ッショイ、ワッショイの掛声。それらが賑かさを通り越してヤケクソ気味の急調子である。
やがて揚幕の奥でワッワッと罵り叫ぶ七、八人の人声がして、その中からひときわ高くわめきながら一人で花道へ飛出して来る呼売りの男。気早やに白地大型ゆかた、片肌脱ぎ、尻はしょり、向う鉢巻。腰に結びつけた数個の大型馬鈴が動くにつれてジャジャジャンとやかましく鳴る。瓦版の束を小わきに抱えている。手を振り腰を振り、和法を踏みでもするように、足は走っている足であるが同じところを何度も踏むので、前へは少しづつしか進まぬ。
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呼売 アラ、ラ、リャリャリャリャ。買った、買った、買った、そら買った! (観客を市民に見立て、叫ぶ)いま出たばかりの三州屋早刷り瓦版! (チョッと足のあがきを小さくして立停ったふうになり)版でおこした墨がまだ乾き上っていねえというしろものだ! 一枚三文、二枚で五文! ところは常陸の国、空っ風でお馴染みの筑波の山は天狗党の一揆が大変じゃ大変じゃ! これぞ、早耳早学問、いまできたてのホヤホヤという瓦版が一枚三文とは安過ぎる! さ、買った、残りは僅か五十枚、売り切れてから買うんだったと出ベソを噛んでも追付かねえぜ! 三州屋の瓦版、これを知らなきゃ江戸っ児末代までの恥だっ! (また走り出す)リャリャリャ、さあ買った、買った、買った! 天狗だ、天狗だ、天狗だっ! 水戸の天狗があばれ出したっ! いよいよ御若年寄田沼玄蕃様の殿様が天狗征伐にお乗り出しだ! (手ぶり身振り)そう[#「そう」に傍点]もそも、水戸の天狗と言ッ[#「言ッ」に傍点]ぱ、天狗なり! 眼はランランとして鼻高く、色あくまで赤く、八面六|臂《ぴ》、声破れ鐘の如くウォーッと、アハハ、いや全くだ。これを打つ手の総大将田沼様のご手勢かれこれ三万余人、そのあらましを申さんに、まず先手《さきて》には切先手組、御徒組さては大砲組、小筒組、御持組、大御番には両御番と来た。小十人組、別手、御目付。御使番、御小人目付、御作事奉行、御勘定方、御顔役、御右筆、その他諸勢、甲冑に身をしめて小手|臑当《すねあて》、陣羽織、野山を埋め、えいえいどっと押出せば、勇ましかりける次第なり。頃はいつなんめり元治元年は夏の頃、まずこの辺で張り扇が欲しいとこだ。相手の逆徒、天狗もさるもの、敵の陣立て見てあれば、総大将は水戸町奉行田丸稲之右門直諒をはじめとして文武諸館、神勢館の水戸藩土、浪人、あぶれ者、野士、百姓、町人、ならず者、都合その勢四千人、……オッと喋っちまっちゃ商売にゃならねえ。さ、買った買った、一枚三文! (いつの間にか止めていた足でまた駆け出す)天狗一揆がスッカリわかって三文たあ、安いもんだ! さあ買った。ケチケチするねえ江戸っ児だ。買ったっ! よし、じゃこれだけはご愛嬌に薩摩の守だ。それ! (と瓦版の二、三十枚を掴んで、観客席へ向ってパッと雲のように投げる)それつらつら古今の治乱を考うに、だ、治まる時は乱に入り、乱極まれば治に入るとかや、一乱一静は寒暑の去来するが如く、天のなすところにして人力のおよぶべきに非ず、チャンと本文に書いてあらあ。家衰えて孝子現われ、国乱れて忠臣現わるたあ、広小路の古今堂の先生のいい草だ。昇平打続くこと二百六十有余年四民鼓腹して太平を唱う折、馬関と浦賀に黒船が来てさ、さあ事だ。てんであわて出した、開港通商、尊王攘夷、ケンケンゴーゴー、へん尊王攘夷が笑わせやがらあ! とはいうもののこう世間がせちがらくなって民百姓が食えなくなりゃ、何とか世直しせざあなるめい、てんで、それ、表看板が尊王攘夷、と来りゃ、天狗もまんざらでもねえという訳。只の天狗と天狗が違うと筑波で尻《けつ》をまくったのが、今年の三月は二十七日だ! 上を恐れず、暴威を振い、民家に放火し、宝蔵を奪う。とチャンとこれに書いてある。四月四日筑波を出て日光に飛んだ、天狗にゃ翼がある。早えや、次が下野太平山、あんまり太平でもねえ。そこで公方様が腹を立てなすって宇都宮以下常野十二藩に出兵を命ずと来たが、何しろ相手は命がけだ、埒が明かねえ。そのうちに水戸様不取締りとあって五月二十八日、幕命を以て天狗方の御家老武田伊賀守隠居謹慎、六月一日、同じく岡田国老をも隠居させ、諸生組の頭棟朝比奈、市川、佐藤を執権に据えは据えたが、天狗は筑波でやっぱりあばれる。追討軍が常陸国は高道祖《たかさえ》で天狗を破ったのが先月は七日、ところが天狗もさるもの、忽ち盛り返して掛けた夜討が丁の目と出て追討軍散々の目で逃げて帰るが江戸表、田沼様お乗出しと相成ったり。その間に水戸様では内輪もめだ。諸生組の御家老連またぞうろう首を斬られて水戸へ下って、お世つぎをトッコに取って水戸城籠城と来た、これを抑えにお乗り出しが宍戸の殿様松平頼徳侯、水戸様お目代《もくだい》として進発あり。田沼様の公方がた本月三日には古河にご着陣、足利学校にご在陣、高の知れたる天狗党、シャニムニ踏み破り、蹴散らさんと思うても、そうは問屋がおろさねえ。(花道七三で興に乗って唄って踊り出す。三味線、鳴物よろしく)
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田沼の達磨(棚の達磨さんの節で)
あまり戦争したさに、
田沼玄蕃さんをチョイと出し、
腹巻させたり、また、こわがらしたり。
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アッハハハ、ま、そいった次第さ。おっと、調子に乗つてこんなところを岡っ引にでも見つかろうもんなら打首もんだ。さても、戦《いくさ》の有様見てあれば、だ。利あらずと見て逃げるは天狗、追うは田沼勢、府中は小川のあたり、ドンドンパチパチ大砲《おおづつ》小筒、鳴るは蜂の頭、引くは天狗の鼻、さあてこの次第如何相成りまするか、ただいま、ホコダ塚において合戦真最中! 天狗が水戸へ逃げるか、田沼が江戸へ逃げるか。さあ、評判じゃ評判じゃ! いま出来たての三州屋は早耳瓦版、事の次第はみんなでている! 一枚が三文、二枚で五文だ、おまけに長州勢に取りつめられた京都のことまでみんなわかる! さあ、買ったり買ったり! オヤオヤ、誰も買わねえのかい? 呆れた貧的ぞろいだなあ。ふん、(幕のフチに手をかけ、眼をむいて声色)いずれを見ても貧乏育ち、菅秀才の……ハッ、ハックショイ、あったら口に風を引かしたわえ。アリャ、リャ、リャ、リャ、買った買った……。(叫びつつ、馬鈴を鳴らしながら幕尻に走って入る)
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(その音が消えると、すぐに内と下座で鳴りだす常盤津の三味線。シンミリと。それが暫く続いて幕開く)
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[#地付き](幕)
[#改段]
8 植木村お妙の家の中
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第四場に同じく植木村お妙の家の中。
夏の夕方の、差し込んでくる夕焼の光の中に黙っている四人――お蔦と仙太と今井(前出)と子供の滝三。
お蔦は板敷のフットライト寄りの敷居近く、つまり観客席に一番近く、観客の方を向いて片膝立てに坐って三味線の爪弾きしている。仙太郎はイロリの右側に坐って、ガツクリ首を垂れている。今井は右側の上り端に腰をかけ、いかにも敗走して行く兵らしく泥や汗や血に汚れきった小具足姿のまま、時々仙太郎の背中やお蔦の方をジロリジロリ睨むように見ながら、前に据えられた釜から椀に粥をよそっては菜も添えずにガツガツ食っている。子供の滝三はイロリの左側、仙太と向い合ったところにチョコナンとして坐らされてマジマジしているが、この異様な空気に泣きべそをかきそうにしている。――永い無言。
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常盤津節、巽八景(お蔦、爪弾きで唄う。場合により唄は下座にしてもよし)
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※[#歌記号、1−3−28]大江戸とならぬ昔の武蔵野の、尾花や招き寄せたりし、張りと意きじの深川や、(この辺までは幕の開くまでに済んで)縁《えに》しも永き永代の、帰帆はいきな送り舟その爪弾きの糸による、情に身さえ入相の、後朝《きぬぎぬ》ならぬ山鐘も、ごんとつくだの辻占に、燃ゆるほむらの篝火や……」
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今井 (粥を呑み込みながら)それでは、どうあっても、行かぬというのだな、仙太?
仙太 ……。(聞こえたか聞こえぬのか返事も、身じろぎもせぬ)
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※[#歌記号、1−3−28]せめて恨みて玉章《たまづさ》と、薄墨に書く雁の文字、女子の念も通し矢の、届いていまは張り弱く、いつか二人が仲の町に、しつぽりぬるる夜の雨……」
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仙太 (ひとり言のように)……とうどう、それじゃ、長五郎も抜刀隊にやられたか。……長五郎が。
今井 真壁の仙太郎の命を貰いに来た、俺あ上州無宿のくらやみの長五郎と、チャンと名乗って突っかかって来たのだから相違はない。いつもなら、そうはいっても、無宿者の一人や二人、いくら気は立っていても斬りはすまい。が、何しろ小川以来の難戦苦戦だ、大砲《おおづつ》小筒で追い打ちをかけられている最中だ、そこへからんで来たので、うるさくなって、やったらしい。死んだか生きたか、見とどけた者はいないのよ。……いやこんなこと幾度いっても、何になるか? それよりも湊へ行くかどうか、仙太郎?
仙太 くでえ、俺あ行かぬ。
今井 どうせ負け戦だと見切りをつけたのか? ……裏切者だ!
仙太 何とでもいうがいい。
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※[#歌記号、1−3−28]堅い石場の約束に、話は積る雪の肌、とけて嬉しき胸の雲、吹払うたる晴嵐は、しん新地じゃないかいな……」
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今井 同志の誓いよりは女の方が大事か。お前がこんなところに来てもう半月の余もブラブラしているのが何のためか誰のためか、しかも、そんな女まで引張って来ている、――大概わかっている。ふん、しょせんは糞土の牆《しょう》だろう。無頼は無頼だ。(……何といわれても仙太返事をせぬ。今井は呆れ果てたといった様子で仙太の背を睨んでいたが、あきらめて、粥も食い終つたし、椀をカラリと放り出して、出かける身仕度をする。手早く腹帯を締直し、血の脂で少しギチギチする大刀を抜いてあらため、土間に片膝ついて草鞋の紐を結び直しながら)……そんな女、僕がやってもよい。が、しかし、まことは、女がいるからではなくして、貴様の心に隙ができたから女ができたのだ。斬るべきものは、女ではなくして、貴様の根性だ。……これでよし、さあ、行くかな。
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※[#歌記号、1−3−28]洲崎の浦の波越さじと、誓いしことも有明の……」
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仙太 滝三。……滝三。
滝三 ……あい。
仙太 刀を持ったことがあるか? ……刀を抜いたことがあるか? うん、どうだ? ほれ、こりゃ小父さんの刀だよ。切れるぞ。(自分の刀を滝三に握らせる)
滝三 ……。(オドオドしていまにもワッとしぐれそうである)
仙太 ハハハ、斬ろうと思うな、斬ろうと思えば狂う、突き刺すんだと思え。それ、(スラリと刀を抜かせて持たせる)……いいか、人を斬るにゃ、……父《ちゃん》の仇を斬るならば、こうして斬るのだ。……さ、小父さんの方を向いて突いて来い。突いて来い。
滝三 ……ワァーン。(こらえきれずに泣き出す)
今井 ……馬鹿! だが仙太、まだおそくはない。加多先輩などは殿軍にまわって、まだ筑波だ。湊へ来い。笠間へは廻るな。道は山を突っ切れ。……そうだ、利あらずして逃げる。しかしながら湊への道は、天下へ通ずる道だぞ。忘れるな。必ず後から来いよ。いいな? 造作《ぞうさ》にあつかって腹ごしらえもできた。田沼の兵を斬りながら行くのだ。来いよ、仙太郎! さらばだ。……(戸口の方へ)一剣、天下を行く……(ドシドシ歩いて戸外へ消える)
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(まだクスンクスン泣いている滝三。知らぬ顔をして三味を弾くお蔦。下を向いてそれを聞いている仙太郎……)
※[#歌記号、1−3−28]誓いしことも有明の、月の桂の男気は、定めかねたる秋の空
だまされたさの真実に、見下ろされたる櫓下」
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お蔦 (三味線と唄
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