公。ハハハハよく来た。
段六 俺あ、此処までくるんで、おとろしくって、おとろしくって!
仙太 お前がこんなところにノコノコくるのからして酔興だぞ。どうだ、お妙さん達者かえ?
段六 お前、戦に出かけるのではねえのか? あれについて行かなくてもええか?
仙太 うん、いや、俺あこれから、呼ばれているんでお山へ行くんだ。
段六 そんでも、その刀……。ひっこめてくんな、仙太公。
仙太 これか、そうか。よしよし、(抜身を鞘に納める)
段六 そっちの奴は、それはあんだい?
仙太 これか、これは砥石よ。
段六 砥石だと? 砥石を何にすっだい?
仙太 刀を磨ぐのよ。刀あすぐに斬れなくなっからな、磨いじゃ斬り磨いじゃ斬りするのよ。
投六 人をかえ? ……ウーン。
仙太 お妙さん、子供達、丈夫でいるのか?
段六 (初めてわれに返ったように)……ウム。何がむごいというたとて、仙太公、お前ほどむごい男はいねえぞよ。こうしてやって来た俺を掴まえて、しょっぱなにいうことが。お妙さま丈夫か? いくら、お前、嬢さまに惚れているからというても、そいつは、むげえというもんだぞ! 俺だとて、お妙さんのこと、優しい綺麗ないじらしい嬢さまだとは思うている、思うていればこそ、お前のことづけた金を持ってってやって以来、ズーッと植木にいて面倒見て来たがそんでも、俺あ惚れているのとは違うぞ! 見損っては貰うめえ。いくら何でも――。
仙太 アハハ、俺が悪かった。じゃ、どういえばいいのだ、段六公?
段六 どうもこうもねえ、お前こんねえに物騒なところにいるのは止めて、真壁へでも植木へでも帰るべえ。戦争なんぞ、してえ人に任せておけばよいのだ。
仙太 そいつはできねえ相談だ。
段六 できねえと? フン。……おお、いいや、帰るも帰ることだが、早く逃げろ、逃げてくれろ。いまに長五郎とやらのバクチ打ちが、命を取りにやってくるぞ。
仙太 長五郎が? くらやみがかえ?
段六 シラを切ろうとしても駄目の皮だ。俺にことづけたあの時の金は、バクチ場を荒して取った金だろうが? さ、どうだ! いいや、いいや、俺あもう知っているのだ。そのときに、お前、滝次郎てえ親分ば斬ったろう? その滝次郎の息子を負うて、仇討ちをするんじゃと言うて、その長五郎という恐ろしい奴がお妙さんの内へ来よったのだ。
仙太 フーム。……そうか。
段六 お前という男は、何とまあ因果な男だ。いいや、俺が腹を立てたのは、そんなことではねえ。お妙さんのことだけを聞いて、その前に兄きのことはなぜ問わねえのだ? 仙エムどんのこと、お前忘れたのか?
仙太 おお、それじゃ兄きの行方がわかったのか※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
段六 それ見ろ、馬鹿にしくさって※[#感嘆符疑問符、1−8−78] 行方がわかったわ。仙エムどんはな……。いや、ま、これを見ろえ! (懐中から位牌を出して地におく)野郎、眼のくり玉ば、ようく据えて見ろよ。
仙太 こいつは白木の位牌だが文久三年十二月廿五日、去年の暮か。すると……まさか……?
段六 そりゃ表だ。まだ戒名もつけてねえ。裏を見ろえ、裏を!
仙太 (位牌を裏返して見て)お! それじゃ……!
段六 (鼻をクスンクスン言わせて)お前が、こんなロクでもねえ戦なんどに夢中になっている間に、仙エムどんは、そんねえにならした。(その間仙太郎は位牌を見詰めて立ったまま目まいでもするらしいようすで呆然と黙っている)……仙エムどんのように腹の中の綺麗であった人もねえが、また仙エムどんのように仕合せの悪かった仁も珍しい。あれは本当のお百姓であったて。俺あ太鼓判を押していうが、あれが本当のお百姓であったて。俺あ泣いても泣ききれねえぞ。
仙太 (やっとわれに返って泣く)……兄きよ。どこで? 段六公、どこで、どうして? お前のところでか?
段六 俺とこの畳の上で病気で死なしゃったのならば、こんねえにいいはせぬ。人に斬られて死なしゃったのだ。
仙太 お、人に斬られて※[#感嘆符疑問符、1−8−78] だ、誰だ、斬ったのは?
段六 それがわかるものか。しかし人の噂では何でも(四辺をキョロキョロ見廻して)ここの天狗の者が斬ったというぞ。
仙太 う、嘘をつけ! 証拠があるか?
段六 証拠はねえ。去年の暮、そうだて、あれはお前が金を持って俺とこへやって来て、お妙さまに持ってってやるように頼んで行った次の次の日だ、結城様の軍夫が沢山斬られて死んでると聞いて、もしやと思って行って見たら、その中に仙エムどんがいた。ここからこう、たったの一太刀で割りつけてあったあ。うん……。あんでも、仙エムどんは方々をウロウロして暮している間に、結城の藩士につかまってしまい、無理やりに雑役に使われていたらしい。その時の兵糧米の俵ば担がされていたのを、ブチ斬られて米は天狗に取られてしもうたそうな。
仙太 ……どこだ、そ、それは?
段六 佐分利の方の縄手だ。
仙太 あんだとっ! 佐分利の繩手! さ、さ、佐分……!
段六 あによ、そ、そんな恐ろしい顔すったい? ああに、下手人はわかりっこねえ。あんでも生残った人の話に、その晩はひでえ闇夜で、また、其奴等というのがひでえ切り手で、その仁なんども、直ぐ後を歩いていた者がバッサリやられるまで知らなかったそうな。後の方から一人々々追い打ちに斬られていても、どういうもんか、声もあげはせなんだということじゃ。……どうしたえ仙太公? おい?
仙太 (いきなり段六の胸倉を取って)去年の師走二十五日、闇の晩、佐分利の繩手で追い打ち! 嘘うこけ、段六!
段六 こ、こ、こ、苦しい、あによすっだい、これ! 嘘でねえ、嘘をついても何になるだ?
仙太 ……(段六から手を離して、ユラユラしながら暫く自分の前を見詰めて立っていたが、足が身体を支えきれなくなって、アムと低い唸声を出したまま前にのめり、うつ伏せに地に転がる)
段六 こ、これ! どうしたのじゃ、仙太公! これっ! 出しぬけに、まあ……仙太よっ!
[#ここから3字下げ]
(丁度そこへ門内奥、山上より急ぎ足に話しながら出てくる前出の仲間姿の井上と加多源次郎、それに隊士の水木の三人)
[#ここで字下げ終わり]
水木 こない所を見ると、一緒に進発したのか、仙太は?
加多 そんな筈はない、山上にくるように早田にいっといたのですから。
水木 (段六と仙太郎を認めて)おお、何だ? こらっ、貴様、何だ?
段六 (仙太を助け起しかけながら)ひえっ! へい!
加多 ああここにいるか、仙太郎。
水木 何だと言っているのだ! 言わんか! (刀の束に手をかける)
段六 (這うようにしてわきへ飛び退いて)あんでもねえ、へ、へい! ひゃ、百姓で仙太の朋輩で。これっ、しつかりせえよ、仙太公。これっ!
加多 仙太郎は、よろしい。早く帰れ!
水木 怪しい奴だ。帰らんかっ!
段六 (相手がいまにも斬りつけそうなので、転げるようにして左手へ走りながら、すでに身を起しているが茫然としている仙太郎の方へ首だけ振向けて)な、仙太よ、その長五とやらが来ぬうちに早く逃げてくれよ! 殺される! 罪ば作るなっ! いいや、早く真壁なりと植木へなりと百姓をしに帰って来い! こんな、こんな……。
水木 まだいるかっ! (抜刀)
段六 (びっくりして、走り出して花道へ。七三で振返って)こんなところにいねえで、早く帰って来いよ、仙太! (言い放って井上が追って来そうな気配を見せるので一散に揚幕へ消える)
井上 いいのですか、逃がして? やって来ましょうか?
水木 ウム。怪しい男だ。
加多 いや、待たれ。大事ない。それよりも……おい仙太郎。何をボンヤリしているのだ?
水木 こら、しつかりせえ! 呼んだのに何故来ない?
仙太 ……兄きを斬ったのはこの俺だ。
水木 どうしたと? 何をいうか、馬鹿。
加多 仙太。(仙太の肩を掴む)
仙太 (眼が醒めたようになり)へい、こりゃ加多さんに、水木先生。
水木 いまの男は、確かにお前の友人か?
仙太 段六……。(見廻して)ああ、もう行ったのか。さようで、へい。(また、二つ三つ泣き声がこみ上げて来る)
井上 大丈夫ですか、この男で? 何だか少し……。
加多 いや、それは拙者が保証する。こんなふうになるよ。京都で土州の士で飯田という、これがその方にかけては名人といえる奴で、十日に一度は斬って居らぬと眠られぬと称していたが、よく知っていたが、その男が時々おかしくなるのだ。それが無いと斬れぬ。いって見れば、それで初めて本式な凄味がついてくるとでもいうか。……仙太郎、これからすぐ江戸へ行くのだ!
水木 重大な使命であるによって、その積りで! 万事、井上君に聞けばわかる。少し荷が勝つかも知れぬが、遊隊第一人のお前だ。どうかしっかりやってくれよ。
仙太 また、やるのか? ……へい。
加多 為終せれば殊勲だぞ。その当の吉村軍之進といったな、井上? たしか、小野派一刀流切り紙以上、なお、甲源流に少しいた、それに小太刀をよくするそうだ。朝比奈などの蔭にかくれて懐刀などといわれている小策士らしい、如何にもな、小太刀とは。どっちにしろ、そこら辺の藩兵づれとは違う。あなどるとおくれを取るぞ! よいか仙太。
水木 事は迫っている。早いところを頼む。それに、利根の甚伍左、吉村と一緒におるか、おらなくとも、場合により斬ってよい。いや、あんな奴は斬ってしまったがよい! なお、長州の兵藤もともにおるかも知れんが、これもやれればやって大事ない。万事、井上と相談してやれ。半分でも成功すれば、その日より、お前も士分以上の扱いは、約束して置く。なお、当座のかかりに、これを。(金包みを出す)
井上 打合せは途中でよい。急ごう!
仙太 加多さん……俺あおことわりしてえ。
加多 なに! 何んと申す?
仙太 誰かほかの人をやっていただきてえ。
水木 こら! 命令に背くか、貴様! なんでだ? 理由を言え! 理由をいわんか!
仙太 ……へい。
[#ここから3字下げ]
(短い間、三人が仙太郎を見詰めている)
[#ここで字下げ終わり]
井上 チェッ、急ぐのだ! グズグズしている間に、奴等が、また京都にでも行ってしまって見ろ。よろしい、拙者一人で何とか……。
加多 待たれ。失敬なことをいうようだが、君一人では歯が立つまい。まして相手は二人三人になるかも知れぬ。仙太、いま更になってどうしたのだ?
仙太 ……お願えだ、ほかの人を。
加多 思い違いをしてはいけないぞ、これはわれわれが独断で命ずるのではない、田丸先生以下諸先生の最初からの計画にあったことだ。いま本隊不在中に知らせがあったため、実行に移るまでの話。思い違いをすな。
水木 貴様、臆病風に吹かれたな。軍律を忘れたか! 斬って捨てるぞ!
仙太 そうじゃござんせん、そうじゃねえ。……が、臆病風に吹かれたとして置いて下すってもいい。加多さん、俺、少し考えてえことがあるから。
加多 いって見ろというのだ、それを。聞こう、筋の通った話ならば、われわれも考えて見よう、無駄にはすまい。
仙太 いいえ、筋の通ったなんぞと、そんな訳のもんじゃねえ。ただねえ、ここの挙兵以来、ズーッとやって来たこと、こんなことばかりしていてよいと、お前さん方、思っていなさるかねえ? こないだからたずねようたずねようと思っていたが折が無かった。……俺あもともとこんな百姓上りのバクチ打ちで、皆さん方の理屈はロクスッポわかりゃしねえ、けど、五分の魂があればその五分だけのもので考えるんだ。ま、待ってくだせえ水木先生、いえね、俺だとてこんなふうなことてえもんが、将棋を差すんじゃあるめえし、これがこうなればこうなると、そう思った通り右から左に運べるもんだとは、まさか思ってやしねえ。しかし、あり様《よう》いってしまえば、こねえだからお前さん方のしていることは何から何まで、書生派がどうの江戸藩邸の実権を誰が握ったのと、水戸の藩内の内輪喧嘩だけじゃありませんかねえ? 待った、ま、待って! 口が過ぎたらあやまる! 早い話が、あんた方あ、あをのいてばかりいなさる。百姓やなんぞを見てや
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