には死ぬ人間だ。
仙太 (青くなり、何かをハッと悟り)そ、そ、それじゃ加多さん! (詰め寄って加多の襟を掴む)何か、あの、四、五日前から町人百姓から出た者達で三人四人と見えなくなるのも……? すると、俺と一緒に来た寄場の者達十一人も、もしかすると、き、き、斬ったのか?
加多 (仙太に首を持って揺り動かされても、反抗せずに、静かに)そうかも知れん。……多分そうであろう。……許してくれ、仙太郎。
仙太 許す、許さぬ、そ、そんなことじゃねえ! ケッ! お前さん、泣いているが、そ、そんなこれまで同志々々といっておきながら、そ、そんなアコギな法があるか! (極度に昂奮し、頭も混乱して、加多を突き離して、睨む)そ、そ、そんな自分勝手な法が――。それじゃ、俺をここへ呼んだのも、――読めた!
加多 ……(首うなだれて静かに)……だから国へ帰ってくれ。
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(丁度その時、突然右手より、ターンと烈しい小筒の音が響いて、弾が仙太郎の腰の辺に命中したらしい。アッと倒れかかって、その辺をキリキリ舞いをする)
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仙太 た! ちっ! うぬ、畜生! 誰だっ!
加多 (びっくりして)どうしたっ? いかん! 水木さん、それはいかん、水木! (その言葉のまだ終らないのに、再び銃声。今度のも仙太郎に命中したらしい。こらえ切れず、ウムといったきり、加多の方をボンヤリしたような顔つきで見て立っていた後、ドッと前のめりに雪の中に顔を突込んで倒れる)
加多 仙太郎!
水木 (小銃を掴んだまま右手から走り出て来る)これでよし、貴公に任せておけば、いつのことになるやらわからぬ。
加多 (怒っている)水木さん、なぜそんな早まったことを! 今日まで相共にあれだけ働いてくれた同志を遇する法でない!
水木 馬鹿を言いたまえ。事は急を要するのだ。当人もこの方が楽《らく》。さ、これを谷へ。手を借したまえ。(仙太郎の両足を掴んで雪の上を引きずって左手の崖へ持って行きかける。そのためヒョイと眼を開いた仙太郎、畜生っ! と叫んで両足で水木を蹴倒す)
仙太 (手負いの体をもがきながら、刀を抜いて二人を防ぎつつ狂ったように叫ぶ)畜生っ! ひ、ひ、人をだましやがって! き、貴様達それでも男かっ! それでも士かっ! い、いいや、そ、それが士だ! だましたな! だましたな! 犬畜生っ! い、い、命が惜しいと、だ、だ、誰が言ったんだ! そ、それを、い、い、いまさら、だましやがって! き、貴様達士なんぞ、人間じゃねえ、に、人間じゃねえ!
水木 黙れ! 黙らぬか! 加多っ! (抜刀、斬り下ろす)
加多 (これも抜刀するが、斬り下ろしかねながら)仙太、どうか死んでくれ!
仙太 (刀を振廻すが、手負いのため、相手には届かぬ、喚く)し、し、死んでくれと? 畜生! 死にたくねえと誰が言ったっ! 皆で一緒にと、あれほど言った、うぬ等の舌の根がまだ乾かねえのに! い、い、い、や、こんな、こんな、こんな目にあっては、死に、たくねえ。だましやがったっ! だましたんだっ! 畜生! 助けてくれーっ! 助けてくれーっ! チ、チ、チ(水木は殆ど気が狂ったようになって、メチャメチャに刀を振って、助けてくれ! とわめく仙太郎をズタズタに斬る。しかし、すっかりあがっているので、いくら斬ってもきまらぬ。仙太郎、刀を振廻しつつ、いざりながら狂い廻る)犬畜生! 士なんぞ、士なんぞ、う、うぬ等の都合さえよければ、ほかの者はどうでもいいのだっ! ご、ご、御一新だと! 阿呆っ! うぬ等がいい目を見たいための、うぬ等が出世したいための御一新だっ! だましたっ! だまされた! 犬畜生っ! 犬畜生っ! (それを水木、顔と言わず手足といわず、ズタズタに斬る。仙太郎わめきながら崖縁まで追い詰められ、苦しまぎれに横に払った刀が、水木の腰にザッと入って、水木ワッと言って飛下って倒れる)
水木 加多っ! 加多っ! 何を、何をしている!
加多 よし! (刀を上段に構えて、ツツと崖の方へ)仙太郎、許せ! (言いざま、スッと斬り下ろした刀、仙太郎の肩に入る)
仙太 犬畜生っ! 士の犬畜生っ! アッ (同時に崖を踏みはずして向う側へ落ちる。落ちながら呪いののしる叫び――)
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
加多 ……(落ちて行く仙太郎をジッと見下ろして立っていた後、ヨロヨロ歩いて来る)ウーム。(ボンヤリ立っていてから、変に唸るような声を出す。泣いているのである……)水木さん、斬った。
水木 おお!
加多 あれは立派な、男であった。……この身体では拙者も……。ご免、お先へ。(言うなり持っている血刀の穂を右襟首の辺へスッと立て、刀はそのままビューンと投げ出し、チョッとの間、立っていてから、ガクリとして、前のめりに木が倒れるように雪の中にポスリと倒れる。
呆然として立っている水木。
山中をめぐつて鳴り出す陣太鼓の音)[#地付き](幕)
[#改段]
10[#「10」は縦中横] 真壁在水田
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明治十七年八月末の晴れた日の午さがり。
広々とした一面の水田で、早稲はすでに七分通り生長している。花道は村道。村道は本舞台にかかるとすぐ二つに分れて、一方は左袖へ消え、一方は右に曲って、水田の中を斜に断って、右奥へ曲って消えている。奥水田は岩瀬町から柿岡町へかけての低い山脈にくぎられ、右奥遠く高く肩を見せているのは加波山と足尾山である。
明るいままに静かで、舞台には人影も見えない。しかし正面の水田の中三、四ヵ所で稲が動いてポチャポチャ水の音がするのは、三、四人の人間が泥掻きと草取りをやっているらしい。一番手前の者の菅笠と尻が時々穂の間からチラチラ見える。――そのままで間。
花道から、小走りに出て来る中年の男二人。キョロキョロ前後を見廻し、青い緊張した顔をして七三で立止る。
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男一 そ、そ、そ、そんでもさ、いぐら、じ、じ、自由党の壮士と言うたとて、村の者、斬りはしねえろ、なあ。
男二 いや、役場へやって来た大将株が、そいったと! あんでも自分達のことば警察へいっつけたり、兵糧ば出さなかったり、壮士に仇をする者がいたら、村の者皆殺しにすると! あんでも、昨日上州の方から入り込んで来た二十人から上の壮士は、荷車に三台も四台も爆裂弾ば持っていたそうな!
男一 あーん! すっと、すっと、その爆裂弾、すっと、いま、普門院の本堂に積んであっ訳か! こりゃ大変じゃ!
男二 あんしろ、政府ばでんぐり返そう言うたくらみ[#「たくらみ」に傍点]だてや、この村なんど、どんなことになっか! 役場にゃ自由党おとろしがって誰もおらんし、村長さんの行方もわからん。駐在はおろか、分署にも誰一人おらんそうな! あんでも、村の若いし[#「いし」に傍点]の中でも、もう自由党のいうなりに加担した者がウンとあるそうじゃ! 村でもおとなしく兵糧出してやって、一刻も早く筑波か足尾か加波山あたりへ行って貰うようにすりゃええに。この辺で戦争にでもなられてみろえ、田も畑もメチャメチャじゃが!
男一 せ、せ、戦争だと! 戦争になっかね?
男二 なるて! 先刻、郵便脚夫から聞いたが、県の方でも何百人という巡羅や刑事ば繰出したそうな!
男一 こ、こ、こりゃいかん! (本舞台へ向って走り出す)
男二 (追いかけて)ど、どこへ行くだい、神田さん?
男一 どこい行くといって、そ、そ、そそ!
男二 自分一人逃げようたって、そいつは無理だぞ! 第一、わしら、村長と助役さん早く捜し出さねえ日にゃ、どもならんがい。アワを食うでねえよ神田さん。
男一 そりだと言うて! そりだと言うて! どうしべえ、わしら? 川股さんよ、どうしべえ?
男二 あにをガタガタ顫えるかね、神田さん?
男一 あんただとて顫えているぞ、川股さん! (出しぬけにかなり離れたところに在る寺で突き出す早鐘が響き出す。ワッといって飛び上る二人)
男二 そりゃっ! (駆け出しかける。それに後からしがみつく男一。男二振りもぎって走りかける)
男一 ひ、一人でおいとく気か、川股さん! いっしょに、いっしょに連れてってくんなてばよ! (すがりつく。一、二度こけそうになったりして二人左手の道へ走って消える――早鐘)
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(しゃがんで水田を掻いていた百姓の一人が、上体を起す。稲から胸の上だけを見せた姿はすでに青年になっている孤児の滝三である。黙って右手奥遠くの寺の方を伸び上って見ている。……間)
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滝三 ……何だろうか? また、普門院で寄り合いでもあっかね? (水田の中で、フムとそれに応える声がする。滝三あと暫く鐘を聞いていてから、再びしゃがみ込んで、泥掻きをはじめる。水の音。鐘の音)
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(佩剣を鷲掴みにして揚幕から飛出してくる巡査、七三でとまって寺の方を伸び上って見た後、再び駆け出して本舞台へ。道の分れたところまで来て、一旦右の方へ五六歩駆け込んでから思い返して引返して今度は左手の道へ駆け出そうとして躊躇し、曲り角に立ったまま、どっちへ行ったものかと考え、ウム! と唸っている。鐘の音が止む。そこへ右手の道からこれも小走りに出て来る角袖の刑事。薬箱こそ負うてはいないけれども、富山あたりの行商人のなりをして、脚絆草鞋がけ)
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刑事 おお君は――。
巡査 あ、あなたは本署の、たしか泉さん。――それじゃ――?
刑事 昨日から、此方だ。私は勿論してあるが、君の方からも急報は出してあるだろうね、県へは?
巡査 いや、それがその、村内で斬られたりした事件があったりしまして、――
刑事 (顔の色を変えて)斬られた? 誰だ?
巡査 なに、収入役をやっとる地主のうちの細君ですがね、どうも米かなんかを出せと言われてはねつけたらしいで、そいで――。
刑事 よし! そんなことあよい。とにかく急報せんという法はない。
巡査 は、実は、そいで、いま行ってるとこでえす。
刑事 よし、早く行きたまえ。あ、それからねえ、私と一緒に東京方面の壮士をこの辺へ追い込んで来た本庁の真田という人がいてね、それがどうしたのか今朝から行方不明だ。ことによるとつかまっているかと思う。いや、まさか斬りはすまい。とにかく、それらしい者がいたら注意しといてくれんか。身なりはやっぱり私みたいに、こんな風だ。いいかね? おいおい(と右手への道へ駆け出そうとする巡査の肩を掴んで)そっちへ行く奴があるか! 寺にゃビッシリ奴らが詰めかけている。いま、此方へ二、三人やって来るらしい。
巡査 でありますか? 本官は、本官は……。
刑事 アワを食ってはいかん! 向うは命知らずばかりだ。いや、だから、もうすでに昨日あたり応援が県の方からもここへ着いていなけりゃならん筈だが。とにかく、それまで、奴等にあばれ出されてはいかん! 足尾か加波山へ追い込むことになっているから、山へ追い込めば此方のものだ。
巡査 ばく、ばく、爆裂弾を持っとるというのは本当でありますか?
刑事 馬鹿な! 持っていても高が知れている! しっかりしたまえ! そっちへ行くんだ! (振返って見て)おお、来やあがったようだ。さ! (花道へ向って走り込んで行く。あわてた巡査、佩剣を抱えて道角でグルグル二、三回廻った末、左手への道を走って消える。――急に静かになる。水田の泥掻の水音。……間)
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(右手から、前後を見廻しながら出て来る自由党の壮士三人。一人は着流し。一人は絣単衣に袴、一人は詰襟の洋服を着ている。三人ともつとめて平静を装うてはいるが、ひどい昂奮と緊張が明らかに見られる。洋服の男は仕込杖らしいステッキを突き、着流しの男は、抜身のままの脇差しを、ダラリと右手に下げている。無言。進んで来て、水田の中の稲が動いたのにギョッとして立どまる。ジッと水田を見詰めている)
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洋服 ……(つとめて押殺した低い声で)そこにいるのは誰だ?
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