ろうとはしなさらねえ。俺あ方々でこうして随分人も斬ったし、……どんなことでもやった。どんなことでもねえ。へい。……いまの話だっても、無理に行かねえとはいっていねえ。しかし、それというのも、少しでもいいから民百姓によく響けと思えばこそのことだ。
加多 そのことを我々が忘れていると申すのか?
仙太 いえ、そうはいわねえ。いわねえが、この調子で内輪喧嘩ばかりで日を暮しておれば、先に行ってどうか知らねえが、あんた方のおつもりが下々に響く頃が来れば、かんじんの百姓は一人残らず消えて無くなっていやしねえかと思うんです。
加多 (ひどく静かに)よろしい、お前のいうことはよく解った。では聞くが、仙太、お前は最初ここに来た際に、本隊の志の存するところ、われわれの大義の根本に充分理解がいって参加したのだな? それを承知の上で生命を投げ出すという誓約の上で参加したな?
仙太 へい。
加多 それから、一旦加盟した上からは、上長の命令に背いた場合、隊士としての面目を汚した場合、斬られて死んでも不都合無いと……?
仙太 (加多の静かなのは、いまにもズバッと抜刀して斬りつける前ぶれであることを知っているので、ジリジリ後へ退りながら)斬って下すっても、ようござんす。
加多 フフフ、斬ってもよいが、俺は斬らぬ……。もう一つ訊ねるが、ここに命を投げ出して投じたのなら、俺達のすることを黙って信じて、今日の使命に出かけるわけには行かぬかな?
仙太 ……へい……。
加多 どうだ? ……本組の隊士は何びとと雖も、本組の大義について、また本組の行動について、勝手な臆測、論判、上下するを許さぬ。これは承知か?
仙太 へい……。
加多 要は尊攘の大|旆《はい》の下に、世情一新のための急先鋒となれば足りる。……(突然裂くようにはげしい声をあげて)事の成る、成らぬをソロバンで、はじいた上で、かかることが行われると思うかっ! たわけっ!
仙太 (殆ど威圧されて)……へいっ!
加多 (短い間。……再び静かな句調)……どうだ、仙太? それでも行けぬとあれば、仕方が無い、お前、山を下って脱走しろ。とめはせぬ。
水木 いや、それはいかん。軍律に依って、こんな……。
加多 今日限り山を下れ。
仙太 ……加多さん、行きやしょう。
加多 江戸へか?
仙太 へい。
水木 そうか! よし、行ってくれ。しかし、手加減をすると承知せんぞ!
仙太 斬ると言ったら斬ります。しかし加多さん、俺あその、甚伍左の親方あ、ご免ですぜ。
加多 それはならぬ! 恩は恩、義は義だ。
仙太 恩のことじゃねえ、親方がそんなことをなさる筈はねえ、何か行き違いができているんだ。
加多 どちらにしろ、井上君の命令通りにやれ。お為《ため》派の策士等と薩州あたりの牒者をスッカリ斬ってしまわぬうちは、ここへは帰ってくるな!
井上 じゃ、急いで行こう。仕度は?
仙太 これでいい。じゃこれはいただいときます。
水木 無くなれば、そう言ってよこせよ。しかし、なるだけ、それの無くならぬ間に、手早くやれ。
仙太 では、加多さん……。(すでに先に立って歩き始めている井上の後に従って、花道へ。立止って懐から位牌を出してチョッと見ていた後、それをポイと後に捨てて歩き出す。が直ぐ何と思ったのか、スタスタ引返して位牌を拾って再び懐中にして……)
井上 どうしたんだ?
仙太 いえ何でもねえ。急ぎやしょう。(二人揚幕へ消える。それを見送っている加多と水木)
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(間)
[#ここで字下げ終わり]
水木 あれにやれるかな?
加多 え? ああ、それなら大丈夫。拙者はよく知っていますが、剣を取ってあれだけの押しがきくのはチョッとない。
水木 私にもそれはわかるが、だが、気に障りがある場合、十のものが五つも働けないもんだからなあ。要は、山を負うて戦うか、水を前にして戦うかにある。妙なことを言っていたが、危っかしい。直ぐ後からかい[#「かい」に傍点]添え併せて目付けのため、シッカリした者をもう一人やろう。
加多 そう。やられるのは結構ですが、目付けとは、彼のために可哀そうですな。妙な男で本当に殺気立って来る前には、いつでも、あんな風なことをいいます。果して来ると言った言葉を信じてやって下さってもよろしい男です。しかし……。
水木 しかし?
加多 いや…… あれの抱いている疑いにも一応の理がありはしないかと考えているのです。
水木 何を馬鹿な! いま更、薩賊会奸づれの……。
加多 いや、それだけの話なんですが。……(遠くで起る砲銃声。銃丸が飛んで来てバチバチと物に当った音)……万々が一、あれが仕損じて幕吏または書生組に捕えられでもした場合は、水木さん?
水木 なあに、たかが博徒だ。隊士に非ずということで押し切れる。まさか違っても、手を廻して斬捨ててしまえば口は利けぬ、かい添え兼目付に後を追わせようというのもそれもあるからだ。ハハハ、無頼一匹、うまく斬っても、斬られてもだ、よしんば捕えられても後腐れはないからなあ。特にあれを頼んだのも、それがあるからだ。さ、行こう! (ドンドン山上への道へ去る)
加多 だがそれは。……(遠くの喊声と身近く音を立てる銃丸の中に腕組みをしたまま考えながら井上と仙太の去った方を見送って立ちつくしている)
[#地付き](幕)
[#改段]

6 江戸薩摩ッ原の別寮

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 元治元年六月。夜。
 薩摩屋敷からあまり遠くない別寮。薩藩士鷲尾八郎が多少の縁辺をたよって持主の大質屋から借りて、控えのため秘密な会合等に当てている座敷である。
 十畳ばかりのガランとした室。濡縁。庭がそれを取囲んでいる。寮の左側の部分は植込み。その前を廻って左手へ行き少し奥まって見える板塀。それに厳重なくぐり戸。板塀は二重になっていてやや高い奥(外側)の塀には竹の忍び返しがついている。その外が通りになっているらしい。室内に立てられた明るい蝋燭の光の中に対座している井上(前出)、長州の兵藤(前出)、水戸浪士吉村軍之進、それに少し下って縁側近く利根の甚伍左。
 井上と兵藤がかなり前から激論していて、もういうべきことはいい尽した末、なおもいいつのろうとして口調も態度も殺気立っている。吉村はニヤニヤしながらそれを横から見ている。甚伍左は無言で時々腰を浮かしたりしてハラハラしている。
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井上 ……いま更、いま更、子供をだますようなことを言われなっ! 水戸が如何に時世に不敏なりとは申せ、まった、拙者不学といえども、それくらいのことはとくに存じおる。去年貴藩において外国軍艦を砲撃されたことも、薩州の英艦撃退のことも知っておる! それは振りかかった火の粉を払ったまでの話。
兵藤 なにっ! 振りかかった火の粉を払ったまでの話だ? とそれを正気でいうのか、貴公?
井上 よしんば、それだけの志あってのこととしても、今日においては薩長会津三藩のみでなく拙藩を初め土《と》州、因州その他大義に志を抱く藩は多数これあり! これらが小異を捨てて大同につき連合してことに当れば、とはすでに五年も六年もの前から小児でさえ考えなかった者は無いのだ! それをいま更尊公の口から、さかしら立てて聞かして貰うのは、余りと言えば白々し過ぎると言うのだ! それは、命旦夕に迫った病人、それも薬という薬を試みても甲斐のなかった重病人に、いま更になって飴をなめさせて治せと申すのと同様! 人を馬鹿に扱うのはよい加減にされっ!
兵藤 馬鹿に扱ったと? 拙者が尊公をか?
井上 そうではないか! 拙者をとは限らぬ、水戸全藩を……。
兵藤 (おっかぶせて)救えぬ! うん、これでは救えぬ。ひねくれよったのだ。以前からそうであった。それが、庚申桜田のこと以来特に甚だしくなった。薩藩から見捨てられるのも道理だ。
井上 ひねくれたとっ?
兵藤 そうだ! 他に何といいようがある?
井上 (ジリジリして)ウー。よし、それはよい、ひねくれたとして置いてもよい。然しながら、庚申のことは拙者等、父祖先輩諸氏の義慨に発したことだ! ことの是非善悪に非ず、それをとやかく批議されるにおいては拙者としては黙許出来がたいことはご承知であろう。どうだ立たれるか! (畳の上に置いた大刀を掴んでいる)
甚伍 井上さん、まあ、ま……。
兵藤 それだ、すぐそれだ。庚申のこと以来と申しただけで、批議するといっても他に拙者が何を申した? ひねくれでなくて何だ? むしろ拙者一個としては、あれについては関先生以下の諸氏に感謝している。それとこれとは別だ。なるほど水戸の人間は鋭い。しかし鋭過ぎる。いつも行き過ぎるのだ。よろしい、立てといわれれば立たぬでもない。だがお互い命を捨てるのはいつでも捨てられる。ま、聞かれえ! なるほど諸藩連合のことについては、いまとなっては、いつどこでいってもいま更めくことは拙者も知らぬではない。全国諸藩の事情がかくの如く複雑に入り組んで来ては、連合の望みも殆どないというのも、一応の見方だ。しかしだ、よいか! そのようなときだからこそ、いまこのことを声を高くしていわねばならぬのだ! わかるか? 大道は複雑高遠のところにあるのではなく、却って単純な見易いところにあるのだ! 事柄の中に巻き込まれている者には、その事柄の繁忙の中に取りまぎれて、それが見えなくなってしまう。最初の大義を忘れがちだ。これが子供だましのように思える。殊に即今諸藩のやり口を見ていれば、漸く天下のことを没却して、各々自藩の利益々々と立廻るか、何事をするにもまず「わ[#「わ」に傍点]が藩が」「おれ[#「おれ」に傍点]の藩が」というところがありはしないか? 失敬かも知れんが、敢えて申せば、貴藩の去年から今年来のやり口、引いては単独での数回の打払い願い上書の如き、それだ! 如何!
井上 なにっ! そ、それでは貴藩はどうだ?
兵藤 拙藩にもそれがないとはいわぬ。いくらかあろう。しかしながら大局より見て、長州は貴藩ほど功をあせってはおらぬ。ま、下におられい。聞くだけは聞いてからでもおそくはない。なぜ、拙者がかかることが言えるかと申せば、出身が長州とは申しながら、拙者のいたしていること、いっていることは一国一藩の休戚のことでないと自ら信じているからだ。
井上 フン、フフ……。
兵藤 な、何をあざ笑われるのだ!
井上 おかしければ笑う!
兵藤 おかしいとは何がおかしい? 無礼……。
吉村 兵藤氏、君までか? ハハ、まあよいて。
甚伍 全く。もう、論の方はそれくらいになすって……。
兵藤 いや、ハッキリさせておかねばならぬこともある! 貴公、何がおかしいのだ?
井上 調法なものよ、口というものは! 何とでもいえる。フフ。
兵藤 それでは、拙者が腹にもないことをいっているというのか? それを聞こう。何がどうなのか聞きたい。いわぬか?
井上 そうか、それが聞きたいか。それなればいおう。いい抜けは無用だぞ、よいか貴藩のやり口が正々堂々の道を踏んでいるものなれば、第一に拙藩有志において常野《じょうや》の間に事を挙ぐれば貴藩においても相呼応して事を挙げ幕軍をして前後両難に陥らせようとの約、および第二にいよいよとなれば軍資武器その他のことは貴藩において考慮手配しようとの口約、これはどうなったのだ?
兵藤 そ、そ、それをまたいうか! 先程も……。(いいつづけるが、無駄と知り呆れたような顔をしてフームと唸っている)
井上 何度でも申すぞ! これについて明瞭な返答をしてから、いくらでも小綺麗なことを申されよ。大義とやらの話もその後で聞く。
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(間。――井上と兵藤、マジマジと睨み合っている)
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吉村 (甚伍左に)おい、酒はもうないか?
甚伍 へえ、何しろ無人《ぶじん》で。
吉村 表の児玉を呼んで買いにやるか?
甚伍 それでは外廻りの警固が手薄になります。
吉村 そうビクビクせずともよいということよ。
甚伍 しかし、何しろ……。
兵藤 (不意に青い顔になり)貴公は天狗組の隊士か?
井上 ……そうだと申したら、何と
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