たが聞こえぬか?
仙太 そこで言って俺が聞こえねえ法はありやせん、しかし馬鹿は承知だ。からかいなすっちゃいけねえ。私あ先を急ぐんで。
加多 物取り強盗、世が真直ぐに歩けると思うか?
仙太 なんだ、そのことか。へへ、真直ぐも曲ったもねえ、どうせこのご時世でさあ。百姓町人に利ける口の持合せはねえときまった。旦那、どうせ初手から横に這おうと腹あすえています。
加多 百姓町人に? うむ。その百姓町人に口が利けたらどうするのだ? 百姓町人が飛出してやれる仕事があったら、貴様はどうするのだ?
仙太 ご冗談を。アハハハハ。お士の天下だ。
加多 ……よし! では、その寺箱から胴巻ぐるみソックリここに置いて行けと言ったら何とする?
仙太 何だと※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
加多 見ろ、何とするのだ?
仙太 ブッタ斬るまでよ! と言いてえが、恩を着たお前さん方だ、もう、あやまるからいい加減にご冗談はおいて下せえ。
加多 真壁の仙太郎!
仙太 何っ!
加多 とか言ったな、お前の眼は五寸先は見えても一尺先は見えないのだ。その金を持って飢えて泣いている百姓の子を何十人、助けに行くとも言った。金打《きんちょう》、嘘だとは思わぬ。したが、飢えて泣いているのは、天下、その何十人だけだと思っているのか? 馬鹿っ!
仙太 アハハ、何を言うかと思やあ、大ザッパな話をしなさる。あたぼうよ、いまどきに朝夕泣いていねえ百姓なんどザラにゃいねえ、百も承知だ。しかし見ても知れよう、こんな業態《ぎょうてい》だ、ならずもんだ、俺あ、ならずもんの腕で出来るだけのことをするだけだ。士《さむらい》は士らしい駄ボラを吹いてそっくり返っていりゃいいんだ。俺あ士は大嫌えだ。五寸先が一寸先だろうと余計なお世話だ。
加多 アハハハ、怒ったな。それがさ、同じキンタマをぶら下げていて、その腕にその度胸、俺とお前がどう違うと言うのだ?
仙太 面白え! (と寺箱を地に下して、加多の方へ寄って来る)おい加多さん。
今井 おお、知っている!
仙太 知っているも何も四年この方、忘れたことあねえのだ。そっちじゃもう忘れていなさるだろうが、四年前の冬、下妻街道を江戸の方から水戸へ向いてお通りなすったことがあるだろう?
加多 ウム……あったかも知れぬ。
仙太 その折、小貝川の河原近くで叩き放しのお仕置きを受けた百姓が三人ありゃしませんでしたかい、その一人の舎弟で仕置場側の街道で願書に名前をいただきてえと泥っぽこりに額をこすりつけていた男、現にお前さんのすそ[#「すそ」に傍点]にすがってお情け深いことをいって貰った……。
加多 そうそう、思い出した。たしか兵藤や甚伍左が一緒であった。そのときの……?
仙太 そうでえす。そのときの百姓仙太郎のなれの果てだ。そのときのこともあれば、今夜の恩もある。俺あご恩は腹にしみているんだ。そしてあのときも、私の出した奉書にあんたは天狗党一同と書いて下すった。去年あたりから小耳に挟んだ噂もある。いざといやあ筑波だそうだって、村の子供だって知っていらあ。そこんところへ持ってきて今夜ここで出会ったあんた方だ。一目見て、こいつは! と思わねえ奴が阿呆だ。大概何をしにきていなさる位察しがつきやす。面と面と突き合わして、何だかだと話がからんでながくなりゃ、これはこう、あれはああと、加多さんじゃござんせんか、仙太郎か、てなことでお互いに山ん中ですれ違った仲では済まされなくならあ。そうなりゃ俺あいいが、あんた方の折角のことに邪魔になるだろうと考えてソソクサ行こうとしたのが有りようだ。ハハハ、どこが違うと言われたって、仕方あ、ありはしねえ、桝一升にゃ一升しきゃ入らねえ、俺あ俺だけの了見で俺のしたいことをするまでだし、あんた方あ、あんた方で天下を取るなり千万人を助けてくれるなりしてくだせえ。まあ、見物していやしょう。俺あ自分の手に合うことがあれば駆け出して行くまでの話だ。へい左様なら。
加多 ……そうか! うむ。仙太郎!
仙太 なんだ……?
加多 長い短いをクダクダとはいわぬ。手に合うことがあれば駆け出して行くというのは、定だな。
仙太 あたりめえだ。
加多 それならば、五月にこの筑波にもう一度登って来い!
仙太 おっと、そこまではいいっこなし。恐れながらと俺が江戸の奉行所へ突走ればどうしなさるのだ?
加多 ハハ、いうな。貴様がイコジになって嫌がらせをいくらいったとて、拙者は聞かぬぞ。考えて見ろ。即今の時勢は士であれ町人であれ百姓であれ、天下に志と意気ある者の合力を命じて居る。一人づつの力と策を一つづつ燃え上らせてその場限りの欝を散じる事ならば、中世の遊侠の徒でさえもやった。また、それが果して何のたし[#「たし」に傍点]になった? どうだ? (仙太郎、黙って返事をせぬ)……個人の力をため、控え、
前へ 次へ
全65ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング