女子供でもあの通りだ。百姓だとていつまでも下ばかり向いてはいねえ。
長五 実は今の娘に一目惚れというのだろう。悪くねえ、うん。アハハハ。
仙太 まだいうか!
長五 ウヌがシッポに火がつけば、犬にしたって狂い廻って駆け出さあ。何も感ずっちまうことあねえ。オット、いいや、百姓衆の事を犬だといったんじゃねえ、物のたとえがさ。
仙太 ならば下らねえアゴタを叩いていねえで、筑波へなりと鹿島へなりと早く消えてなくなれ。(と自分は草鞋を締直し、刀の下緒をはずし、たすきにしかける)
長五 それで、兄きは、また……?
仙太 知れた事だ。蔭ながら一揆の後立をしてやるのだ。(と茶店の内外を出入りして棒切れでもないかと捜す)
長五 そいつは面白え! (とこれも捜しまわる)
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(その間に花道より急ぎ足に出てくる佐貫の半助及び子分三人。半助は十手を腰に差し、四人とも結束した出入り仕度で向う鉢巻。……七三)
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子分一 親方、昨日植木を出た別手の奴等が利根を渡らねえでこの道をとって宿に入ったというが。
子分二 これまであわねえというのは変な話だ。
子分三 それじゃ向うで道を変えたかな。
半助 じゃあるめえよ、俺達の方が先手《せんて》になったのだ。どうせこの宿に入って来るのだ。まあいいや。
子分一 早く出っくわしてえものだ。
半助 それがいけねえ。今日の出場《でば》はただの出入りじゃねえ。元来なれば利根を渡って縄張り違えなこの辺の百姓一揆なんどに引張出されるのは少し筋の違った話だが、水戸の天狗があばれ出すのなんのと噂のあるご時世だ、八州様お声がかりとあって、代官お手代役浜野様のいいつけで弥造の方から話がありゃ、まさかに懐手して佐貫の方から眺めてもおれねえ。これも渡世のわずらいだ。その辺に網を張っていて一揆の奴等がやって来たら、たかが百姓、チョイチョイと叩きなぐつて足腰を折っぺしょってもと来た方へポイ返してやるまでよ。その積りでいろ。
子分二 へい、合点だ。行きやしょう。ホー、えらい騒ぎだ。(四人本舞台へ。子分二が道の三方を見込んだ末)この辺で?
半助 よかろう(四人が立ちはだかる。それをジロジロ見ている長五と仙太。四人の方でも気づいて睨んでいる。半助が子分一に無言で二人に顎をしゃくる)
子分一 (二人に)おい、お前達あ何だ?
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(仙太と長五返事をせぬ)
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子分二 おい、何だといっているんだ? (二人返事をせぬ)……この辺に見かけねえ面だが、今日|出張《でば》りの外手《ほかで》の者じゃ無さそうだ。何だ?
子分三 旅人らしいや。なあおい?
仙太 へい。今日のところ、お見こぼしなすって。
半助 ウロウロしていねえで怪我のねえうちに行きな。
長五 へへへ。
半助 それとも、まさか上林の弥造どんち[#「ち」に傍点]のかかりうど衆じゃあるめえ?
仙太 へえ? 上林の弥造?
半助 今日は弥造どんが捕親《とりおや》だ。そいでお前さん方も助《す》けに出たというのででも……?
仙太 え! そいじゃ、お前さんは?
子分二 手前達、モグリだな。北条の喜平身内、上林の弥造貸元の飲分けの弟分で佐貫の半助親方を知らねえような奴あ、この辺じゃモグリだぞ。
長五 さてはお前が半助か。どうりで、ニョロニョロした面あしていやがる。ご冗談、モグリはそっちだろう、アハハハ。(この罵言に四人呆れかえり、次に子分達怒声を発して長五に襲いかかろうとする)
仙太 おう、待ちな! (とピタリと縁台の端に片手をかけて小腰をかがめ)ごめんねえ。佐貫の半助親方とわかりゃ、往来中で失礼さんだがご挨拶がしてえ。
半助 挨拶だ? フン、いくら利根を此方へ越したからって、佐貫の半助、てめえちみてえなどこの馬の骨とも知れねえ旅烏の冷飯食いの口上を受ける義理はねえ。生意気なことを並べていねえで、足元の明るいうちにサッと消えろ。
長五 なにをっ! この石垣ヅラめ!
仙太 待て。いや、そっちに義理があろうとなかろうと、弥造の兄弟分と聞いちゃ素通りならねえのだ。ま、控えて下せえ。あっしゃ仰せの通り渡世に入って日の浅え冷飯食いで、はばかりながら生まれは御当地、当時……。
半助 やい、やい、やい! いい加減にしろい、佐貫の半助を前に置いて、名も戒名もねえ三ン下奴の手前等が、相対《あいたい》仁義もすさまじいや。たってとありゃ川を渡って佐貫の方へ這いつくばってやって来い、草鞋銭の百もくれてやらあ。
仙太 その佐貫の半助に少しばかりいいてえことがあるんだ!
半助 何を! 何だと?
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(そこへバタバタと町の方から走ってくる町方手先。走り過ぎようとして半助等を認める)
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手先 おお、佐貫の親方衆じゃありませんか!
子分一 町方の衆だね。どうしなすった?
手先 丁度いいところであった。いや、どうもこうも、本宿筋から通りへかけて、まるでゴッタ返しているのだ。叩きこわしの奴等と植木村の百姓が丁度一緒くたになりやがって、米屋から質屋、目ぼしい商売店を片っぱしから、ぶちこわして、段々此方へ押して来ているのだ。町方からお手代配下御出役、その上に火消しまで出張って、せきにかかっているが止ることじゃない。お前さん方も早く加勢に来てくれろ。実あ本宿手前の土橋をさ……たしか此処からも見える筈……(右奥へ行き遠くを指して)ほら、あれだ。あの橋を落して、夢中になって後から後からと押して来る奴等を、いやおうなしに川へはめちまおうというので、火消しの連中と弥造さんの手の人とが引落しにかかっているが、まだ落ちねえ。早く加勢に来てくれ!
半助 よし! それ行け!
仙太 (前に立ちふさがる)待った! いいてえことがあるというのは此処のことだ。弥造の兄弟分で一揆を川へ落そうとするからにゃ、ことあ念が入ってらあ。そこを動くと踊りをおどらせるぞ!
半助 退けっ!
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(トタンに右奥遠くでドドドと土橋が水へ落ちる音。それに混って多勢の叫声、悲鳴。エエジャナイカの騒音。長五と子分三と手先が「オッ落ちた」といってその方を見る)
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半助 それ、此奴等を眠らしちまって駆けつけろ!
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(半助はじめ四人ドスを引っこ抜いて二人に突いてかかる)
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長五 (殆ど冗談半分に)そら、突け、やれ突け! (子分二と三のドスを三、四合引っぱずして置いて持っている棒で相手の頸の辺をなぐりつける)そっちじゃ無えぞ! (その間に仙太は半助と子分一の刀をかわし、身を引くトタンに持っている棒を二人の足元目がけてバッと投げると、それがきまって半助が前へ突んのめってしまい、子分一はよろめいてストストと前へよろけ、茶店の屋台に頭をぶっつけて目をまわす。手先はドンドン逃げ出して行く)
仙太 口程にもねえ奴等だ。
長五 水でも喰らえ! (と子分二を締上げながら右の方へ押して行き、突飛ばすと茶店の斜裏が川になっているらしく、ドブーンの水音と子分二の悲鳴。仙太も黙って子分一の首を掴んで引きずって行き、川へ叩き込む。その隙を見て半助と子分三は刀を拾って町の方へ逃げ出して行く。長五戻って来て、それを見送る)喧嘩となりゃ江戸で鍛えたあんさんでえ、この辺の泥っ臭え奴等に負けてたま……お、居ねえ、弱いのも弱えが、逃足も早い。アハハハ、いい気持だ。見ろ、あにき、半助親方ドスを担いで逃げて行かあ。
仙太 (右奥を眺めやりつつ)ウーム。
長五 どうした? 何だ? よく唸る男だぜ。(自分もそっちへ行き眺める)ほう、あれ、あれ! 後から後からと川へ落ちてら。(水音。人々の騒音)何てまあ馬鹿な百姓共だ。後から押されて押されるままにゾロゾロ川へ落ちる奴があるか! お! あれ! しかし無理もねえ、両側はビッシリ家並で、後から押す奴は橋が落ちたことあ知らねえのだ。
仙太 (思わず大声で叫ぶ)おーい、いけねえ。橋が落ちているんだ。押しちゃいけねえ!
長五 すぐ鼻の先で怒鳴っても聞こえねえのが此処から聞こえるもんけえ! (いわれて気づき仙太黙る。呆然として眺めている。……間。奥の騒ぎ声。水音。……間)
長五 ……兄き、見ろ。兄きは先刻、これが百姓だ! といった。ところが、あれも百姓だ! 馬鹿な! 阿呆でフヌケで、先に立っている自分達の仲間が川へドンドン落ちているのもご存じねえで、ただ押しゃいいと思っている。手も無く豚だ! あれが百姓さ! フン、俺も百姓になるんだなんぞと無駄な力こぶを入れるのは止しな。
仙太 うぬっ! (いいざま刀に手をかけ腰をひねる)
長五 (飛びのき)オット、またけえ? アハハハ、のぼせるなよ、兄き。じゃ、あばよ。俺あこの辺で消えた方がよさそうだ。達者でいねえ。そうと気がついたら当分俺は筑波の賭場だ、待っているからやって来ねえ。(ドンドン左手へ行ってしまう)
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(仙太それをボンヤリ見送っていた末、近づいて来る騒ぎの音に、再び橋の方向を振返って見て、やにわに町の方へ駆け出して行きかける。その鼻先へ殆どブツカリそうに町の方から四五人の手先に追われて悲鳴を上げて逃げて来る前出の女房達と子供等、前にいなかった女や子供も四、五人いる。お妙は頬被りをむしり取られ髪を乱しながら子供達をかばいつつ)
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手先 待たんかっ!
仙太 お! 先刻の衆だな、よし! (と女子供をかばって手先等に向って大手をひろげる)何をしやがる! 女子供、足弱に対して変な真似をすりゃ、俺が相手だっ!
手先一 狼藉者お召取りだっ! 退けっ!
手先二 (これは先刻此処から逃げて行った手先である)いけない、こりゃ先程の乱暴者だ。強いぞ!
仙太 橋を切落して罪とがもねえ民百姓を川へ追落して置きながら、人の事を狼藉呼ばわりをして、よくまあ口がタテに裂けねえことだ! 手を引かねえかっ! (ワッと叫んで手先達の手元へ飛込んで行きそうにする。手先等ギョッとして一、二歩退る)……だが俺だとて無駄な殺生したくはねえ。手を引きな。たってとあれば相手になる。これを見てからにしろ! (いいざま刀をスッと抜いて、ムッ! と叫んで、傍に立っている茶店の表の角柱の荒削り三寸角ばかりの奴をズバッと切る。グラグラグラと茶店の屋根が傾く。たまらなくなってワーッといって元来た方へ逃げ去って行く手先等)チェッ!(お妙等に)さ、早く逃げなせえ。
お妙 どなた様だか存じませんが、危いところをお助けくだすって!
仙太 そのお礼にゃ及ばねえ。こうなれば一揆もまず望みはねえ、此処まで出て来たあんた方も口惜しかろうが、はたで見ていた俺も口惜しい。が仕方がねえ、村へ帰ってまた時節を待つのだ。
お妙 はい、ありがとうござります。私どもは植木村の者でございますが、このご恩は死んでも忘れることじゃございません。
仙太 それは先程も聞きましたが、植木村というのは、私にも縁のねえところじゃねえので尚のことだ。お話では村でも食うに困るとのことだが、これから帰ってどうしなさるんだ?
お妙 はい、……(自分のすそにすがりついている子供等を見廻して途方にくれる)これだけの子達は、親兄弟が死んだり欠所《けっしょ》になったり所払いの仕置きを受けたりしたために、私の家へ自然に引取って養っていて、いまでは私一人を頼りに生きて来た者ですけんど、私のうちにも食べる物としてはなし、どうしようかと存じます……。
仙太 そいつは飛んだ話だが、待ちなせえ……(懐中を探って、汚ない胴巻を出しかけて、暫くジット考えていたあげく)ええい、うん。さ、こりゃ少ねえが取って置いて、皆の食ブチにして、暫くのつなぎ[#「つなぎ」に傍点]でもつけてくんなせえ。(お妙に渡す。お妙は面喰ってモジモジしている)たんとはねえ、二十両ばかりだ。さ!
お妙 いえ、そんな大金を見ず知らずの……
仙太 何をいうのだ早くなせえ、また奴等が追って来ると面倒だ。さあ、名をいわなきゃ受取らねえとあれば、私は仙太郎というナラズもんだ。そしても
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