……大の男でせえ途方にも暮れようて。まして、あんたはいままでこねえに立派な大家の嬢様、先はどうなるかと思えばお泣きんなるも道理だ。しかし安心なせえ、俺もせっかくこうして仙エムどんの位牌まで抱いてやって来て見れば、嬢様や子供衆の行く先のメドがつくまでは動かねえ積りだから――。
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(不意に奥でワーッと人々の騒声がして塀外の道あたりを、何かに襲われて逃げて行くらしい百姓達の足音。騒音の中に「天狗だ! 天狗っ!」「いや城下の役人だでっ!」「お見廻りだっ!」「天狗が来たっ!」等の叫声だけがハッキリ聞取れる。……それに押しかぶせるように大砲の音)
(口をきくのを止め、それらの音に耳を澄まして顔を見合せて立ち尽す段六とお妙。――間。外の群集は次第に遠くへ逃げ去り、音は消える……)
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段六 ……あああ、恐ろしい世の中だて。おららにゃ、あんのことだか訳もわからねえて。……馬鹿なことよ。殺したり殺されたり大砲を射ったり、ワアワアと、ああんの事だ。
お妙 ……段六さん。
段六 あんです?
お妙 ……あのねえ……あのう……仙太郎さん、……あの人の行方はまだ……?
段六 ……それでがすて。噂も色々あるし……おらも方々捜しちゃいるが(と、どうしたのか余り話したがらず)……ああ閂を差すのが未だだった(と戸の方へ行く)
声 (それと同時に戸の外――奥――で)今晩。ごめんねえ! チョックラここを開けて貰いとうござんす。急ぎの用があるんだ。ごめんなせえ! (戸を外から叩きにかかる。少しビックリした段六がくぐり戸を押えたまま不安そうな眼でお妙を見る。二人、眼で相談をする。戸をドンドン叩きはじめる外の男)
声 お留守ではねえ筈だ。開けて下せえ。おい!
段六 ……お前さん、どなただね?
声 入れてくれりゃわかるんだ。早く開けてくれ![#「開けてくれ!」は底本では「開けれてくれ!」]
段六 オット、乱暴ぶっちゃ、いけねえ、何のご用か知らねえが、もう夜分だで、また明朝にして貰いてえ。
声 な、な、何をいっているんだ。そんな、お前……(いいながらくぐり戸を無理に押開け、段六を押退けて入って来た男、頬被り、素袷、道中差し、すそ取り、足拵え身軽にして、背中に兵児帯でグッタリ死んだように眠っている小さい男の子を十文字に負っている。入って来るなリブッツリ默つてしまって、ズカズカと四、五歩、土間から上りがまちに土足のままの片足をかけて、お妙を見、段六を見、それから家の中をジロジロ見廻している)
段六 (男の背中の子供を認めて)ああ、いけねえ、お前さま、子供さんを預かるのは俺がおことわり申します。いいえ嬢さま、あんた口をきいてはならねえ。一言でも口をきいたが最後、かわいそうになってしもうて、またぞろその子ば引取ってしまうのは、あんたの気性では、わかり切ってるで。口きいちゃなりませんぞ。これ、何という方か知らねえが、ここへくるのはよくよくのことだろうけんど、どうぞまあお断り申します。現在十一人の子供衆だけでも嬢様あ朝夕泣きの涙の絶えたことがねえ、この上に子供衆がふえたらば、嬢様あ、死んでしまいなさるて。それでは、あんまりムゴイというもんだ。ここんところは推量して、つらいこんだらうが、そのお子はそちらで育てて下せえ。さあさ、頼むから何もいわずに引取って貰いてえ。(と男を押戻しにかかる)さあさ、頼みだ。
男 (段六から胸を押されても動かず)おい、真壁の仙太郎を出してくれ!
段六 ふえい! な、な、なんだって! (お妙もエッと言って、二人、驚いて男を見詰めている)
男 驚くことあねえ。真壁の仙太を出せというのだ。
段六 (急には返事もできず、お妙と顔を見合せたり、男をマジマジ見詰めたりした後)……へえ。……お前様、どなたかねえ?
男 どなたもこなたもあるものか。(と頬被りをバラリと取る。くらやみの長五郎である)おい、お妙さん、もう見忘れなすったかね?
お妙 あっ、取手で仙太郎さんと一緒にいなさった、お前様は……。
長五 そうだ、その時の長五郎だ。兄弟分の長五がやっとたずねてきたんだと仙太にそういってくれ。早くしろい!
段六 仙太公はここには居ねえ。が、お前さん、仙太公に会って何の用があるだ?
長五 斬るのだ。
お妙 え、斬る……?
長五 おおよ、ぶった斬るんだ。出せと云ったら早く出せ!
段六 き、斬るの突くのと、お前、そ、そんな、どういう訳で、そんな乱暴――?
長五 訳? フン、訳もヘチマもあるものか。仙太はこの子の親の仇だ。及ばずながら長五郎助太刀で仙太の首を貰いに来た。
段六 お、親の仇だと? そ、そ、それはまたどんな訳合いか知らねえけえど……?
長五 知らねえなら引っこんでおれ。土用の鮒じゃあるめえし、いちいち口をパクパク開いてびっくりしてい
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