控えの焚火の方からご免ともいわねえでスッと入って来たのが其奴ですよ。裾は下していましたが旅装束のままらしい、末の方にピタッと坐って盆の方を黙って見ています。小作りだがいい男で、向う額にキズ跡がありました。ついぞ見かけねえ奴ですし、あっしもジッと見ていたし、外にも貸元衆でその男を凄い目で見詰めている人が三、四人いました。囲い一つあるじゃなし野天の盆割りだから初手から気が荒いや、そいつが変な身じろぎ一つでもしようもんなら、目の前でナマスにしてやろうという腹でさ。見てると、その男、駒札を買う金でも出すのか右手を懐に突込んで、そいから左手をゴザにこう突いて、「ご繁盛中だが、ごめんなせえ」というんだ。変に沈んだ声でしたよ。「何だっ!」と怒鳴ってドスを掴んで片膝立てた貸元もありました。その男がスーッと立って「今夜の所、場銭、寺銭、この盆は俺が貰った!」と言ってパッと躍り込んだのと一緒でした。それっきりさ。一座がデングリかえる騒ぎになって、さて気がついて見ると場銭、寺箱、見えなくなっている。どう逃げたか野郎も消えている。いや恐ろしく手も足も早い奴でさ。それからこの騒ぎなんですがね。どうも逃げたのが此
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