の結果、いよいよ武田先生|下野《げや》、尚、吉村は江戸薩摩屋敷などにも出入している。何を始めるかわからぬ。天下の兵を向うに廻すことになるやも知れぬ。緊褌一番のときだぞ! 悪いことに、利根の甚伍左なあ、あれがどんな考えからか知らんが、吉村などの手を経て薩摩の奴等と往来している事実がある。どうしてあれを生かしておくのか、うん、勿論俺が斬ってやろうと一再ならず思ったが、独断専行を禁じられている、一応復命にきたのだ。詳しくはまた後で。通るぞ! (走り抜けようとして男一二を認めて)此奴等は?
歩哨 呼出しで出頭した物持で。
仲間 いまごろにか? (隊士一に)なぜ斬らん? 斬れ斬れ、こんなもの! 後刻! (といい放って門をくぐり奥へ走り去る)
隊一 フーム。武田先生|下野《げや》か。吉村と甚伍左……。
隊二 それじゃ江戸に居たんだなあ……。
男一 ど、どうぞ命だけはお助けを!
隊一 ああ、まだいたのか! 早く行けっ!
男二 あの、それでは※[#疑問符感嘆符、1−8−77] ど、どうも、ありがとうござ……(とペコペコしながら二人は花道の方へ行きかける)
隊二 馬鹿っ! 違うわ、そっちへ誰が行けといった! 山上へ行けというのだ。(男二人のそっ首を掴んで引戻し、門の方へ突きやる。歩哨に)早く! (歩哨心得て、二人を引立てて門をくぐり、こづき廻しながら山上への路へ消える)
隊一 元々あれは、田丸先生の内命を受けて使いに出た者ではないのかなあ? それが吉村や薩賊と往来するなどとは怪しからん。全体田丸先生などいまでも甚伍左を信頼していられるのか?
隊二 さあ、俺はよく知らぬ。……一寸待て。(と右手屯所の方へ去る)
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(遠くで微かに銃声。揚幕の方より仙太郎小走りに出る。身なりは前といくらも変っていないが、素袷すそ取りの胸に黒漆の胴をつけ、草鞋ばきの素足に一個所繃帯し、他にも一二ヵ所血のにじんでいる薄手を負うている。すでに所々に転戦して生き延びて来た男の面魂である。明るいノンキな表情をしている。分捕ってでもきたらしい五六本の大刀――中の二三本は鞘がなくて抜身のまま――を無造作に荒縄で束にくくった奴を肩にかつぎ、自分の刀は腰に閂《かんぬき》に差し、それだけはよいが、どういうものか木綿のしごきで真中をキュッとしばった砥石を、肩から背中の方へ下げている)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 (柵を見て)おお来た。いやにどうも持ち勝手のよくねえ代物だ。(七三に止り、刀の束を肩からおろして、左手で横なぐりに額の汗を拭きながら見渡し桜を目にとめて)やれやれ盛りだ。ここらあたりは山家ゆえ、紅葉のあるのに雪が降る、か。(冗談に声色じみて)はて、うららかな……。
隊一 おお仙太郎ではないか!
仙太 おっと、どっこいしょ。(と刀の束を再びかつぎ上げて本舞台へ)どうなさいました?
隊一 君の方こそどうした? 戦況はどうだ?
仙太 よくねえ。私あそれで使いによこされたんだ。相手はいくらヘロヘロ藩兵や軍夫の、命だけが惜しい奴等だとはいっても、先方にゃ大砲から小砲《こづつ》チャンとそろっていて、ゴー薬は使え放題ときているんですからね。十発に一発づつ当ったとしても、ドスよりゃ割がいいや、あんたの前だけど、これからの戦は一式大砲や小砲になるねえ、俺が保証しといていいや。
隊一 また、ノンキなこといっている。それで?
仙太 一度は城下へ入りかけたけど、いまいった通りバタバタ打ちやがるもんだから、また、小貝川の此方、ホンのそこいらまで味方あ引いて来ましたよ。なあに此方にゃ死んだ者あ、あんまりねえ。こないだあたりから見りゃ戦争ゴッコみてえなもんさ。しかし、本隊が留守だと見て取って、もしかすると追い討ちと来るかも知れねえから、やっぱり皆に出かけて貰わねえじゃなるめえ。その使いで来たんだ。皆さん、屯所ですね? (右手へ行きかける)
隊一 そうだ。それは愉快、腕が鳴っていたところだ。その担いでいる刀はどうした、仙太郎?
仙太 これかね? こりゃ分捕って来た。まだロクな刀を持たねえ連中に分けてやろう。
隊一 何処から持って来たのだ?
仙太 まさかドスが畑から生えてはいねえ。斬って取って来ました。
隊一 フーム、それだけ全部か! いつものことだが、やるなあ、貴様!
仙太 向うが弱過ぎるんだ。それを殺そうてんじゃねえ、チョイチョイとやったばかりで、ドス投出して逃げて行くんでね。
隊一 ハハハハ、ときに、一|刻《とき》ばかり前に貴公を訪ねて来た上郷村人足寄場の者だといった変な男にはあったか? いないといったら結城の方へ追掛けて行ったが?
仙太 あわねえ。どうしたんで? 寄場だと?
隊一 うむ。真壁の仙太郎さんのお名前をお慕い申してやって来たといっていた。貴公えらい人気だぞ。何でも寄場あたりでも、今度のわれわれの挙に加わりたい志を持った者が何十人かいるそうだ。あばれ者並びだからイザとなりゃ役に立とう。真壁の仙太郎親方に口添えをしていただいて軍夫でも雑役でもよいから加えていただきたいといったからな、拙者がいってやった、それなれば仙太郎に頼むまでもない、天狗党は天下無辜の者の味方だ、ドシドシやって来い、それで……。
仙太 待った、あんたも余計なことをいったものだ。……天下無辜の者の味方だなんぞと、いつも相変らずの大|束《ざっぱ》をきめ込みなさるが、段々見ているてえと俺にあ、そうとばかりは見えねえがねえ。こいつは真面目な話だけれど、どうだろう? 天下の事天下の事と口ではいっても近頃の皆さんのなされ方あ、水戸城内がどうしたの、江戸の藩邸がこうしたのと、まるきり藩の内々の内輪喧嘩ばかりに身を入れていなさるように思えるが? 第一、勘定に入れていた長州も因州も別に軍を始めはしねえというじゃありませんか? 天下の事とばかりで好い気持になっているときじゃあるめえと思うんだが。……怒っちゃいけねえ、俺達げす[#「げす」に傍点]の考えることなんだから。
隊一 そうか、ふん。……気に喰わなければ脱走して行け。貴公、命が惜しくなったのだ。
仙太 俺が? 冗談いっちゃいけねえ。それくらいなら初めっから来やしねえ。どう間違ったってこんなヤクザの体一匹投げ出しあ、それで済まあね。俺のいっているのは、沢山の人様のことだ。フラフラッと人気にくっついて此方へ来る連中は、またフラフラッと向うへ行っちまう連中だ。あんた方あ、天下何とかで民百姓貧乏人のことばかりに肩を入れて考えて下すっているのあ、ありがてえ。がだ、俺達の頼りにするのは貧乏人だけど、また、これで、何が頼りにならねえといっても貧乏人ほど頼りにならねえことも考えとかなきゃならねえというまでさ。
隊一 だが寄場人足がわれわれの味方で無くて、他にどんな味方があるか?
仙太 だからさ……。(いい続けようとするが止めて)とにかく俺にあいに来た者に、俺が会わねえ先に余計な油を掛けるのは止していただきてえ。
隊一 ふん。……挙兵以来、戦功抜群というのを鼻にかけて増長するなよ。百姓上りの無頼の徒が、士に向って何という口を利くか!
仙太 何だって? それをまた……。ま、いいや。チョイと急ぐから、まあごめんねえ。(右手へ去る)
隊二 百姓め、推参な! (ブリブリして歩き廻る)
声 (揚幕より)おーい! (叫びながら一目散に走り出してくる使者。小具足で身を固め、左手に手槍を持ちっている。ドンドン走って本舞台へ)
隊一 待てっ! 誰だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (怒りの余憤でよくも見ないで抜打ちにしそうな姿勢をとる)
使者 本隊よりの使いの者だ、邪魔すなっ!
隊一 おお尊公か! どうだ本隊は!
使者 おお! いや話にならん、手に立つものが無さ過ぎるぞ! 日光より宇都宮へ出て、あれより下って、目下、下野|太平山《おおひらやま》だ! 田丸先生以下大元気だ! 通るぞっ! (いい放って門をくぐり山上への道を駆け去って行く)
隊一 そうか、下野太平山か! やれやれっ! (使者とすぐそこですれ違ったらしい前出の早田が門内の道をトットと走って出て来る)おお早田! また水戸へか! 本隊は太平山だぞ!
早田 ウム、忙しくなって来た。知っている。進発かな、いよいよ。真壁の仙太郎いるか?
隊一 うむ、屯所だ。どうして?
早田 山上ですぐ来るようにと呼んでいられる。僕は急ぐから、君、そう言ってくれ!
隊一 承知した! しかし早田、その君、僕というのは止さんか、耳ざわりでならん。仙太に何の用事だ、あれはどうも……。
早田 おいおい、旧弊なことをいうのは止めろ。僕は急ぐから、では頼んだぞ! (小走りに花道へ。隊一はそれをチョッと睨んでいた後で、舌打ちをしてクルリと振返り、右手屯所の方へ去る。花道の揚幕から尻の方から先に後向きになって出て来る段六。此処へくるまでに何度もおびやかされたらしく麓の方を見込んでは顫えながら。本舞台から走って来た早田、それに突当りそうになって踏止り、相手の後向きの姿にビックリして見上げ見下ろす。段六あっちこっちをおびえた顔で見廻しながら、後退りに歩いて七三。早田呆れて見ながら、これも後退り。遠くで大砲の音。ギックリして、やにわに前へ向き返り駆け出しそうにして段六、早田を認め、二度ビックリして、ガタガタとへいつくばってしまう)
早田 何だ、貴様?
段六 あ、あ、怪しい者ではござりません。真壁の、真壁の百姓でござりまする。どうぞお助けを! へい!
早田 フフフ、誰が斬ると申した? ここへなにしに来たか? 天狗隊へ入るために来たのではないようだが? 顫えていないで早くいえ、忙しいのだ!
段六 へい、て、て、天狗隊へ入るのなんぞと、そんねえな、あんた様! こちらにいる筈の真壁村の仙太郎と申す男の少し身寄りの者でごぜます。どうか、あわせてやって下せえまし。へ!
早田 なんだ、それならそれと早く言え、尻の方からなんぞ登って来て! 仙太郎ならば、それ、あそこの矢来のズッと右の方に屯所がある、そこにいる。行け! (言い放ち、走って揚幕へ消える)
段六 あれでごぜえますか、さようで。ありがとう存じまする。いいえ、麓の方からここまで出会う人ごとに四度も五度も刀を抜いたりしておどかされまして、そいで、あんた……。ああ行んでしもうた。やれやれ、ありがてえ。やっと仙太公にあえる! (本舞台へ、ビクビクしながら歩いて行き、柵門の辺まで行きウロウロしていたが思い切って右奥の方へ向けてビクビクもので小腰を屈めながら)へい、お願え申しまするお願えいたします。あのう、真壁村の仙(……そんなところから屯所まで聞こえる道理がない。返事の代りに屯所の方で十四五人の声で「オウ」と叫声がして、後、シーンとする。誰か二、三人の人間が何か命令している声。中に隊二の声で「遊隊の残りおよび一番隊は、三十八名は裏山より別手として太平山へ直行! 遊隊十五名は麓において味方に合し、結城へ。よいかっ! 進発!」という声がハッキリと聞き取れる。同時に隊士二を先頭にして遊隊の十四、五名が一列に並んで右手より急ぎ足に出て来る。中に三、四の軽輩らしい士が混っているだけで殆ど全部が百姓と町人出の者ばかり。前出の遊隊一も二もその中にいる。全部、不揃いではあるが甲斐々々しい戦仕度。緊張して皆無言である。段六など無視して花道へ)
段六 あれまあ! フェー! (めんくらって、飛退り呆然と見ている。大部分が通り過ぎてしまってから、その中に、仙太郎がおりはしないかと思い出して、隊士等の顔を覗き込むようにする)あのう、もし! もし! 真壁村の……。
隊二 駆け足! (十五名は小走りに走って順々に揚幕へ消える。十五名の一番最後に少し離れてついて出てくる仙太郎。左手に抜身、右手に砥石を下げて)
仙太 真壁村……?
段六 おっ! ここにいた、仙太公! お前ここにいたのか仙太公!
仙太 おお段六公ではねえか! お前まあ、どうした? いつここに来た。
段六 仙太公! 俺あ、俺あ、あの……(と何から先にいってよいかわからず、泣き出してしまう)
仙太 まあ落着きなよ段六
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