……(もう何をいう元気もなくなり、ボンヤリ位牌を見ていた後、こらえ切れなくなって段々シャクリ上げてお咲と一緒になって声を出して泣き出してしまう)……(間)
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(奥、塀外を四、五人の人が二声ばかり叫声を上げてバタバタと走り過ぎる音。――あとシーンとなる)
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男の子の声 ……ア、ア、ア、父ちゃん(といいながら着のみ着のままで納戸に寝かされていた子供達の中の一人、小さい男の子が、眼こそボンヤリ開けているが眠った顔をして、帯をうしろにダラリと垂れたままヒョコヒョコ出てくる。泣きくずおれているお妙を見ないでフラフラ上りばたの方へ)……あによ、すっだい、馬鹿! (と大きな、調子はずれな声)お役人の馬鹿め! うちの父ちゃん、ぶっ叩くの、やだようっ! ぶっ叩くの、やだようっ!
お妙 (びっくりして振返り、立って、追って、男の子の肩を掴む)まあ、吉坊、また、寝ぼけてどけえ行くの[#「どけえ行くの」は底本では「どこえ行くの」]、これ!
吉坊 (お妙をポカンと見上げるが、まだ眼はさめず)父ちゃんけ? ……うん? おら、芋ば食いてえや。芋ば食わしてけれよ。芋……(半分われに帰りかけて、ベソをかいて泣きそうにするが、またボンヤリしてしまう)
お妙 芋? そう、明日になれば芋、食べさせてよ。だから、いまごろ寝呆けては駄目よ、吉坊。さ、早く寝て、明日はまた小父さんの畑の加勢すっだよ。(と吉坊の手を引いて納戸へ連れて行く。声)まあ、みんな何て格好をして寝るのだろう。さ……(やがて出てくる)ホホホ、おかしいねえ咲ちゃ、吉坊が又寝呆けてさ、ホホホ、ねえ、……(と一人ごとをいっている間に、今度はどうにもこうにも辛く悲しくなってしまい、手離しでしゃくり上げる……)
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(戸を叩く音)
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声 嬢様! 嬢様! おらだ、開けて下せえ。嬢様!
お妙 (それがやっと耳に入り、チョッと立って聞いていたのち、誰だということがわかり、イソイソして土間に降りて、くぐり戸の閂をはずす)……段六さん?
段六 へい、馬鹿におそくなってしもうて、これは済みましねえ。(と百姓段六入ってくる。野良姿で、長柄の鍬とオウコを肩にかついでいて、オウコの先には片モッコを釣って、その中にフロシキ包みが二つばかり入っている)ああにね、麦畑の方は小僧どもと一緒に早くおいたですけっど、おら、あれからお咲坊にやる飴ば買いに宿《しゅく》まで一走り行ったで、そんでおそくなった。(言いながらかついでいる物を土間の隅にチャンと置き、モッコから包を取出す)アハハハ、これだ嬢様。
お妙 まあ、それはご苦労でがんした。お疲れさまだ。あの、ここにチャンと湯はわかして置きましたから……。
段六 ああによ、お前様、疲れはしねえ。人はどうだか知んねけえど、私あタンボさえやってれば大してくたびれはしねえし、真壁にいても、世間は戦争だ天狗だとワアワアいって田畑あ作ってもどうなることだなんどと騒いでいる中で、おらだけがタンボやっているで、人あ馬鹿にします。ハハハハ。今日も吉坊や辰公なんどに畑仕事教えながらいうて聞かせてやったでえす、百姓がタンボしねえで誰がすっだ、ってね。ハハハ。いや、ここの子供衆はみんなよくやるて。辰公はじめ四、五人は麦の中すき[#「すき」に傍点]なども、もうチャンと出来る。おらあ見ていて哀れなやら、嬉しいやら、毎日畑じゃ泣いたり笑ったり、埒もねえ話だあ。
お妙 そう! まあねえ! みんなあなたのお蔭で。
段六 ああによ、皆が身寄りもハヨリもねえ身の上で、そいで、嬢様にひでえ苦労ばかけていることを知っていやがるです。そいで一所懸命になる。はあ、来年あたりからは、麦畑の二段や三段、皆の飯米ぐれえのことはチャンと小僧達がやらかしましょうぜ。みんな、もう寝たかね?
お妙 へえ、寝ました。咲ちゃだけが――。
段六 おおそうだ、喋っていて、つい忘れていた。どれどれ、はあまだ悪そうだなあ、ハシカてえもんは子供の厄だてえが、よしよし、そうれ、今日はお前に飴ば買うて来てやったかんな、あんでも名代の子育て飴だていう、これ食って早く元気になれよ、嬢様に苦労ばかけるな、……ああ、まだ、えれえ額が熱いわ。よしよし。……ああれ、嬢様あんた泣いてるな?
お妙 ううん そうじゃないの……。
段六 涙そんねえにこぼしていて、そうじゃねえていう法あんめえ。……無理もねえ、あんたまだ、そんねえに若えし、そんねえにやさしいお人だ。そこんとこへ持ってきて苦労が苦労だ、無理ねえて。
お妙 いえ、咲ちゃが泣くのでつい悲しくなったまで、何でもないの。さあ段六さん、あがって休んで――。
段六 へい、へい。……仙太公からことづかって来た金も、借りの払いやなにかであらかたなくなったし、
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