それに何でも噂では百姓一揆が此処を通るんだとかで、あれやこれや、ボンヤリ店を開いていて傍杖でも喰うた日にはたまりましねしね……[#「たまりましねしね……」は底本では「たまりましてね……」]。
仙太 百姓一揆がね、フーム……。
長五 詰らねえトバッチリを喰うもんだ。じゃ冷やでいいから持って来てくんな。
爺 それも、どうか勘弁して貰いてえで。わしあ、はあ、此処をたたんで、内へじき帰りますで。
長五 馬鹿を言うねえ。街道に向いて店を張っての渡世をしていりゃ半分は通行人の店だ。持って来な。只飲もうというんじゃ無え。来いといったら持って来ねえか!
仙太 長五、てめえまた、素人衆に喧嘩売る気か? 爺さん、こんな男だ、悪気はねえ。これで(と小粒を爺に渡して)冷やでいい、一升だけ徳利のままと、茶椀を一つ、それだけソックリ譲って貰おう。そして俺らはこの縁台の端を貸して貰って勝手に休まして貰うから、お前さんは帰るなりと何なりとしておくんなせえ。
爺 へい、へえ、こんなに沢山いただいちゃ……。じゃまあ。おっしゃる通りに……(内に入る)
長五 現金な野郎だ。珍しいなあ、お前飲むのか、兄き?
仙太 お別れだ。
爺 (徳利と茶椀を持って来て縁台の上におき)これにおきますよ。盛りはタップリで。わしはこれで行きやすから。(奥へ引込む)
長五 糞でも喰え。オット、ありがてえ、さ、上げな。(仙太郎に酌をする。仙太黙ってグッと飲み長五に差す)すまねえ。
仙太 (酌をしてやって)いつもいう通り商人百姓、素人衆をもっと大事にしろ。それから、……身体を大切にしろ。
長五 ……俺あどうせ上州無宿くらやみの長五、あちこちの賭場の塵の中に、命を投出した男だ。兄きこそ、達者で暮してくれ。オット(グイグイ飲む)……しかしお前程の男を、惜しいなあ……。
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(二人シンミリしてしまって、永い間然って飲む。仙太はいい加減に茶椀を長五に渡してしまい、また急にはげしく聞えて来はじめたエジャナイカのどよめきに耳を傾けるようにして黙っている――間)
(六尺棒をかい込んだ番太、左より走り出て来て、奥の町の方へバタバタと駆け抜けようとし二人をヒョイと見てギックリ立止る……)
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番太 ……な、な、何だ、お前達は?
長五 ……(ジロジロ見て暫く黙っていた後で)……何だって? ハハ、だいぶ騒々しいね、町の方は? 叩きこわしが始まるんですかい?
番太 き、貴様は何だと聞いているのだ!
長五 ご覧の通り、旅をかけている人間だがね。ま、一杯どうだい? こうなると町方衆も楽じゃねえね、エジャナイカの上に何でも此処を一揆が通るんだって?
番太 そうだ! 植木村のほか三ヵ村の百姓共三、四百人、まるで腹の減った狼同然の奴等、竹槍、ムシロ旗で押通るのよ。まるで餓鬼の行列じゃからどんなことをするか。貴様達もこの辺でウロウロしていない方が身のためだぞ。早く行け! (いい放ったまま奥へ駆け込む)
長五 ペッ、何を言ってやがる!(飲む)
仙太 植木村ほか三ヵ村。甚伍左親方のお住いがたしか……。(間)
長五 くどいようだが、兄き、どうあっても村へ帰らにゃならねえのか?
仙太 お前から見れば馬鹿々々しくも思えよう。が、いつかもいった通り、そもそもの俺が無職に入ったのが、兄が叩き放しにあってからのことだ。第一がこんな世の中が癪にさわってならねえムシャクシャ腹だ。士や旗本商人はいうもさらなり、あのときあ同じ百姓共が兄の難儀を見て見ぬ振りをしているのだ。俺あガッカリもしたし、同じ百姓を一番憎がったものだ。しかし俺あやっぱり百姓の子だ、足を洗って何になるかといやあ、百姓になるのだ。ウム。……第二には、お恥ずかしい話だが、兄の田地を取戻すための二十両の金を拵えるためだ。あのとき利根の親方から恵んで貰つた一両の金で何か商売でもと色々にしたっけが、いまどき二年や三年が間に十両の金でも儲けられようという商売なんぞありはしねえ。ヌスットをしなきゃ、ピンコロで稼ぐ外に途あなかった。でやっとのことで二十両、どうにか拵えて、こうしてそれを持って帰る俺だが、くらやみ、こんなことをいえばお前ふき出すかも知れねえが、俺あもともとバクチは身顫いの出る程嫌いなのだ。
長五 本所から深川、方々のお邸の部屋々々へかけて壷を握らせりゃまず並ぶ者のねえというお前がバクチが嫌いだという。だが一度無職の飯を食った者がまた田の中へ這いずり廻ろうとしてもできる相談じゃなかろうぜ。それよりも、兄きも言ったムシャクシャ腹、世の中をハスッカイにシャシャリ歩いて、癪に障る奴等にツバぁ吐きかけながら渡るのが、分別だろうぜ。ご時世が変るだの何だのと方々でワイワイ騒いでこそいるが、どうせどっちに転んだとて所詮が、二本差した奴か物持ちの奴等の話だ。壷を取るのが狼になるか虎になるか、それだけのことよ。糞面白くもありはしねえ、勝手にしろさ。
仙太 まだいうのか、長五?
長五 何度でもいうぞ。お前は阿呆だ。夢を見ている阿呆だ。先程はお前に睨まれてギックリしたが、今度あ怖くはねえ。
仙太 (立上りかけるがフと自ら顧みて)ウム……くらやみ、もうお前、行ってくれ。(下を向く)
長五 (いいつのる)そうだろうが! 世の中が立直しがあるとか何とかで変にゴタゴタとグレハマに[#「グレハマに」は底本では「グチハマに」]騒ぎ出したなあ今日や昨日のことじゃ無え。方々で飢饉凶作、打ちつづいて、食えねえ人間がウヨウヨしているのも、五年や十年のことじゃねえぜ。下々の民百姓によく響いて来るものならば、もうトックの昔に響いて来ている筈だ。それがどうだ! おおそれ、遠いところを捜すことあねえ。今聞えて来るエジャナイカの叩きこわしは何のための騒ぎだい? 此処を通るという一揆だ! みんな虫のせいやかん[#「かん」に傍点]のせいで冗談半分にやっていることなのか? 大違えのコンコンチキだろうて! みんな民百姓下々の食えねえ苦しまぎれのなす業《わざ》だ。真壁の、それを……。
仙太 (急に立って[#「急に立って」は底本では「束に立って」])ええい、まだいうのか! こ、こ、この(思わず左の手が腰に行っている。一足パッと飛下って仙太を睨んで立つ長五郎。……間……ヒョイと自分が何をしようとしていたかに気づく仙太、気を変えて傍を見るが、胸中の欝屈のはけ口を見出し得ない焦立たしさに、黙って茶店の前を彼方へ歩き此方へ歩きはじめる)
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(花道より袋をかつぎ、手拭で頬被り、すそをはし折ったお妙出る。その前後を取巻き、すがりついて互いに手を引き合った八人の男女の子供達――餓え疲れて眼ばかりキョトキョトさせ、はだしだ。中に割に身体の大きい男の子二人は竹槍を杖に突いている。その後に幼児を負った女房二人――これは餓えと疲れの上に極度の不安のために気も遠くなったらしい様子で、ボンヤリ無言で、フラフラついて来る)
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子供一 やあ、町が見えら!
子供二 取手の町だんで! 父ちゃん兄ちゃんが待っとるぞ!
子供三 父うにあったら、おら、おまんまば食わしてもらうのじゃ! そいから、江戸へ行くんじゃ! な、嬢様!
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(お妙、そういう子供三の顔を見ていたが、フイと横を向いて黙ってスタスタ行く。子供等、女房達もそれを追って、一同七三に立つ)
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子供一 嬢様、おら達はなぜん、川を向うへ渡らねえのだえ?
お妙 それはね、どうせ利根を渡らねばお江戸へは行けないけれど、新ちゃんのいったようにこの取手で父ちゃんや兄ちゃん、村を出て向うを廻って皆さんと一緒になってから渡ります。さ、早く行こうね! (女房を顧みて)お滝さん、しつかりなすってくんなんせよ。
女房一(喘いでいる)……嬢様、わしあ、はあ、もうおいねえ……はあ腹あ空いて……。
子供二 おらも腹あ空いて、おいねえなあ!
子供四 足がガタクリ、ガタクリすっで俺あ!
子供五 おらの目、どうかしたて。田んぼや木なんどが見えたり見えなんだりするのだぞ。
お妙 困ったねえ。(袋をおろして中を手さぐる)お芋も、もうねえものを。ホントに……。
子供六 ワーン(手離しで泣き出す。それにつれて八人の子供の中六人までが泣き出してしまう)ひだりいてや! ワーン。
お妙 かにして、よ! 泣くのは、かにして、どうしたらいいのだろう? 私だっても、私だっても……(羞ずかしいやつれた顔がベソをかきかけている。途方にくれて一同を見渡していた末、自分までが引入れられてはいけないとキッと気を取直して)……いいえ、泣く子は此処に置いて行きます! お江戸までも行って、お願いをせねばならぬ者が、お腹が空いたくらいで泣くほどなれば、置いてきぼりになって死んだがよい! さ、早く行きましょう! 行くべ、さ! (構わず歩き出して、本舞台の方へ。一同も仕方なくシャックリ上げたりしながらも泣声だけは止めて、ゾロゾロそれについて行く。茶店の横を折れて町の方へ行きかける。――先程から一行の様子を無言で見ていた長五郎と仙太)
長五 (ツカツカ前へ出て)チョイと待った。お前さん方どこへ行きなさるんだ?
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(ギックリして立止るお妙等。マジマジ二人を見詰めていた後、ジリッと身を引いて無言で再び行きかける)
[#ここで字下げ終わり]
長五 聞こえないのか、待ちなといっているのに。
仙太 長五、てめえ……!
長五 そうじゃねえてば、怪我でもあっちゃと案じるからだ。姐さん方、町へ入っちゃいけねえ。
お妙 ……お役人様でござりますか?
長五 なによっ? 俺達がけえ? 冗談いっちゃいけませんよ、大概なり[#「なり」に傍点]を見てもわかりそうなもんだ。
お妙 それなればここを通して下せまし。町に用事があります。
長五 わかっていまさ、先刻から見ていりゃ、一揆の連れの衆らしいが、あの町の騒ぎが聞こえねえ訳じゃあるめえ、丁度ワイワイ連中のぶちこわしの最中にぶっつかって、お前等の連れの百姓衆まで一緒に巻き込まれた様子だ。それに町方あたりでも手を出したらしいて。あの騒ぎの中に割って入りゃ、見りゃ子供衆で、ひどい怪我をするのは知れたこと、悪くすれば踏殺される。
お妙 色々ご存じのようですから、おかくしはしませぬ。何処のお方か存じませぬが、私共は南の方植木村ほか三村の者、この町で他の村の衆と一緒になって江戸へお願いにあがるのでござります。私達が早く行かなければ皆様が此処から立てぬようなしめし[#「しめし」に傍点]合わせになっておりまする。どんな苦しみ怪我を受けるくらい、たとえ踏殺されても、それは村を出る時からの覚悟、三百人の中、百人二百人と殺されても、江戸までは行きまする。
長五 (呆れてしまい暫く無言で相手を見ていた後で急に笑い出す)アハハハ、いや、まだ十八か十九、取ってはたちとはなんなさるまいが、綺麗な顔をしている癖に恐しい事をいいなさる。しかしそいつは短気というものだ。江戸へ願いに行くというのも、どうせ百姓衆のことだから石代貢租のことだろうが、それにしてからが、ウヌが命が惜しいからだ。
お妙 ……村にいても食べて行けませぬ。一寸刻みに殺されているのでございます。覚悟はチャンとしておりますること故、黙って通してくだせまし。
長五 ……ウーム。そうか。じゃ、ま、何もいわねえ、お行きなせえ。(お妙等一同ゾロゾロ町の方へ去り行く。見送っている長五。見ると仙太郎は縁台の横の地面へ膝を突いて、片手を突き、下を向いている)……驚いたなあ、百姓の娘でも、ああなるのか。顔も恐しい別嬪だが、ゾッとするようなキップだ、のう兄き……。どうしたんだ、坐りこんじまって? どうした、気合いでも悪いのか?
仙太 ……ウム。……長五、見ろ。
長五 何だえ?
仙太 俺あ、うれしくって、ありがたくって、ならねぇんだ。あれが百姓だぞ! あれが百姓だ! 俺あ久しぶりに、ホントに久しぶりに涙が出て来た。
長五 なあんだ、ビックリさせちゃいけねえ。だとて何も後姿を拝むことあ、ありはしねえ。
仙太
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