をフッツリ止める)……天下を俺一人で背負っているといった顔だ。ふん、あたしあキツイきらいさ。……おやおや糸も切れたそうな。(三味線を放り出す)滝ちゃん、泣くんじゃないよ。その小父さんは気がふれているんだから。(滝三の傍に行って顔を覗き込んだりして、あやす)……お士なんていうものの気は知れない。……と言いたいが、それは昔のこと、あの手合いにゃ自分自分の功名や手柄だけしかありはしない。そうじゃないか、仙さん。……あたしも江戸にいる間は、訳もわからないくせにいい気になって、勤王芸者だなんていわれちゃ江戸っ子から憎がられて得意になったもんだ。フン、芸者だって? そうかと思うと講武所芸者がいるわな。みんな身過ぎ世過ぎの方便でなきゃあ見え[#「え」に傍点]さ。一皮ぬげばみんなオレガだ。中でも士がオレガの骨頂。だからすぐに内輪喧嘩。他人のエサを横取りしたいのだ。お前さんは、吉村さんをなに[#「なに」に傍点]し、この家の親父さんをやったけれど、それだとてやっぱり……。
仙太 お蔦、それをまた……。(続けて言おうとするが止してしまって、ゴロリと仰向けて寝転んでしまう)
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
お蔦 ここでいわれては困るというのかえ。お嬢さんは段六さんと子供衆と一緒に田の草取りだ、聞いちゃいないから安心おし。……ふん、面白くもありゃしない。
仙太 ……面白くなけりゃ江戸へ帰りな。
お蔦 すぐ、そうだ。そりゃ、あたしゃお前から、ついて来いともいわれないのに、デレリとしてこんな常陸くんだりまでついて来た。うるさいことだろうよ。……お前さんはお妙さんてえ人に惚れているのだ。
仙太 ……。(寝ている手がビクリとして、何か言うかと思うと黙っている)
お蔦 ……お妙さんもお前に惚れている。……昨日今日のことじゃない。……段六っあんがそういったよ。いわれなくたって私にゃ初手からチャンとわかっていらあ。……こういうと私がお妙さんを怨んで妬いているように取れるかも知れないが、そうじゃない。お嬢さんは生娘でオボコのあんな可愛い人だ、大方ご自分がお前さんに心《しん》から惚れているということに自分でも気がつかずにいるだろうよ。あの人を見ていると、もったいないような、いじらしいような気がして、私まで惚れちまいそうだ。……因果だねえ。
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(仙太返事なし。……間)
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お蔦 ……お前が江戸で人を斬るなり、ドンドンここへやって来た心持も、私にゃよくわかるような気がするもの。……お前はそうしてもう半月、石ころみたいに黙っている。私あ……(フッと口をつぐんでしまって、間。……お蔦は泣いている)
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(永い間)
(ムックリ起きなおった仙太郎、立って板の間を歩き草履で土間に降りて、出て行きかける)
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お蔦 どこへ行くんだえ、仙さん?
仙太 ……ウム、人足寄場の人が後を追うて五、六人で来て、そこで待っているそうだ。あってくる。
お蔦 ことわるのかえ、天狗へ連れて行くのはご免だと……? それとも……?
仙太 さあ……。
お蔦 これは? (と、仙太の刀を炉の側から押し出す)
仙太 いらねえ。……(戸の外へ消える)
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(短い間)
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お蔦 ……へん、ひとの腹の中がわからないといえるもんか。どうしてあの人にこんなところへノコノコついてきたのやら、私あ自分で自分の気が知れない。……(気を換えて)滝坊、こわかったかえ?
滝三 うん。
お蔦 お前も仕合せの悪い子なそうな。母ちゃんは、滝坊の?
滝三 あっちだて。
お蔦 仙さんはお前のお父っあんの仇だと。お父っあん、どうしたえ?
滝三 父ちゃん、あっちだ。
お蔦 なにもわからない。……田んぼの方へ行って見ようか。皆が草を取っているよ。(立上って土間の方へ行きかける。そこへ外――奥――から戻って来る二、三人の足音。段六の声で「さ、しつかりなせえよ、嬢様、家に着いたで、しっかり」と聞こえて、お蔦がびっくりして見ていると、どうしたのか真青な顔をして目をつぶってグッタリしているお妙を段六が肩に負わんばかりにして、それをまた、養われている子の中で年かさな男の子が一人、お妙の右手の杖になって助けながら戸口から入ってくる。三人ともいままで、水田の中で働いていた身なり[#「なり」に傍点]で手や足は濡れている。甲斐々々しく出で立ったお妙は着物が腰の辺まで濡れている。田の中で倒れでもしたらしい)
段六 (お妙の身体を上り端にソッとおろして)さ、しっかりすっだよ、嬢さん、うちだ。こうれ!
お蔦 どうしたの、段さん?
段六 ああによ、タンボでつんのめってね。いわねえことじゃねえ、このウン気に朝からだ。早くあがんなせというても剛情張ったから。水だ。
お蔦 あいよ(土間に降りて竈の側のカメから茶椀に水を汲んできてお妙に呑ませる)お妙さんどう、しっかりしなさいよ。
お妙 ……ありがとう。ああ。
段六 (お妙の襟をくつろげてやったりして介抱しながら)ジッとしていりゃ、じきよくなっだ。身体のキツクねえ仁が夏場無理ばすっと、よく起すだよ。源坊、脚絆ば脱がして、さすってあげろえ。(男の子はいわれた通りにする)ああ、やっと口のはた[#「はた」に傍点]に血の色が出て来たわ。やれやれ、大概《ていげい》びっくらさせましたぞ、嬢さん。
お妙 ……すみません、段さん。もういいの、源ちゃん。ありがとうよ。
投六 あがって一時《いっとき》寝るがええ。これに懲りるがええですぞ、少しは。全体が無法すぎるて。
お妙 ……へえ。ザッとでいいのすて、ありがとう。(これはタライに水をうつして来て足を洗ってくれているお蔦に)……いいえ、あの一枚だけは、あんたがあんなに苦労して手に入れた苗代だし、……第一、あれがうまく出来てくれないと、秋には、子供達がまた痩せてしまう。……だもんだで……。
段六 それがいけねえ。お前さま一人の手があってもなくても、どいだけ違いますや? 俺とそれに、あいだけ小僧どもがいるに。
お妙 それだとて、子供達はまだ草もいくらも取れはしないものを。
段六 ああに、あれで結構取れてがすて。たとえ満足に行かなくとも、そこい行きゃお稲なんどというものあ正直なもんだて。小僧どもが大事にして可愛がってやっただけはチャンと出来てくれる。性の知れねえのは人間の心だけだ。……仙太公はどうしたね、お蔦さん?
お蔦 さっき、どっかへ出て行ったっけ。……さあ、お妙さん、あたしにつかまって。
段六 少しハキハキするがいいだ。前はあんな男ではなかったて。何がどう……。(いいつづけようとしているところへ、遠方で響く二、三発の銃声と、遥かに遠く三、四人の人が叫んで走る声)おお、また、天狗が水戸へ逃げて行かあ! 今朝っから逃げる、追いかける、ワラワラ/\と、全体あにがどうしたというだい。
お妙 段さん、早く田んぼへ行って! 子供達が危い! 子供達が危いで!
段六 そいじゃ行きやすからな、寝るですぞ。
お蔦 嬢さんは私が引受けたから。
段六 頼んますぞ。ほんに、きちげどもめ! 滝坊も一緒に行くか、よし。(二人の男の子を連れて急ぎ足に戸口から出て行く)
お蔦 さ、お妙さん、奥へ行って休みましょうね。
お妙 あい。いいえ、それ程のことではありません。クラクラとして田の中に手を突いただけなのです。
お蔦 それでも、寝ていないと段さんが怒りますよ。
お妙 ありがとう。……ホンに、段さんは、よくしてくれます。
お蔦 あんな人もいるし。……仙さんのような人もいる。……あなたのお父っあんのような気の強い人もいる。……あれ、髪がそれじゃ、休む前にチョイとまとめてあげましょう。(お妙の髪に手をかける)どれ、いい髪だねえ。
お妙 すみません。……お蔦さん、あのう、天狗の話何か聞きませんかえ? 何でもこれから皆で横浜の方へ攻め込んで異人打払いの一番がけをやるとか……?
お蔦 さあねえ。……仙さんは何もそんな話はしないし。そりゃ噂だけでしょう、だって四、五日前から天狗は水戸の方へ走って行くばかりだというじゃありませんか。
お妙 宍戸の松平の殿様が水戸様の御|目代《もくだい》で湊の方へお乗出しだといいます。それに加勢に行くのかしら。……あのう、仙太郎さんは、どこへ?
お蔦 上郷村とかの寄場の人達があの人を慕ってすぐそこへ来ているそうで、それに会いに。何でも是非天狗に入れてくれというんでしょう。あ、そう首を曲げると髪がつれます。……いいえ、心配しなくとも、いいんですよ、仙さんはそれをことわりに、たしか、行ったのです。
お妙 仙太郎さんは、なぜ天狗と一緒に行かないのでしょう?
お蔦 なぜ? ……そりゃあ。……ああお妙さんの肌はいくら陽に焼けても白い。……天狗がどうの諸生がどうのってこと、うっちゃっとけばいい。あんな、士同士の内輪喧嘩、私達しもじもに何のかかわりがある訳じゃなし。
お妙 ……いいえ、それは違います。
お蔦 違う? ……ええ、それはどうでもいい。あたしのいいたいのは、嬢さん、あなたまさか仙太郎さんを死なせにやりたいと思ってはいないでしょうね? ……こんな、身上を持ちくずした芸者づれの私風情が、あなたにこんなこといえば変だけど。失礼だけど、あなたのことが実の妹のような気がするものだからね。……男に惚れたということは、男に惚れたということです。惚れたなんぞとゲスなこというようですが、女はこうと思った男を取逃がせば、その先はどうなるかわかりません。自分が初手にこうと思った正直な心持を大切にしなくてはなりません[#「自分が初手にこうと思った正直な心持を大切にしなくてはなりません」に傍点]。女には生涯は一度しかありませんよ。ああの、こうのとそれをひねくったり、こじらせたりすれば、後で罰があたります。仙さんにしたって……(言いよどんで黙ってしまう)さあ出来ました。
お妙 ……(泣けてくる)……すみません。
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(間)
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お蔦 ……(つとめて笑おうとしながら)さあ、奥へ行きましょう。蒲団を敷いて来ますからね。……私は、明日あたり江戸へ立とうと思っています。
お妙 ……まあ、どうして?
お蔦 どうして? フフッ、(お妙の顎を掴んで頬ずりのようなことをしてからツイと奥の方へ歩き出しながら)ホ、ホ、御朱引き外も外すぎる、こんな田舎で芸者もできないじゃありませんか。
お妙 あのう、お蔦さん、よっぽど前からおたずねしようと思っていました、……芸者になればお金がたんと取れますかえ?
お蔦 お金? どうしてまたそんな?
お妙 ……私になれたら、なろうと存じます。いえ、……もう内にはお金がまるでないのです。拵えるあてもありません。あれだけの子供達がもうじき食べ物も着る物もなくなります。そのうちにお江戸にたずねて行くかも知れませんから、どうぞお世話して下さいな。
お蔦 まあ、それで! いけません。第一、何か芸が出来ますかえ?
お妙 あい、お琴を少し習いました。それから仕舞いを少しばかり。
お蔦 琴と仕舞ですって! ホホホ、駄目々々。全体、芸者になろうなどと、悪い了見。金がなければ仙さんに相談なさい。仙さんにいつまでもここにいてお貰いなさい。仙さんは……。(フィと奥の間に去る)
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(取残されたお妙は炉端に坐ったまま、ジッと前を見詰めたまま考えている。――永い間――遥か遠くにかすかな銃声と、さらに遠雷のように響く砲声一、二。……)
(戸口からフラリと入ってくる仙太郎)
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仙太 ……おお戻っていたのか、お妙さん。……どうしなすった? 顔色が悪い。
お妙 仙太郎さん、その寄場の人達というのはどうなさったのすえ?
仙太 あんたも知っているのか。……ことわった。しかし、……帰ろうとは、どうしてもしねえ。
お妙 ……では、あなたは筑波勢の方へ行くのは、すっかりやめてしまったのかえ?
仙太 ……。(あがりもしないで土間に突立ってい
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