耐えて、殆ど耐え得べからざるを耐えている五千万蒼生を忘らるるな、欝勃として神州に満つ。倒れるものは斬らずとも倒れる。八万騎と申したのは昔のこと、即ちいま、少しでも骨のある旗本や徳川の役人は多分一万を出でまい。アハハ、無用だ。正に小義憤を断じ去って、病弊の根本処に向って太刀を振うの時だ。そう唸られるな。さ、急ごう!
加多 兵藤氏、私が早まったようだ。行こう! (と立去りかけて、この三人のやりとりを半ば解らないなりに固唾を呑んで見ていた仙太、段六、女房などをチョイと眼に入れ)暫く! よし、書いてとらすぞ。(筆をとり上げて奉書に筆太に何か書く)
仙太 ありがとう存じまする。ありがとう存じ……。
加多 (筆をカラリと置き、ペタリと土に額をつけている仙太の肩を叩いて)一身の重きを悟れよ。義公御遺訓にもこれあり、百姓は国の基《もとい》だ。時機を待て。いいか、時機を待て! さらばだ。(二人足早やに左手奥へ去り行く。一番後れた甚伍左が懐中に手を入れながら仕置場の方を見下していたが、何を見出したのかホーといってジッと眼をこらして見ていた後、振向いて)
甚伍 ……お百姓、ええと確か真壁の仙太さんといいまし
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