たくねえ、殺生はしたくねえのだ。人を殺したくねえ、きこえねえのか! おいら……。
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(みなまでいわせず左手奥の木の下の闇の中から抜身、袷、すそ取り、たすき掛け、三十七、八の代貸元、下妻の滝次郎、バッと飛出して来る)
[#ここで字下げ終わり]
滝次 やかましいやい! 口がたて[#「たて」に傍点]に裂けやがったか! 殺したくねえと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] なけりゃ此方で殺してやらあ。それ、ぶった斬ってしまえ! (同時に博徒等七人抜きつれてザザッと飛出して来る。皆歯を喰いしばっていて無言である)
仙太 (後すざりながら、右手を突出して)待った。仕方が無え、相手になる。相手になるがそういうお前さんの戒名承知して置きてえ。
滝次 聞かしてやらあ。下妻の滝、当時北条の喜兵の名代人《みょうだいにん》だ。
仙太 北条の喜兵の? そして上村の弥造親分とは?
滝次 弥造は俺の兄貴分だ。
仙太 ……それ聞いて少しは気が楽だ。もう一度いうが、俺あ人は斬りたくねえんだぞ!
滝次 音《ね》をあげるのは早えや! やれっ! (と八人がザッと抜刀で半円を作って踏込んで来る。仙太折れた刀を取り、スウッと下り、左膝が地に着く位にグッと腰を下げて殆ど豹のような姿勢で構える。以下斬合いが終ってしまうまで双方全然無言である。博徒の半円が次第に右に廻り込んで来る。それにつれて仙太もジリジリと左に廻り込んで行き、炭焼竃をこだて[#「こだて」に傍点]にとる体勢になる。間。凹味にいる加多、黙って大刀を鞘ごと抜き地において手で仙太の足元へ押してやる。仙太気づいて大刀と加多をパッパッと見て、驚き、これも敵だと思い、とっさに一二歩右へ寄ろうとする。油断なく八人に身構えしながらである)
加多 大事ない、使え!
仙太 ……(加太が敵でなく、自分に刀を貸してくれたことがわかり)へい! (といって、足元の太刀を取ろうとするが、その隙がない。隙を造ろうと、円陣に向って四、五歩バッと踏み込む。博徒等四、五歩下る。が元の所に返った仙太が大刀を拾わない間に円陣は再びズズッと迫っている。間《かん》。仙太、いきなりオウー! と吠えて持った折れ刀を円陣の中央めがけて投げつける。虚を突かれて博徒達がタタラを踏んで五、六歩も後すざりするのと、仙太が大刀を拾って抜いて構えたのが一緒。そのまま、仙太、ウンともスンともいわずにツツと進んで、円陣を乱されて立直ろうと混乱している博徒の群に斬って入る。誰がどう打込んでどうかわしてどう受けた等まるでわからぬ。バシッ、カチッカチッなど烈しい音がしてムラムラとしたと思うと、ゴブッ! と一つ音がして同時にワーッ! と悲鳴。混乱の中からツツツと後退りして来て、再び構えた仙太の左二の腕に、返り血か斬られたのか鮮血。立直って再び襲いかかって来る博徒等が、七人になっている。見ると、うしろの方に一人斬られて倒れている。――間《かん》。無言の対峙。ジリジリと左へ廻り込む仙太。この時、博徒の円陣の右から二番目に構えている男の裸の肩の辺から腹帯へかけて一筋血がプツプツとにじみ出して来て、見るまに腹帯を赤く染めるのと同時、トットットッ三、四歩前にのめってウムと低く唸って前に倒れてしまう。乱陣の中で仙太に斬られていたのを自分でも気がつかずにいたのである。間《かん》。ウッ! と叫んで滝次郎、飛込んで斬り下すのをはずして仙太横に払う、滝次刀身でバシッと受ける。二、三合、とど仙太の刀が一太刀滝次の腰に入る。滝次こらえて気が狂ったように真向から打下して来かかるのをかわしもしないでバッと足を払う間髪の差で滝次斬られてダッと横に倒れる。仙太も肩の辺を少しかすられている。滝次の斬られたのを見るや、にわかにおじけついた五人は、叫声を上げて、三人は右手奥へ、二人は竈を廻って花道へ風のように逃げ出して行く。仙太は追おうとはしないで、チョッとの間そのままで構えていた後、刀を下げて、あたりを見廻わす。肩で息をしている。今井、抜刀を手に下げたまま岩蔭から出て来る)
今井 (真剣の斬合いを初めて見たために気が立ってブルブル武者顫いをし、歯をカチカチ鳴らしながら)おい、こら!
仙太 おお! (とびっくりして身構え。変な顔をして竈の方を振向き加多を見る)
加多 今井、危ない! (仙太に)刀《とう》を引け、それは拙者の連れだ。
仙太 へい※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (ボーッとしている)
加多 だいぶ出来るなあ。お前。
仙太 ……へい。
加多 とどめは刺さないのか?
仙太 へい……いえ、へい。(自分に返って)あ、刀《とう》と言やあ、どうも何でえす、先程はありがとう存じました。お礼の申しようも……。いえ、そいつは、斬っといてとどめを刺すなあ無職出入りの定法でえすけど、今日はいたしません。仕かけられたのでよぎなく買ったこの場、とどめまで刺しちゃ冥利が尽きます。私が立去りゃ今の連中が来て引取り、助かるもんなら助かって貰いてえ。
今井 加多先輩、これは賊です。斬ったら?
加多 まあ、よい! 刀を納めたまえ。
仙太 どうぞ、まあ、お見逃しなすって……。
加多 殺したくはないのだ、はよかった。ハハハ。今井、君もやれたらこの男にかかって見るか? 斬りたくないと言って君も斬られるぞ。何しろ、出来る。
仙太 ご冗談を。じゃ、ええと、ご大切のお腰の物よごしまして相済みません。お返し申します。へい、何ともはやありがとうごぜえました。(刀を手拭でザッと拭き柄をも拭いて鞘に納めようとするが、右手の指がこわばってしまい、柄にねばりついて離れぬので驚いて振ったり、ひねったりする)おお、こいつあ!
加多 アハハハ、拙者のは少し重い。手に合わぬ刀を使うと、よくある奴だ。どれ。(と仙太の右傍へ行き、ウムと言って肱の辺をタッと一つ叩く。刀が仙太の手から離れる)
仙太 (落ちそうになった刀を受けて鞘に納め)では。恐ろしく結構な代物で。お蔭で助かりました。お礼を申し上げます。(と加多を初めてよく見詰めて、少しびっくりしたようである)
加多 切れるか?
仙太 切れるにも何にも、こんな立派なドスを掴んだのあ初めてで。あっしのなざあ、何しろ、ひん曲ったのにはびっくらしました。(身体を拭いたり寺箱を包んでいた着物を着たりしながら)
加多 どうだ、面白かったろう、今井君。
今井 え? ええ。初めてです。実に……(まだ昂奮が納まらず、ジロジロ仙太を見詰めている)
加多 あれだけの気合は士にもチョットない。腕も確かに切り紙以上だろうが、それだけではない。実戦の効だ。免許の士が向ってもまず敵し難いなあ。(と口ではひどくノン気な事をいっていても眼は鋭く、黙って身仕度をしている仙太の横顔を見詰めている)
仙太 (仕度を終わり、地に手を突いて)じゃ、まあ、ご免なせえ。色々のご心配、生涯忘れることじゃござんせぬ。厚く御礼申しやす。ごめんなせえ。(辞儀をして立ち、箱を持って右手へ行きかける)
加多 (黙って見ていたが、やがて)待て。
仙太 ……? (立止り振り向くが加多が何とも言いつがないので、小腰を屈めてから再び立去りかける)
加多 待たぬか、この大馬鹿者め!
仙太 へい? へへへ、ご冗談を。
加多 阿呆! 馬鹿と言ったが聞こえぬか?
仙太 そこで言って俺が聞こえねえ法はありやせん、しかし馬鹿は承知だ。からかいなすっちゃいけねえ。私あ先を急ぐんで。
加多 物取り強盗、世が真直ぐに歩けると思うか?
仙太 なんだ、そのことか。へへ、真直ぐも曲ったもねえ、どうせこのご時世でさあ。百姓町人に利ける口の持合せはねえときまった。旦那、どうせ初手から横に這おうと腹あすえています。
加多 百姓町人に? うむ。その百姓町人に口が利けたらどうするのだ? 百姓町人が飛出してやれる仕事があったら、貴様はどうするのだ?
仙太 ご冗談を。アハハハハ。お士の天下だ。
加多 ……よし! では、その寺箱から胴巻ぐるみソックリここに置いて行けと言ったら何とする?
仙太 何だと※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
加多 見ろ、何とするのだ?
仙太 ブッタ斬るまでよ! と言いてえが、恩を着たお前さん方だ、もう、あやまるからいい加減にご冗談はおいて下せえ。
加多 真壁の仙太郎!
仙太 何っ!
加多 とか言ったな、お前の眼は五寸先は見えても一尺先は見えないのだ。その金を持って飢えて泣いている百姓の子を何十人、助けに行くとも言った。金打《きんちょう》、嘘だとは思わぬ。したが、飢えて泣いているのは、天下、その何十人だけだと思っているのか? 馬鹿っ!
仙太 アハハ、何を言うかと思やあ、大ザッパな話をしなさる。あたぼうよ、いまどきに朝夕泣いていねえ百姓なんどザラにゃいねえ、百も承知だ。しかし見ても知れよう、こんな業態《ぎょうてい》だ、ならずもんだ、俺あ、ならずもんの腕で出来るだけのことをするだけだ。士《さむらい》は士らしい駄ボラを吹いてそっくり返っていりゃいいんだ。俺あ士は大嫌えだ。五寸先が一寸先だろうと余計なお世話だ。
加多 アハハハ、怒ったな。それがさ、同じキンタマをぶら下げていて、その腕にその度胸、俺とお前がどう違うと言うのだ?
仙太 面白え! (と寺箱を地に下して、加多の方へ寄って来る)おい加多さん。
今井 おお、知っている!
仙太 知っているも何も四年この方、忘れたことあねえのだ。そっちじゃもう忘れていなさるだろうが、四年前の冬、下妻街道を江戸の方から水戸へ向いてお通りなすったことがあるだろう?
加多 ウム……あったかも知れぬ。
仙太 その折、小貝川の河原近くで叩き放しのお仕置きを受けた百姓が三人ありゃしませんでしたかい、その一人の舎弟で仕置場側の街道で願書に名前をいただきてえと泥っぽこりに額をこすりつけていた男、現にお前さんのすそ[#「すそ」に傍点]にすがってお情け深いことをいって貰った……。
加多 そうそう、思い出した。たしか兵藤や甚伍左が一緒であった。そのときの……?
仙太 そうでえす。そのときの百姓仙太郎のなれの果てだ。そのときのこともあれば、今夜の恩もある。俺あご恩は腹にしみているんだ。そしてあのときも、私の出した奉書にあんたは天狗党一同と書いて下すった。去年あたりから小耳に挟んだ噂もある。いざといやあ筑波だそうだって、村の子供だって知っていらあ。そこんところへ持ってきて今夜ここで出会ったあんた方だ。一目見て、こいつは! と思わねえ奴が阿呆だ。大概何をしにきていなさる位察しがつきやす。面と面と突き合わして、何だかだと話がからんでながくなりゃ、これはこう、あれはああと、加多さんじゃござんせんか、仙太郎か、てなことでお互いに山ん中ですれ違った仲では済まされなくならあ。そうなりゃ俺あいいが、あんた方の折角のことに邪魔になるだろうと考えてソソクサ行こうとしたのが有りようだ。ハハハ、どこが違うと言われたって、仕方あ、ありはしねえ、桝一升にゃ一升しきゃ入らねえ、俺あ俺だけの了見で俺のしたいことをするまでだし、あんた方あ、あんた方で天下を取るなり千万人を助けてくれるなりしてくだせえ。まあ、見物していやしょう。俺あ自分の手に合うことがあれば駆け出して行くまでの話だ。へい左様なら。
加多 ……そうか! うむ。仙太郎!
仙太 なんだ……?
加多 長い短いをクダクダとはいわぬ。手に合うことがあれば駆け出して行くというのは、定だな。
仙太 あたりめえだ。
加多 それならば、五月にこの筑波にもう一度登って来い!
仙太 おっと、そこまではいいっこなし。恐れながらと俺が江戸の奉行所へ突走ればどうしなさるのだ?
加多 ハハ、いうな。貴様がイコジになって嫌がらせをいくらいったとて、拙者は聞かぬぞ。考えて見ろ。即今の時勢は士であれ町人であれ百姓であれ、天下に志と意気ある者の合力を命じて居る。一人づつの力と策を一つづつ燃え上らせてその場限りの欝を散じる事ならば、中世の遊侠の徒でさえもやった。また、それが果して何のたし[#「たし」に傍点]になった? どうだ? (仙太郎、黙って返事をせぬ)……個人の力をため、控え、
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