引きしめ、結束すべきだとは思わぬか? 而して時あって起つ! 時あって起つのだ! 一人二人の人間のその場限りの暴挙が何になるのだ? 大ザッパの事をいうとお前はいったが、では、その金で何十人の百姓を助けに行って見ろ、十両あるか百両あるか知らんが、その百両の中九十両までが、やれ借財だ運上だ貢租未納だ、何だかだで、右から左に役人や領主、地主の手に入ってしまうのだぞ。それでも今日はそれでよい、明日が日はまたどうなるのだ? 聞いているか? お前の百両は、それらの百姓の苦しみを明日まで一寸伸ばしにしただけだ。
仙太 ……。
今井 (ヒョイと奥の夜空に目をやって)おお、明るい! (なるほど奥、遠くの夜空がボーッと焼けてきている。夜明けの明りとも違う。もっと赤い)
加多 ……他の国の士のことは知らず、水戸は義公烈公以来、東湖先生以下、農を以て国本とす、志有る士は百姓を忘れて存在しなかった。知っているらしいからいうが、今回のことも、われわれの志が上、上天と下百姓の思うことと血がつながっていなければ、ことは成らぬ。成る筈がないのだ! また、つながっていればこそ、玉造、小川、潮来一円、何百という百姓がわれわれに来り投じたのだ。
仙太 え、百姓が※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
加多 そうだ。その上に常・野・総三国にわたって動こうという博徒無頼、バクチ打ちだな、これが二十人近くはある。これは何の故だ? また、何のためだ? 現にあの甚伍な、あれがその雄なるものだ。
仙太 そ、そ、その、実あ、私がこの金を持って行こうというのは、その甚伍左の旦那の留守宅だ。
加多 見ろ、甚伍左は、他の一切の事を忘れているのだ。家や村を顧みる暇がないのだ。
仙太 旦那あいまどこにいらっしゃるんで?
加多 それは拙者も知らぬ。あるいはどこかの野末か軒下で斬られて死んでいるかも知れぬ。
今井 加多さん、玉造の諸兄は予定通り敢行したらしいですなあ、ご覧なさい!(空の火明りは急速に赤くなり、その反映が三人の顔に赤く映るぐらいになる)
仙太 おお! ありゃ真壁の町だ!
加多 われらと同憂の士が、玉造の百姓とともに打って出て、永らくわれらに耳を貸そうとしない横道の物持ち、米|商人《あきんど》、質屋、支配所、陣屋などを焼くのだ。……綺麗だなあ!
今井 天狗組最初の狼火だ! 日本国を焼き浄めるための、あれは、第一の火の手だっ!
[#ここから3字下げ]
(三人は谷に向い、益々赤く焦げる空に対して、ジーッと無言で真壁の方を見詰めて立つ。事実音が聞こえる程に物凄く赤黒く焦げて行く空。
三人無言で立ったまま非常に永い間。――驚いてけたたましく鳴く遠くの猿の声。夜鳥の叫び。
やがて、前の時とは較べものにならぬ程急調にドウドウドウと山一杯に鳴り出す社の太鼓の音)
[#ここで字下げ終わり]
仙太 (その音で目が醒めたようになり)おう、こうしちゃいられねえ! (と箱を抱え込んで)じゃ、お二人さん、まっぴらごめんねえ。
加多 仙太、逃げるか?
仙太 冗談だろう。約束したんだ、とにかく植木まで突走るんだ。ご縁がありゃまた。(右手へ)
加多 五月には来るか?
仙太 先の約束あわからねえ、ま、ごめんねえ。(風のように右手へ消える)
今井 あの者、放してやっていいのですか?
加多 悪いとしてもしようがあるかな? ハハハ、いや五月には来ます。拙者が太鼓判を押す。
今井 (赤い空を見て)ウワッ! 爽快だなあ! 真壁に居合わさなかったのは残念だ!
加多 また、剣舞か? まず御免だ。気を立ててはいかん。さあ、行こう。(懐中から地図を出す)
今井 え、まだ行くのですか?
加多 (地図を調べつつ)君は、ではここで引返す気でいたのか?
今井 いえ、そういう……。
加多 まあ、気を立てたまうな。頭が熱すると物が見えなくなる。ええと、布切れで、そこの木立に目印を結んで貰いたい。(今井しぶしぶいわれた通りにする)そう、それでよい。ええと、ザット、いま、寅《とら》の一点かな。いや、おかげで北斗が見えなくなって困りもんだ。まあ、いい、西南稍|未《ひつじ》寄りか、さあ行こう。これから女体だ。(二人尾根道の方へ歩き出す。けたたましい太鼓の音の中に幕)
[#改段]

4 植木村お妙の家

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 今は荒廃しているが、以前はさぞ立派だったろうと思われる大庄屋の家の母屋の内部。現在では人の出入は勝手口ばかりからなされているらしい。
 舞台右手半分は広土間、左手半分は大炉を切った勝手の板の間。
 広土間の奥――舞台正面やや右手寄りに、くぐり戸付きの勝手出入戸。右隅に釜場。板の間の左手は戸棚になっていて昔はそこに台所道具が入れてあったらしいが、いまは下の段は戸が立ててあり上の段には沢山の位牌が並べてあって仏壇に当ててある。戸棚に続いて
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