お子はどうなさいますの?
長五 どうだと? そりゃかわいそうだが、母親も身寄りも別にねえ奴だ、無職の子に生まれ合せた因果だ、こうして連れて歩くまででござんすよ。
お妙 かわいそうに、気絶でもしたように眠りこけて……。仙太郎さんが見つかるまで、この子は私がお預りしましょう。いえ、他にも親のない子達が沢山おります。十一人の世話を焼くのも十二人の世話を焼くのも同じこと。
長五 え! それじゃこの子を……?
段六 (あわてて)と、と、嬢さま、そ、そ、そんな、また、だから俺がいわねえことじゃねえ。この上にまた子供ができれば、あんた様の命がねえのにさ。しかも仙太公を仇にするっていう子だあ。
長五 黙っていろい、土百姓! するてえと、お妙さん、そりゃ本気かね?
お妙 はい。いまさらいってもあなたにはおわかりになりますまいけれど、ヒョッとすれば、この子のお父さんは私ども一同のために命を落されたのかも知れぬと存じます。あなたさえ苦しくなくば、立派にお預りしたいと思います。
長五 ……さうか、よし面白え。ただの泥っ臭え田舎娘の言草たあ少し違うようだ。あらためて、じゃ、お預けしやしょう。その代り……。
お妙 仙太郎さんが見つかっても、必ずこの子をあなたのカセにはいたしません。
長五 恐れ入った。長五郎、一本、かぶとを脱ぎやした。じゃ、ま……(と帯をほどいて眠りこけている子供をお妙に渡しにかかる)
段六 大丈夫でがすか、嬢さま……?
[#ここから3字下げ]
(お妙黙って子供を受け取る。それまで抱いていたお咲と滝三の二人を抱いたことになる。不意に、奥、間近の辺で――この屋敷内にある納屋とその周囲辺とも思われるところで――大勢の人々の悲鳴を混えた叫声。ワーッワーッ、ヒーッという声の中から「天狗だ!」「天狗党だ!」「天狗党が来たぞおっ!」「助けてえ!」「いいやお捕方だっ!」「人足狩りだ!」「天狗だ! 天狗だ! 天狗だっ」等の声々がハッキリ聞き取れる。人々の逃げまどっているらしい足音が右往左往する。
 三人ギックリして戸を見詰めて立つ。長五郎ツカツカと戸のところへ行き、細目に開けて外を覗く)
[#ここで字下げ終わり]
長五 (ピッシャリ戸を締めて)いけねえ! 来やあがった! お妙さん、その子のことあ命にかけてお頼ん申したぜ。おっと! (と戸を開けて飛出して行こうと構えるが、既に人々の声と足音は奥から直ぐ戸口の辺に迫っているので出られぬ。逃げ道は無いかとパッパッと四方を見るが出るにも入るにも裏口以外にない。トッサに土足のまま板の間に走りあがって仏壇になっている二重戸棚の下段の戸袋にパッと飛込んで内から戸を立てる。それと間髪を入れず裏戸口を突開けてなだれを打って飛込んで来る人々。天狗党の士達か、捕方ででもあるかと思っていると、そうではなくて附近の住民の百姓達と、この屋敷内の納屋に騒ぎを恐れて避難してきていた老人、女、子供達の十人ばかりである。「アーッ、天狗だあ!」「助けてえ!」「嬢さまっ!」「アレ、アレ、来たっ!」「お助けなすってえ! 嬢さまっ!」等短い叫声をあげながら、土間の右手竈の辺へダダッと転んだりして一かたまりになって殺倒し、おびえた眼で戸口を見る者、お妙を見る者。お妙がツカツカと上りばなに進んできて、これら見知りの人達に「どうしたのでえす?」とか何とかを言おうとしかけるが、口をきく間も無く、人々の踵を踏まんばかりに無言でドヤドヤと戸口から入ってくる暴徒六人。士らしい服装の者あり、浪人らしき者、士とも町人ともつかぬ様子の者、博徒らしい者、中の一人は坊主頭で、ころも[#「ころも」に傍点]を着ている。六人の中、四人までがドキドキするような抜刀。他の一人は槍を、もう一人は竹槍を突いている。入って来るなり何もいわずに家の中をギロギロ見廻し、ガタガタ顫えている段六、恐怖の極、叫声も立てなくなっている避難民達、上りがりまちに二人の子を抱いて立っているお妙を暫く睨みまわす。……間。やがて、六人の中の頭株らしい、士姿の者が、ズカズカと進み出て、上りがまちの板、お妙から遠くない場所に、持った抜身をガッと突立てるなり)
徒一 金を出せ! 軍用金だっ!
[#ここから3字下げ]
(間。――静かな中で奥納戸でこの騒ぎに眼をさましたらしい子供の中の一人が、ヒーッと一声泣く。一声ぎりでパタリと止む)
[#ここで字下げ終わり]
お妙 ……どなたでござります、あなた方は……?
徒一 何もいうな! 金を出せ。この家にあるだけの金を出せ! 軍用金に借りる。早くしろ、いいや、何もいうなといったら!
お妙 ……ございませぬ。
徒一 なに※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
お妙 お金はチットもありませぬ。
徒一 (噛みつくように)言うかっ女!
お妙 たとえありましても、どなたかわかりません方にお貸しはできません。まして、この家に金といっては一分もありません。嘘だとお思いならば家捜しでも何でもなされませ。ただ子供達に手荒らなことは……。
徒二 弁口無用っ! 敢行っ!
[#ここから3字下げ]
(六人が結束して、板の間に上りかかる。避難民の中から「アッ! アッ! 危ねえ嬢さま、危のがす、嬢さま! アッ!」と思わず叫声。――丁度そこへ、開いたままの戸口から無言で音も立てずに入って来た旅装の士一人。前場に出た今井である)
[#ここで字下げ終わり]
今井 待て。
徒一 何を! おお、……尊公は何だっ! 邪魔をすると手は見せぬぞっ!
今井 ハハ、見らるる通り、拙者は通りがかりの者、悪いことはいわぬ、乱暴は止められい。
徒二 控えろ! 正義を行なうに何が乱暴だ!
今井 正義? これが正義か? では尊公等は全体どこの何という方だ? それが聞きたい。
徒一 ええい、われわれは筑波党天狗隊々士!
今井 ほう、天狗隊? アハハハ、左様か。ハハハハハハ。
徒二 笑うかっ! 何がおかしい!
今井 それならばおたずねしよう。尊公等は藤田先生組か? 田丸先生組かそれとも加多先輩つきか? (相手は何とも返事をしない)……何隊、何番組の諸君だ? 聞きたい。それとも本田先生の遊隊か? 聞かして欲しい。……(暴徒等返事ができずに少したじろいでいる)……できまい、返事は。当時、処々方々で天狗隊と称する者が民家を荒しているというが、尊公等もその一つ。悪いことはいわぬ、このまま引取って以後かかることをせぬよう。
徒一 いわして置けば熱を吹くか! そういう貴様こそ、誰だ、それ聞こう?
今井 (大喝)黙れっ! ……(再び前の普通の調子に戻り)ハハ、いや、貴公等がかかることをするのも、その日に窮したからのことであるのはわかる。悪いのは貴公等ではなくて時世だろう。しかしそれならば、党の名をかたって賊同然のことを働かずに、なぜに筑波へ行かぬ? 志を以って馳せ参ずれば、士、浪士、町人、百姓、無頼窮民に至るまでそれぞれに義軍に加盟させる点で天狗党は断じて吝ではあるまい。どうだ? 今夜のところはここをこのまま引取られよ。第一この家に金はあるまい。それから、貴公等は知らんだろうが、この家は天狗党でズッと働いていた郷士利根甚伍左の住居だ。ハハハ、場所が悪い。(暴徒等は殆ど毒気を抜かれてしまっている)……それともどうあってもといわれるならば、仕方なし、拙者がお相手になる。(暴徒等默して動かず。今井、ユックリと道中半合羽を脱ぎ仕度をする。半合羽を脱いだのを見ると、捕手を斬り抜けてでもきたのか、白っぽい着物のわきから袴へかけて、多少の返り血、左二の腕にかすり傷でも負うたらしく、着物の上から手拭でキュッとしばっている。その手拭にも少し赤いものがにじんでいる。今井の態度が静かに落着いているだけにこの姿はギョッとする程の印象を与える。今井、大刀の束《つか》に左手だけを掛けて、無言で暴徒等を見渡す。……間。すでに気を呑まれてしまっていた暴徒達、何もいわずスゴスゴ歩んで戸口から出て行く。)
今井 (それを見送りおわり、息を呑んで静まり返っている避難民、お妙、段六などをつぎつぎに見た後)……前申した通り、甚伍左氏のご住居だな? (お妙に)御令嬢ですなあ。
お妙 ……ど、どうもありがとう存じ……はい、さようでございますが、そして、あなたさまは?
今井 利根さんにまだご面識は得ておりませんが、玉造文武の今井という者です。利根さんのお在りかを承りたい。
お妙 では父は筑波には居ないのでございますか?
今井 フーム、すると?
お妙 もう随分永らく戻っては参りません。
今井 しかし大体の見当はおありでしょう? 京とか、江戸とか、水戸あるいは中国九州筋か。
お妙 父のいるところならば、私の方からおたずねしたいのでござります。
今井 それは信じられぬ。……ともあれ、此処へ戻ってこられるまで、いや、せめて大凡の見当のわかるまでここで待たせていただきます。
お妙 どうぞご随意に……。しかしなぜまたそのように?
今井 いや拙者はよく知らぬ。利根氏を迎えて来いと命じられたまでです。ご免。(と上りがまちに腰をおろす。土間の隅の避難民達「ありがとうごぜました、どうもはあ」「ありがとうごぜました」「嬢さま、まあだ納屋をお借りいたしやす」等いって、怖々戸口から外を覗いてからゾロゾロ出て行く。万事こんなことはチョイチョイあるらしい取りなし。お妙無言でそれに会釈する――間)
お妙 父の身に変った事でも……?
今井 さあ……。
お妙 どうぞお願いです。聞かせて下さいませ。
今井 さあ……。とにかく拙者の知っていることは利根氏が何か面白くないことをなすっているとか、何でもそんなことです。会津の者、または水戸諸生組奸党の者がここへ来たことはありませんか?
お妙 いいえ。……(何かをハッと悟って、急に青くなり、ガタガタ顫え出す)す、す、すると、あなた、父を、父を、き、斬る……?
今井 ちがう。それ程のことではない。しかしことは迫っているらしい。京都で薩摩の者達ともしきりに往来していられたという情報もあります。雄藩連合等の遠大なお考えがあるのかも知れません。われわれ若輩にはその辺よくわからない。筑波には筑波の見解があるのでしょう。よく知らんのです。……勝手に待たせて貰いますから、拙者におかまいなく、どうぞ。
お妙 はい。……しますと、父が見つかればどう……?
今井 党に取っては功労者です、無下にどうこうということもありますまい。それにどんなことなさったかもご本人からも聞かねばわからぬ、しかし場合に依っては功労は功労として、どんなものですか……これ以上知りません。(段六を見て)この仁は?
段六 へ、へい。
お妙 あの、それは、段六さんと申しまして、お百姓をなさる、私どもの世話をなさつて下すっています。……あの真壁の仙太郎さんの小さい時からの兄弟のような方です。
今井 おお、真壁の仙太郎君の?
段六 へい。……仙太公、あんた様ご存じでえすか?
今井 あんな小気味のよい男は無い。大丈夫だ。ハハ。忙しくて暫く会わぬが、加多先輩の手で、たしか門前町下辺を固めている筈。
段六 へ! すると筑波におるんですか※[#感嘆符疑問符、1−8−78] 筑波の下で見かけたなんどという人がいたが、んじゃ噂は本当だったのじゃ。何てまあ、軍《いくさ》なんど、よせばいいに!
今井 会いたいのか? だが山はいま危いぞ。
お妙 私も仙太郎さんには色々お世話になっております。
段六 (長五郎のことをヒョイと思い出し、戸棚の方をキョロキョロ見ていたが、やにわに)嬢さま、おら、んじゃチョックラ行って来ますぞ。早くあのこといって……。軍なんど止めてここへ引戻してきますよ、嬢さま。それに(とむやみに慌てて上にあがって、戸棚の方へビクビクしながら近づいて、仙右衛門の位牌をさらって、持っていたフロシキに包んで懐中に入れ、その間もソソクサ歩いて土間に降りる)……一刻も……。(といきなり頬被りをして急いで外に行きかける)んじゃ、じき戻ってくるで、嬢さま!
今井 待て。ならぬ! 外へやることはならぬ! (という間に、段六は走って外へ出て行ってしまう)こら、止れ
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