何をいっているんだ。そんな、お前……(いいながらくぐり戸を無理に押開け、段六を押退けて入って来た男、頬被り、素袷、道中差し、すそ取り、足拵え身軽にして、背中に兵児帯でグッタリ死んだように眠っている小さい男の子を十文字に負っている。入って来るなリブッツリ默つてしまって、ズカズカと四、五歩、土間から上りがまちに土足のままの片足をかけて、お妙を見、段六を見、それから家の中をジロジロ見廻している)
段六 (男の背中の子供を認めて)ああ、いけねえ、お前さま、子供さんを預かるのは俺がおことわり申します。いいえ嬢さま、あんた口をきいてはならねえ。一言でも口をきいたが最後、かわいそうになってしもうて、またぞろその子ば引取ってしまうのは、あんたの気性では、わかり切ってるで。口きいちゃなりませんぞ。これ、何という方か知らねえが、ここへくるのはよくよくのことだろうけんど、どうぞまあお断り申します。現在十一人の子供衆だけでも嬢様あ朝夕泣きの涙の絶えたことがねえ、この上に子供衆がふえたらば、嬢様あ、死んでしまいなさるて。それでは、あんまりムゴイというもんだ。ここんところは推量して、つらいこんだらうが、そのお子はそちらで育てて下せえ。さあさ、頼むから何もいわずに引取って貰いてえ。(と男を押戻しにかかる)さあさ、頼みだ。
男 (段六から胸を押されても動かず)おい、真壁の仙太郎を出してくれ!
段六 ふえい! な、な、なんだって! (お妙もエッと言って、二人、驚いて男を見詰めている)
男 驚くことあねえ。真壁の仙太を出せというのだ。
段六 (急には返事もできず、お妙と顔を見合せたり、男をマジマジ見詰めたりした後)……へえ。……お前様、どなたかねえ?
男 どなたもこなたもあるものか。(と頬被りをバラリと取る。くらやみの長五郎である)おい、お妙さん、もう見忘れなすったかね?
お妙 あっ、取手で仙太郎さんと一緒にいなさった、お前様は……。
長五 そうだ、その時の長五郎だ。兄弟分の長五がやっとたずねてきたんだと仙太にそういってくれ。早くしろい!
段六 仙太公はここには居ねえ。が、お前さん、仙太公に会って何の用があるだ?
長五 斬るのだ。
お妙 え、斬る……?
長五 おおよ、ぶった斬るんだ。出せと云ったら早く出せ!
段六 き、斬るの突くのと、お前、そ、そんな、どういう訳で、そんな乱暴――?
長五 訳? フン、訳もヘチマもあるものか。仙太はこの子の親の仇だ。及ばずながら長五郎助太刀で仙太の首を貰いに来た。
段六 お、親の仇だと? そ、そ、それはまたどんな訳合いか知らねえけえど……?
長五 知らねえなら引っこんでおれ。土用の鮒じゃあるめえし、いちいち口をパクパク開いてびっくりしていて、いつまでも仙太を出さねえ了見なら、くらやみの長五気が早えんだ、手初めにうぬらから斬るぞ。(刀をズット抜く)
お妙 ま、待って下さんせ。一体どういう訳なのか、それを聞かせて下さりませ。
長五 筑波の山中でこの滝三の父親、日は浅えが俺のためにゃ義理のある下妻の滝次郎を仙太が斬殺したのだ。いってもわかるめえが去年の暮。筑波に開帳の賭場、それを仙太が荒しに来て有金ソックリさらって逃げ出したのを取戻そうと追うたのを仙太が斬った。俺あ、善悪をいってるんじゃねえ。そりゃ仙太にもそうしなければならねえ訳があったのだろうが、丁度、俺あその時、筑波の滝次郎どんの控所に転がり込んでゴロゴロ厄介になっていた。もっともあの晩は他所へ行って居合わさなかったがな。ウフフフ。門前町で次の日まで居続けて、その翌日帰って見るとコレコレだ。ふだん仏と異名のあるくらいおとなしい貸元だ。部屋の者もみんなおとなしいや、親分が殺されて唯もう泣いている。ダラシのねえ話。俺も初手は黙って見ていた。が、このまま仙太を追放しといて仇も打たなけりゃ、他の親分衆に挨拶も出来なくなるし、折角の仏滝一家の名跡も絶え、渡世の看板もこれですたれる、どうしたもんでしょう、くらやみの。と泣きつかれて見りゃ、ははんそうかね、で見過していられるかい? その上一宿一飯、俺あ渡世に親分も子分もねえ風来坊だが、ならずもんの義理あ知っているんだ。……話に聞きぁ、お妙さん、お前も甚伍左てえ、えらもん[#「えらもん」に傍点]の娘だ、此処のユクタテ多少はわからねえことあ、あるめえ。何も云わずに出しねえ、真壁の仙太郎!
お妙 (サッと青くなり段六を見て)……そ、それでは、あのお金は?
段六 へ、へい、……(思い当ることがあって恐ろしくなりガタガタ顛える)
長五 (二人の様子をギラリと見て取って)見ろ、いねえなんどと白を切っても駄目だ。出せ!
段六 そりゃいいがかりと言うもんだ。この家には嬢様と子供衆の外には男気と言っては俺がたった一人ぎり。その俺もホンの一月ばかり前に頼まれた用事があってここさ来て、嬢様の苦労を見るに見かねて、こうしているのでがす。
長五 くでえ! じゃ踏込むぜ、いいなあ?
段六 聞きわけのねえ! 何もかも言ってしまいますべえ。お前さん仙太公の兄弟分か何か知らねえが、俺あ真壁で仙太公とは餓鬼のときからの友達だ。去年の暮の晩方、仙太公がヒョックリ俺のところへ来て、こちらの嬢様のところまで、自分は追われていてどうしても行けねえからお前代りに使いを頼まれてくれというて用事を頼んだ。そして自分はその夜のうちに行く先もいわずに何処かに行ってしまうた。それっきり俺あ仙太公にゃ合わねえのでえす。俺あそいですぐにも来ようとしたなれど、丁度その一日おいて次の日だ、お前さん知るめえが、仙太公も俺も一所懸命で捜していた仙太の実の兄きの仙ヱムどんが見つかったのだ。見つかりは見つかっても死んで見つかった。殺されていたのだ。それまで何処にウロウロしていたのか、仙ヱムどんは結城様の藩兵につかまって、いやおうなしに縛られてさ、あんでも、天狗退治の軍《いくさ》の仕度の軍夫に使われていたて。それをあんでも後で聞けば天狗党がやって来て佐分利の縄手で、兵糧米の俵かついだまま軍夫を三十人からブチ斬って米持って逃げたて。その斬られた軍夫の中に仙ヱムどんがいたのでええす。それを引取りに行くわ、後始末をする。それから自分田地の段取りもつけとかなきゃならず、あれやこれやここへ来るのが延び延びになって俺あヤット一月前にやって来たて。仙太公のありかがわかれば、俺達こそ会いてえ、人に訊ねたりして捜しているぐらいだ。全体……仙太公という男は因果な男だて。そうして仇だなんどつけねらわれるかと思えば、あれ程恋いこがれていた実の兄が殺されたのも知らねえで、何処をホッツキ歩いているのか。つまらねえバクチ打ちなどに……。
長五 恐ろしくベラベラ喋る野郎だ、もういい。おいお妙さん。この男のいうことあ定かね?
お妙 それに違いございませぬ。私もおっしゃるように甚伍左の娘、嘘は申しません。また、あなたがそうして仙太郎さんを追いかけて、その子のために仇をと思っているお心持もわかる積りです。嘘を言って何になりましょう。
長五 ……よし、信用しよう。じゃ俺あこれで出て行くから、もし今後、仙太がここにきたならば、くらやみの長五郎がこうこうだと、男なれば逃げかくれはするな、長五郎いくらふだんはズボラでも、性根までは腐っていねえ、お前にゃドスを掴んじゃかなわねえことあわかり切っていても、するだけのことあしてえからと、忘れねえでいってくだせえ。大きにおやかましう。(刀を納めて、戸の方へ出て行きかける)
お妙 あ、チョィト、長五郎さんとやら。
長五 なんですい……?
お妙 その背中の
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