法螺の音。それらの騒ぎに引きかえて舞台の二人は静まり返っている)
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(揚幕の奥で「待て野郎、待ちやあがれ!」と叫ぶ声がして、転ぶようにして誰かを追って走りくる博徒喜造。着ながし片肌脱ぎ裾取り、左手に松明、右手に抜身を持っている。その抜身も鞘も腰に差していない程に、賭場からアワを食って飛出して来た様子、バタバタと走って花道で立止り舞台をすかして今井の姿だけをボンヤリ認め)
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喜造 (左手奥と揚幕奥へ向って)おーい、居た居た、此方だ! 此方だ! 此方だ! (とバタバタ走って舞台にかかり今井の方へ襲うて行きかける)
加多 (抜刀、身を乗り出して)こらっ!
喜造 (刀に鼻をぶっつけそうになり、ビックリして、ワッ! と叫んで五、六歩飛びさがる)だだ、誰でえ!
加多 その方こそ何奴だ?
喜造 な、な、何奴もヘッタクレもあるけえ、俺あ彼奴を(と持った抜身で今井の姿を指す)ふんづかめえに来たんだ!
加多 フーン、おい今井君、此処へ来たまえ。貴様捕方では無いようだな?
喜造 捕方? 知れたことよ、俺あ渡世人だ、邪魔あして貰いたくねえ。(言いながら、オウといって近づいて来た今井の方をすかして見て、自分の見誤りに気がつく)いけねえ! 間違った、いけねえ!
今井 拙者をつかまえる……。
喜造 ま、まっぴらご免なすって! へい、旦那方とは気がつかずに、とんだ失礼なことを。ごかんべんなすってくだせえ。何しろ暗さは暗し、あわ喰っていますんで、へい。
加多 どうしたのだ?
喜造 いえ、何でもね、チョイとしたことで。いまごろ旦那方がこんなところにおいでになるなんぞ思ってもいなかったのでツイ見ちがえちまって。どうかお見のがしなすって。急ぎますんで、これで……(行きかける)
加多 待て!
喜造 へい?
加多 見ちがえたというのは、拙者等を誰と見まちがえたのか? いえ! それをいわねば見のがす訳に行かぬ。
喜造 弱ったなあ。あなた方にお引合いのねえ奴で。
加多 引合いがなければ尚更のこといってもよかろう。いわぬかっ!
喜造 いや、申します。そいつは、私ども一同でこの山中に追い込んで来ました、やっぱりヤクザらしい男で、たしかにこの尾根に逃げ込んだんでごぜえます。私らの賭場に今夜ヒョックリやって来た名も知れねえ野郎でさ。
今井 人でも斬ったのか?
喜造 へえ、人も二、三人斬りました、が、それよりも、こともあろうに賭場を荒しましてね、場銭あらかた、その上に寺箱まで、といってもご存じはねえでしょうが、とにかくゴッソリ引っかついで逃げ出したんで、あんまりやり方が憎いんで、皆でとっつかめいて、眠らそうてんで。
加多 フーン、では賊だな?
喜造 へ? へえ、まあそうで。
今井 何という奴だ?
喜造 それが知れてりゃ、こんなガタビシするがものはねえんですがね。どこの馬の骨ともわからねえんで。ご存じかも知れませんが、この山の賑やかし[#「賑やかし」に傍点]は元来北条の大親分の手で、節季々々その時々に廻状が出て諸方の貸元衆や旦那衆お出向きの上、寄合い盆割でやらかすんですが、今度も常州一帯下野辺からまで諸方の代貸元達や旦那衆がズラリと顔を揃えて今夜も市は栄えていたんで。御存じありますめえが、盆ゴザに坐りゃ渡世人は、自刃の上に坐った覚悟で、へい、昨日今日ポッと出のバクチ打ちなんぞ途中から割り込んで来ることさえもようできることじゃねえ、それぐらいに凄い意気合いの物でがんす。貸元衆がドスを引きつけて睨んでおります。用心棒も三人からおります。シーンとしております。そこへ控えの焚火の方からご免ともいわねえでスッと入って来たのが其奴ですよ。裾は下していましたが旅装束のままらしい、末の方にピタッと坐って盆の方を黙って見ています。小作りだがいい男で、向う額にキズ跡がありました。ついぞ見かけねえ奴ですし、あっしもジッと見ていたし、外にも貸元衆でその男を凄い目で見詰めている人が三、四人いました。囲い一つあるじゃなし野天の盆割りだから初手から気が荒いや、そいつが変な身じろぎ一つでもしようもんなら、目の前でナマスにしてやろうという腹でさ。見てると、その男、駒札を買う金でも出すのか右手を懐に突込んで、そいから左手をゴザにこう突いて、「ご繁盛中だが、ごめんなせえ」というんだ。変に沈んだ声でしたよ。「何だっ!」と怒鳴ってドスを掴んで片膝立てた貸元もありました。その男がスーッと立って「今夜の所、場銭、寺銭、この盆は俺が貰った!」と言ってパッと躍り込んだのと一緒でした。それっきりさ。一座がデングリかえる騒ぎになって、さて気がついて見ると場銭、寺箱、見えなくなっている。どう逃げたか野郎も消えている。いや恐ろしく手も足も早い奴でさ。それからこの騒ぎなんですがね。どうも逃げたのが此方臭いというんで、まだ後からも人が来るでがしょうが、まあ見ねえふりをしていておくんなせえ。
今井 小気味のいい奴だなあ。
喜造 冗談おっしゃちゃいけねえ。ま、ごめんねえ。
加多 おい、門前町から社へかけて奉行所、八州、又は代官所の役人らしい者は立廻っていないのだろうな?
喜造 へえ? いいえ、さあ、どうですか。
加多 そうか、よろしい、行け。(いわれて喜造、ブツブツ言いながら元来た方へ引返し歩きはじめる)
加多 ……(今井と顔を見合せ、刀を鞘に納め)アハハハ、ハハハ(今井も哄笑。七三の辺で二人の笑声でビックリして立止って振返る喜造。呆れて見詰めている。とまた出しぬけに付近の山を捜して走り廻っている人々の叫声が奥でおこる。喜造われに返って、揚幕の方へ振向こうとするトタンに、何の前ぶれもなしに揚幕から走り出して来る男。足拵え厳重、裸、手拭、頬被り、切り立ての白木綿の下帯腹巻、その上に三尺をグイと締めてそれにゴボー差しにした鉄拵え一本刀。脱いだ素袷で持ち重りのする寺箱と大胴巻をグルグル巻きに包んでこれを左わきに抱えこんでいる。この異様な風態の上に裸の右肩先に、返り血だろう、紅いものをつけている。
 ダダダと走って来て、丁度ヒョイと振向いた喜造の胸に、頭突《づつき》をくれんばかりに迫る。おッ! と叫んで、とっさにバッバッと五、六歩、舞台袖のところまで飛退る喜造、突出した抜身越しにすかして見る)
喜造 おう、やっこ、待てっ!
男 (見すましてチョッと立止った後)ガッ! (と叫んでドッと体当り。持った刀を揮う暇もなくワァッ! と叫んでデングリ返った喜造、はずみで足を踏みすべらしドドと音がして悲鳴を上げながら奥の谷へ転げ落ちる。男はそれをよくも見ないで、小走りに右手の方へ舞台を横切りかける。既に今井は岩蔭に、加多は竈の凹みに身をかくしてこの様子を見ている。男、下火になっている焚火をヒョイと認め、足を止め、前後を見廻している。やがて何と思ったのか、ウムといって火の傍に包みを下し、それに腰をかけ、眼は油断なく尾根の方と峠路の方をかわるがわるすかして見込みながら、頬被りを取り、肩先を拭う。真壁の仙太郎である。
 間――。
 右奥からザザッと音を立てて走り出て来る博徒甲。これはまた思いきりよく素裸、全身に刺青をしたやつに腹帯下帯だけで散らし髪、ドスは下緒で斜めに背中にくくりつけている。誰もいないと思って出て来たらしく、音に驚いて振向いた仙太の姿を一目見るや、ギョッと立止る)
甲 おおっ! やっこ、此処にいやがったな! さ、出せ、寺と場銭をスッカリ出せっ! お、俺あ、このほり[#「ほり」に傍点]物で見知っているだろう、場で中盆を預かっていた葛西の新次だ。そいつを持って逃げられた日にゃ渡世の顔が立たねえのだ! さ、出せといったら黙って出せ! (仙太返事をせず)……出さねえな? バクチ打ちの作法も冥利《みょうり》も忘れた野郎だ、よしっ! 命あ貰ったから覚悟しろっ! (と右肩越しにドスを抜くやバッと仙太の方へ斬り込みそうにするが、及び腰になって首を下げてすかして睨んでいる仙太の沈黙に気押されて、却って一、二歩後すざりして、刀を上段に構え直す)……ウッ! (今度は再び中段に構え直す。直すや思い切って切先を少し下してセキレイの尾のようにヒタヒタと上下に揺りながらツツツと二、三歩でて来る。両眼が血走って釣上ってしまっている。と同時、気合いも掛けないで仙太郎、刀を抜いたのと踏込んだのと殆ど一緒、右真向に斬りつける。それがタタッと下りながら、あわてて刀を上にあげて防ごうとした甲の刀と右小手と右肩口に同時に打下ろされてガバッ! とひどく大きな音がするが、どうしたのか斬れはしなかったらしい。矢継早やに仙太郎、流れた刀のはずみに乗って、甲の腰へ斬りつける。斬れない。甲がフラフラッとする所へ、ダッと体当り。甲、ワッと叫んで谷へ。転げ落ちながら「此方だ! 此処だっ! おーい、此処だ!」と叫ぶ声。それを見すました仙太郎、抜身をすかして見るが、暗くてよく見えないので焚火の方へ戻って火の光で見る。ササラのように刃こぼれがしているのだ。思わず感心して刃に指を持って行こうとしたトタンに、同じ右手から風のように飛出して来た抜刀の博徒乙、――これは着物を着ている――何とも言わずに斬りつける。オウといって身をかわした仙太、剣法も何も無い棒撲りに撲る。乙倒れる。仙太襲いかかって棒で犬でも叩く様に刀で二つ三つ撲ると、乙がウーンと唸って眼をまわしてしまう。再び焚火の方へ戻って来て右手の刀をヒョイと見ると、鍔元の辺からグニャリと曲ってしまっている。仙太は呆れてしまってそれをマジマジと見ている。――やがてそれをポイと捨てて失神した乙の方へ行きその刀を拾って見ると、これ又仙太に撲ぐられたはずみで切先五、六寸折れてない。それでもまだ自分のよりはまし[#「まし」に傍点]なので、それを握り突立ったまま、シーンとした四辺の気配に気をくばり、見廻している。静かな中に、右手、谷の傾斜、左手奥などから此処を取囲んで迫って来る七、八人の気配。かすかな足音など。……間)
仙太 (荷物の側にピタッと坐って、折れ刀をカラリと土に置き、まだ姿は見せぬ追手に向ってかなり大きな声で)……まっぴらごめんねえ。一天四海、盆業渡世にねえ作法だ、ねえのを承知でお騒がせしましたこのおいら、逃げも隠れもするこっちゃござんせんといいてえが、今夜のところあ逃がして貰いてえのだ。逃げてえのだ、へい、貸元衆! お前さんちの前で口はばってえいい草だが、おいらあ人を斬るのは嫌えだ。斬れもしねえ。……聞いて下すっているかね、貸元衆、俺あご覧の通りの名も戒名もねえ渡り鳥、ホンの昨日今日かけ出しの三ン下でえす、へい。しかし筑波を荒したのが三ン下にしろ渡世人のはしくれだったと、後で世間に聞こえて皆さんのお顔にかかる心配が有りゃ、ぬすっと[#「ぬすっと」に傍点]にして下すっても結構でがんす。ぬすっとに金を盗まれて顔がどうのということもねえ。俺あぬすっとです。へい、ぬすっとだ。そのぬすっとも、これだけの金、うぬが栄耀《えいよう》栄華に使おうと言うんじゃねえ、何十という人の命が助かるのだ。お前さん方にすれば今晩一晩の賑やかし、これっぱっちの寺や場がなくても、市あ栄えよう。お願えだ、貸元衆、今夜のところは、お見逃しおたのん申してえ。仕事を済ませりゃ、えり垢洗って出直して参りやす。おたのん申します。同じ無職の人間が口をきいていると思やあ腹も立とうが、そうじゃねえ。百姓の子が火のつくように泣いているのだ。皆さん衆の荒みあがり、それもホン一晩のところ、あっしに下すったと思わねえで、其奴等に恵んでやったと思って、今日のところあお見逃し下せえ、貸元衆、真壁村の仙太郎、恩に着ますでござんす。へい……(返事無し。その間、今井がこらえ切れずなって岩蔭から出て行きかける。加多も凹味から首を出して四辺を見る。と、既に無言で谷間の方、右手左手の三方から仙太を目がけて迫って来かかっている七八人の人の姿と、木立の間でギラリと光るドスが見られるので、加多片手をあげて今井に出るなと制する。物凄い空気だ。仙太、坐ったままジリジリと後すざりする)……おいらあ、斬り
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