(その間も叩きは続いている)
鳥追 (時々たまらなくなって、三味線を抱えた手で眼を蔽うたりしながらも、恐い物見たさで見下ろしながら)あっ! あれっ! おや、どうしたんだろ?
馬方 気い取失うたのよ。ああして水ぶっかけて正気に戻してからまたやるんだて。
鳥追 まあね、ああまでしなくたって!
段六 さ、行くべ、仙太!
仙太 段六、見てくれろ、……兄貴《あにき》はまだ生きてるか?
段六 そりば言うな! おらだとて見れるもんでねえ。むげえこんだ。……おらもう百姓いやんなった。
仙太 ううっ! ……だとて、だとてよ、百姓やめて何が出来っけ……おら今日と言う今日は、今日と言う今日……そりゃな段六、通りがかりの他所の衆や、町の商人や、ええ衆|等《ら》がこの願書さ名前書いてくれねえのは、まだ仕方ねえ……。見ろい、同じ土地の近くの同じ百姓同士が、これほど頼んでも書いてくれようというもの一人もいねえのは何だ? え、段六公、同じ百姓でいながら、その百姓仲間のためにしたことで兄貴がこんな目にあっているの、目の前に見ていながら、みすみす煮《にえ》湯ば呑まして知らん顔をしているのだぞ! (段六が何か言おうとするの
前へ 次へ
全260ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング