行った隊士が、屯所へ行って、いきなり何か煽動的なことを言ったらしく、右手少し離れたところで多人数がワーッと喊声をあげる)
[#ここで字下げ終わり]
遊一 ……ムッ! いよいよ始まるぞっ!
遊二 ああに、見ろ、十二藩の連合軍が何だっ! 今にぶっくじいてくれら! 絞れば絞るほど出るだなんて俺達百姓のこと、油カスみてえに人間扱えにしなかった士《さむれい》めら、今度こさ、眼に物ば見せてやっから、待って居れっ!(と昂奮して猛烈に大釜の中を掻廻しはじめる)
遊一 (これも無意識に銃身掃除をひどい速力でやり始めながら)おい、そいでも足の辺がガタガタ顫えているぞっ! 汁ば、こぼすな!
遊二 お前だってよ! こりゃ武者顫いだっ!
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(遙か遠くの方でドーンと砲声。続いてパンパンパンと銃声。再び砲声。その銃砲声を聞いてチョッと静かになった屯所が再び騒がしくなりワーッワーッと喊声)
[#ここで字下げ終わり]
遊一 オッ! また、味方が追込まれて来たぞっ!
遊二 くそっ! やれっ! 勝手にしろ、汁なんか拵えて居れるかっ! (と棒を投出して右手へ走りかける。そこへ右手屯所からバラバラと走り出してくる三人の遊隊士。前二人と同じような甲斐々々しい身形をしている。遊二それに突き当りそうになりながら)どうしたですっ! 始まるのか?
遊三 ウム、俺は本陣へ使いだ!(と柵の門をくぐって奥山上への路を駆け去って行く)
遊四 進発らしいぞっ! 出来たか、手入れはっ? (と遊一の方へ駆け寄って、銃を取り上げ覗いて見る)
遊一 おお出来た! (花道の方へ小走りに走りかけた遊五に)おい佐分利さん、どけえ行く?
遊五 僕は、命令で麓へ様子を見に行くんだ! (と走り出す。その間に銃を二三丁抱えこんだ遊四が「早く来い!」といって右手屯所へ去る。いわれて遊一は残りの銃を抱え、遊二は、「やれやれっ! キタコタ、ナイショナイショ」と叫びつつ同様右手へ消える。本舞台空虚。遊五は[#「遊五は」は底本では「遊二は」]黙って走りかけようとするが、草鞋のひも[#「ひも」に傍点]のゆるんだのに気づいて七三に膝をついて締めなおしている。遠くの銃声。小銃の流れ弾が飛んで来て桜の花をバラバラと散らして、柵の青竹にでもあたったのかカチカチッ! と冴えた音を立てる。遊五はオウと言って振返って桜の散っているのを見、草鞋のひもを締め終って、揚幕の方へ駈け出しかける。そこへ揚幕からタタッと走り出してくる男。行商人と飛脚の合の子みたいな装いをして息せき切っている)
遊五 だ、誰だっ! (認めて)おお、あんたは水戸へ行った早田さんじゃありませんかっ! 藩の方はどうでした?
早田 佐分利君か! いやあっちも面白くなって来たぞ、奸党諸生組の朝比奈、佐藤、市川以下が正義党のことをお上《かみ》に讒訴するために江戸本邸に去って以来、水戸は正義党の天下だ。気勢が挙っているぞ。然し、お上《かみ》は例の通り煮え切らないでいるし、奸党には幕府がついている。所詮は幕府の尻押しで正義党を押えにかかるは必条、焦眉に迫っている。すでに時日の問題だ。武田先生、岡田先生以下の諸氏も共に起たれるぞっ! 僕は岡田先生の使いで来たのだっ! 水木、加多、その他の先輩は山上か? 屯所は? 本隊は?
遊五 そうです。それは痛快だ! 三木さんが第一屯所にきていられるが、寄らないでドンドン行ってくれ。本隊のことはよく知らんが、何でも玄勇隊はすでに日光を進出したらしい。じゃ後刻!
早田 そうか。君は、これから?
遊五 結城の方角へ一っ走り、本拠よりの伝令です。いや、抜刀隊と遊隊の一部で焼打ち、軍資狩りに行ったんですが、藩兵が多少出てきて抵抗、相当苦戦らしい。戻りに四五人叩っ斬って来るつもりです!
早田 よし、しっかりやろう、お互いに! ウム! (と二人手を取合いシッカリ握り合って、そのまま遊五は揚幕の方へ、早田は本舞台へ、走り別れる。早田、柵門内へいきなり走り込んで行きかけるが、チョイと立ち停って右奥屯所の方へ向って)水戸、岡田先生よりの使い早田隼人通るぞっ! (それに応じて屯所の方でのガヤガヤ言っている声の中に誰かが「おお早田、ご苦労! 早く通られえ!」と怒鳴る声が聞える。早田は柵門を通って奥への道を一散に走って消える。舞台空虚。……屯所の方では酒でも出されているらしく、笑声、叫声、拍手などの騒がしい音。中に、「剣舞だっ!」「よせよせっ!」「俺が、あやめ踊りをやるぞっ!」「よせ、ドン百姓っ!」「ドン百姓たあ何だっ! 百姓も士もねえぞっ! クソッ、同じように天狗隊の隊士だぞっ!」「ヒヤヒヤ! そこが百姓だっ!」「チェストオウッ!」等の声が聞きとれる。少し酔った声で隊士一が怒鳴る声……「剣舞なんど無粋なもの止せっ! 軍の門出に俺が踊って見せる! 見ろ、あやめ踊り今様っ!」……で踊り出したらしい。
歌声。他に三四人がそれに和す。沢山の手拍子の響。
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――高麗のあたりの瓜作り、(ヨイショッと多数の掛け声)
瓜をば人に取られじと
もる夜あまたになりぬれば(ヨイショッ!)
瓜を枕に眠りけり――
[#ここで字下げ終わり]
歌声とともに興にのって、屯所の方より舞台へ踊り出してくる隊士一――前出――と隊士二。隊士二は小具足の上に白革の陣羽織を着て、刀を抜いてひらめかしながら。隊士一は『尊王』と書いた陣旗を持って、打振りかざしつつ。心地よく昂奮して歌いつつでたらめな乱舞を舞台一杯に。屯所の方より掛け声と手拍子と笑声。
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――大和島根の民草の(ヨイショッ!)
ここに男児と生れなば
花の吹雪の下蔭に(ヨイショッ!)
大君の為われ死なん――
[#ここで字下げ終わり]
(その歌と踊りが、まだ終らぬのに、揚幕の方で怒声)
声 こらっ! 早く歩べえっ! 歩ばんかっ!
隊一 (惰性で踊りながら)おお、何だ? (二人花道の方を見る。揚幕より、うしろから突き転ばされるようにして来る二人の男。後より天狗党の歩哨、これは抜刀している。二人の男は恐怖のために真青になってガタガタ顫え一言も口が利けず、足腰もガクガクしている男。男一は四十年配の豪農の大庄屋らしく、男二は五十過ぎの、平常ならば如何にも剛腹そうな、町方の質・両替・金貸しを業としている男。二人とも天狗党から呼び出しを食って余儀なくやってきた者で、男一は紋付に袴のももだちを取り、白足袋はだし。男二も紋附の羽織袴でこの方はももだちこそ取っていないが、羽織のえもん[#「えもん」に傍点]が乱れ、袴のすそが地に垂れて、そのすそを、時々自分で踏みつけて前に突んのめりそうになる。袴の下から覗いている腿引のつけ紐がほどけてしまって引きずっているのが見える。男二はフロシキに包んだかなり重そうな物を抱えている。勿論二人とも無腰である)
歩哨 ええい、早く歩べというたら! (右手に持った白刃を二人の頬の辺にチラチラさせながら、左手で二人の肩の辺をこづく。二人のめり歩く)
男一 ……お、お、お願い、で、ご、ざりまする!
歩哨 だから早く歩べというのだ。いま頃になってノコノコ来るからにゃ、どんなことになるか覚悟の上だろう。行けっ!
男二 ど、ど、どうぞ、命《いのち》をお召しになることだけ……。
歩哨 それは係りの方の前でお願いして見ろ。もう近い。それ、これが第一屯所だ!
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(いわれて初めて男二人は前を見て、物々しい柵と二人の士を認めて、へへえっ、といったなり、ヨタヨタ、七三の所に坐り込んでしまい柵門の方へ向って土下座)
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歩哨 また、坐り込んでしまう! 手数のかかる奴等だ、立て。こらっ!
隊一 おい、あまり手荒なことはするな。何だ?
歩哨 おお、いえ、四月初めにお呼出しを受けた物持|分限者《ぶげんしゃ》の中で、これまで出頭しなかった者で。沼田まできてウロウロしていたので連れて参りました。さ、歩べ! (と二人を押しやるようにして本舞台へ連れて行く)
隊一 フン、そうか。怪しからん奴等だ。どこの者で何と申す?
男一 ど、どうぞ、お助けなすって。お願い……。
隊二 じゃから、何という者か? どこだ?
男一 か、か、川尻で中山忠蔵と申しまする。
隊一 おお、貴様が川尻の郷士忠蔵か。百姓どもをはたいて大分、ため込んだというなあ。米倉だけで十何戸前だとか。たしか、本隊から玄米百俵だけ徴収、借受けるよう達してあった筈だが、持って来たのか?
男一 はい、百俵なんど、私などのところに、一度に、それ程はございませんで、こ、こんど三十俵だけ馬につけて参じまして麓まで、へい。あとあとは、また、あとあとで、たしかに……。
隊一 よかろう。
男一 へい? そ、それではここで戻りましても……?
隊二 馬鹿、山上へ行くのだ。あまく見るなよ、忠蔵とやら。貴様からはたき抜かれた百姓の子供やなんぞが、この山には大分いるぞ。しかも、いまごろまで呼出しを延引したこともあり、かたがた、そのチョンマゲが、その胴についているものやらいないものやら、保証は出来ぬ。此処ではわからぬ、山へ行けっ!
男一 へええっ!
隊一 (歩哨に)この者は?
歩哨 下妻の物持で戸山それがし――。
隊一 おお、長兵衛という奴だ。そうか貴様が戸山長兵衛か黄金二百両、そうだったな? 帳面を見るまでもない、佐藤先生のいっておられたのを憶えている。持参したのか?
男二 へ、へ、へい、持って参りました。しかし、そ、それが、ああた、二百両と一口に仰せられても、当今、……そんな訳で、五十金だけ、やっと、それもかき集めて参りましたため小判小つぶ取りまぜての……へい。
隊一 言うかっ! (スラリと抜剣。ビックリした男二が訳のわからない叫声をあげて飛下って転げる)当所より呼出されたこの辺一帯の物持分限者は三月以来何十人となく出頭した上にすでに御用をつとめている。それをいままで出頭に及ばず、しかも焼打ちを恐れていまごろになってノコノコ出向いてくるさえあるのに、下妻の戸山ともあろうものが、二百金のものを小粒《こつぶ》を混ぜて五十両とは何事だ! それへ直れっ!
隊二 おい待て。此処でやるといかん。われわれの手落ちになって後で叱られるぞ。まあ待て。
隊一 天狗党の挙兵を何だと思うているかッ! 貴様達如き民百姓の膏血を絞って生きている大小の鬼畜を亡ぼすための挙じゃぞ。第一その因業そうなガン首が肩の上にチャンとしてくっついているのからして気に喰わん! 貴様何でも結城藩水野家の勘定方へも大分用立てているそうではないか! 返事をしろ!
男二 は、は、はい……(歯の根も合わず顫えている)
隊一 ふん、水野の勝任なぞという、ヒョロヒョロ大名なんどは、いまに叩きつぶしてやるからな、何千両貸してあるか知らないが、とれはしないと思え。貸すといえば、たしか百姓や商人に田地や家屋敷抵当で貸してある貸金の証文も持参しろといってあった筈だが持ってきたか?
男二 へ、へい。何で、何でござります。急なことで手が廻りませんで、あり合せのものだけをとり敢えず持参いたしましたが……(懐中より幾束もの書類を取出す)
隊一 出せ! (それを取って、見もしないでべりべり破って竈の火にくべてしまう)ざまを見ろ! (男二それらの書類の燃えて行くのを見てハラハラして思わず走り去ろうとするが隊士を恐れて走り去れず、アッ、アッ、アッと悲鳴をあげる)
隊二 (それを見て思わずふき出しながら)おい、ここで焼いてもよいのか?
隊一 構わん、金だけ持たせてやれば沢山だ。
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(この時、揚幕より走り出してくる仲間姿の男。天狗組より江戸へ牒者として入り込ませてあった士である。無言で走って本舞台へ)
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隊二 (これを認めて)おお井上でないか! また、変った姿で、何処へ行っていた?
仲間 おお、江戸だ。諸先輩山上か?
隊一 どうだ、江戸の形勢は?
仲間 面白くない。(早口に)市川・朝比奈などの走狗、書院番士にいた例の吉村の軍之進なあ、小策士め、彼奴などが中心になって策謀
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