いて来る陣太鼓の音。
 暫くして、右手から出てくる加多源次郎。敗走軍の惨苦が一目で見られる姿――硝煙によごれ、所々破れたり血痕のある小具足に足だけに雪ぐつ。身内にどこか傷を負っているらしく青ざめて足どりもシッカリしていない。中央近くまで来て立止り、足元の雪を一掴みしゃくってガブリと口に含み、ウムと唸声みたような声を一つ出してから、手に持っていた陣刀を雪中に突いて、それに両手でよりかかるようにして黙って前の方を見ている。
 奥のはるかな、谷の辺から弱く尾を引いてオーイと何かを呼んでいる声。
 加多の出て来たところから、つづいて水木(前出)が抜刀を下げたなり、背後を振返りながら出て来る。これも加多に似たような身なりだが、傷は負っていないらしく比較的元気である。左手に鷲掴みにした二三個のサツマ芋を生のままがりがりかじりながら、しきりにうしろ――右手奥を気にしつつ加多に近づく。
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水木 ……加多、これを食え。
加多 食いたくない。
水木 嘘をつけ、そんな筈が。(ムシャムシャ噛む)ああ、うまい。……フフフフ、残念ながら、うまい。さあ……。
加多 ……拙者の隊では、士分以下の者などもう二日間、雪以外の物を咽喉に通していない。たとえ生芋でも一人では食えません。そちらで食べて下さい。
水木 またいう。それでは身体がもたんぞ。
加多 全身が妙にカッカと熱を持って食気《しょくき》がないのです。
水木 そうか。……いや、明日あたり新保《しんぽ》辺から医者が来よう。だが……(ムシャムシャやりながら、右手奥の方をすかして見る)どうしたのか、馬鹿におそい。たしかに伝えたのか?
加多 それは。伝えた筈。
水木 弾きずを負っているそうなが、腕は立つそうだな?
加多 ……さよう。
水木 おお、あれがそうらしい。(と右奥下方を眺める。やがて、抜刀に素振りをくれる。その間もガツガツと芋はかんでいる)
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(間)
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加多 ……どうしても、斬らねばいけませんか?
水木 また、それをいうのか?
加多 いまさらになって余りにムゴイ気がするからです。……余人は知らず拙者などは士分以外の者もズッと同等の同志として来た。……また、あれらも、それだけのことはして来たのです。三、四日来、方々で斬ったのが二十数人あるそうなが、拙者はたまらない。特にあれなどはこれまで抜群の……。
水木 くどいぞ、加多! 拙者だとてそれは知っている。しかし事ここに至っている。自分が助かろうというのではない。少くとも武田先生、藤田氏以下将来有為の先輩だけは生き延びさせなければならん! でなければ永戸の勤王派の根が絶えるのだ。士分以外の者が加担していたとあっては、その望みも十が十なくなる。まだ何かいうか! もういうな、加多! 第一、あれらを斬ることについては、武田先生、藤田先生、その他も絶対に反対して、ともこうも死生を一緒にしようという説だ。捨ておけば全部が全部フイになるだけの話。(間)
加多 ……宍戸侯は水戸城において御自害、榊原先生以下数十人は斬に処せられる。死罪、禁錮百余人。……途中聞きました。一橋公からの御沙汰はまだ来ませんか?
水木 来ない。……だろうと思う。すでに征討総督の勅を得られて、水戸、会津、桑名、筑前、小田原、大溝等諸藩の京詰の兵をひきい、大津まで来ていられるということだ。迫っている。
加多 で、……当方よりの陳情書の一部でも聴きとどけられると思いますか? ならびに、いまの諸先輩の助命のこと?
水木 わからぬ。駄目かも知れぬ。慶喜公ご自身の立場が昨年長州その他離反以来、相当困難をきわめているということもある。当方の志の存するところはわかられても……。
加多 それならば尚更でありませんか?
水木 あれらを斬ることか?
加多 さよう!
水木 だからいっているのではないか! まさかとなって当方のために口を利いて下さろうという段になっても、士分以外までも多数参加した、つまり暴徒暴動ということになれば、弁疏の余地はなくなるのだ?
加多 事実、そのような暴動であれば、それも仕方がないではありませんか? 事実を曲げてまで三、四の命を……。
水木 もう言うなっ。(下の方を見て)おお、来た! いやならば止せと、初めからいっている。尊公には永いなじみの者だから、と初手からいってあるのではないか!
加多 そうだ。わかっている。永いなじみの者だから、どうせ誰かにやられるものならば、いっそ拙者の手でと思った。……いまでもそう思っている。ここへも拙者一人でよいと言ったではありませんか!
水木 フン、逃がすつもりであろう?
加多 逃がす? ……(間)さよう……。
水木 ならば、一人でやってみるか? どうだ? 来た! シッ! (二人黙る――)
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(間。……右手から仙太郎出てくる。戦い疲れ、着物なども破れたりしているし、それに弾傷を負っている左の腕を、血でよごれた手拭いで頸から釣っている。空腹と疲労のために青ざめた顔をして、右手で刀を杖に突いている)
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仙太 (黙って自分を睨んでいる水木に)ああ水木先生、何かご用で、なに、今井さんが先生が此方で呼んでいらっしやるからっていってね……。加多さんもいなすったのか。久しぶりだねえ、加多さん。ズーッとかけ違っていて、考えて見ると、部田野村から館山へかけて行くときにチラッとお目にかかった時以来だ。
加多 ウム……。
仙太 傷をなすったっていうが、どうだね?
加多 ウム……。
仙太 (加多が顔をそむけるので、取付場がなくて、水木を見る。そして、水木の抜刀を見、妙に緊張している顔を認めて変に思いながら)……どうなすったんだね? (ジロジロ見る)
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(間)
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水木 (抜刀を鞘に納めるためのように袴で拭きながら)ひどいものだな鞘に入らぬ、ハハ。
仙太 一ツ橋様が大津から海津へお向いになったというのは本当ですかねえ?
水木 知らぬ。……誰から聞いた?
仙太 なあに、人足の釜次郎が昨日味噌を買いに峠を越えて加瀬ヵ越し近くまで行った戻りに大垣からやって来た馬子から聞いたっていいますがね。また聞きのまた聞きだからどうかと思って。
水木 そうだ、お前の手の、寄場の者等十人余りは何処にいるのか? 何をしている?
仙太 何か用かね?
水木 ウム、急ぐ用がある。
仙太 なんだ、そんなことか。それならば、わざわざこんなところへ呼ばなくともいいに。いえそれがね、あの連中何処へ行ったんだか、この二、三日まるきり見えねえ。実は私も少し気になることがあるんで捜しているんだが……人に聞いてもわからねえし。東浦寄りの溜りにもいねえそうだ。
水木 気になる? 気になるとは何だ?
仙太 なに、それは此方のこと。
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(間。――水木は矢張刀身を拭うような手つきをしながら、気づかれぬように横身のままジリジリ仙太郎の方へ寄って行っている)
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水木 ……つかぬことをいうようだが、仙太郎、これからどうなると思う? 全軍はどうしたらよいと思う?
仙太 私等なんぞに、そんな、わかりゃしねえ。無理だ。しかし同じない命ならば、このままここで雪ん中でのたれ死にするよりは、前へ出て――。
水木 同じ無い命? しかとさようか?
仙太 ご冗談でしょう、へへ、いまさらそれを――。
水木 よし、では! (ツツツと仙太郎の方へ寄って行く)
仙太 な、なんですい? (と訳のわからないままに、左手の方へ身をよける。トタンにヒョイと振返ってすぐうしろが崖縁なのに気づいて)おっと、危ねえ! 先生、何をなさるんだ! (水木を見詰める)
水木 (気勢をくじかれて、苦笑しながら四、五歩退いて)なに、フン!
加多 水木さん! ……(間)……あなたは暫くはずして下さい。拙者に任かせて貰いたい。いや断じて! 加多源次郎、男児です。知っています! わかっています! しばらく……。
水木 そうか、然らば……(怒ったようなふうに右手に去る)
仙太 おかしな人だ。(見送っている……間)ありゃどうした人ですかねえ?
加多 神勢館で砲学をやっていた人で、あれでも小筒にかけてはまず名人。そんなことよりも、(句調がスッカリ変って親しい)仙太、こっちを向け、どうも傷が病《や》んで大儀だ。全く久しぶりだなあ。
仙太 傷が病むのは、よくねえ。あんたあ、ズッと御殿山の方に居たんだって? 俺あ初め館山で、後になって反射炉の方へ廻されてね。
加多 そうだとなあ。反射炉は初手から最後まで先鋒だったからなあ、骨が折れたろう?
仙太 それはいいが、相手が柳沢村から部田野、関戸と廻りこんで峰の山一帯を占領しちまってからは、閉口でしたぜ。なんしろ、反射炉から峰の山かけて、あのボヤボヤと草木の繁った谷間《たにあい》だ。それに因果と、夕陽で味方がギラギラとまぶしい最中に、その夕陽を背負った敵の方から、バンバン大砲を打ち込むんだ。あの辺一帯バタバタと、面白いといっちゃ何だが、味方あ散々だったて。
加多 甚伍左がたおれたのは?
仙太 あれは、反射炉の方から町の方へ入るダラダラ坂で、こんだ御殿山の北側へかかるというとっつきに、御社がある。たしか、八幡さんかだ、あの後に水溜りみてえな池がありやしょう、あすこだ。いよいよ反射炉の方が持ちきれねえとあって、引上げだってんで、池のはたまで来かかると、水を飲もうとしたままでしょう、水っぷちでうつ伏せになってガックリしている血みどろの男をヒョイと見ると、それが親方だ。斬られているし、それに弾傷が身体中にまるで蜂の巣だ。もう口も利けねえ。「仙太郎か、お妙を頼む」って、それだけいうと、ゴットリ。俺あ!
加多 そうか……。(永い間)……それで、綺麗な人だったように憶えている。……お妙さんは、どうしている? 知れぬか?
仙太 筑波門前町下で女郎になった。……まだ館山にいる時分、段六が人に頼んで知らせて来た。
加多 女郎に? なぜにまた、そのような……?
仙太 ……養ってやらねば行方《ゆきかた》のねえ子が十人からいる。……俺も実あ、女郎と聞いて、いくら何でも程があると怒って見たが……、考えて見ると、あの人は、それ位やりかねねえ。それにいまどき、若い女の身そらで、二十と三十とまとまった金を掴むにゃ、ほかに手はねえ……。
加多 そうか。……それにしても……。ウーム。(気を変えて、無理に少し笑って)仙太郎、お前あの娘に惚れていたろう?
仙太 なんだって、加多さん? ……馬鹿にするのか? (といっても、怒ったのとは違い、手の平で鼻の辺をこすり上げている)
[#ここから3字下げ]
(間)
[#ここで字下げ終わり]
加多 ……(急にマジメになって)仙太、お前、ここから帰らぬか、国へ?
仙太 (暫く相手の意味がわからず見詰めていてから)……な、なんだって、加多さん?
加多 ここを引払って常陸へ帰れといっている。
仙太 しかし、これだけの人数をオイソレと……。
加多 いや、お前一人のことだよ。
仙太 俺一人で帰れと※[#感嘆符疑問符、1−8−78] そ、それは何のことだ?
加多 ……最早全軍の運命も大概知れている。あと十日か半月――。
仙太 ハハハ、それなら俺もたいてい察していますよ。死なば諸共だ。一蓮托生、うらみっこなし――。
加多 それを助けたいのだ。――それに都合も悪い。
仙太 都合が悪いと?
加多 武田先生、藤田氏以下先輩諸氏を少くとも十人余は――生き延ばしておかねばならぬ。たとえ、その余の人間は全部死んでも。――いやこのままで行けば全部が全部一人残らず死罪あるいは斬罪をまぬがれまい。つまり、――士分以下の者までもかたらった挙兵だと見られては一揆または単なる暴徒と見られても仕方がなくなる訳。そのために――。(言いにくくていいよどんでしまう)――(間)
仙太 だから帰れと――?
加多 つまりが、そうだ。……仙太、加多源次郎、今こそ恥じ入る。……何とでも思ってくれ。だが拙者とても十日後
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