ずにツツと進んで、円陣を乱されて立直ろうと混乱している博徒の群に斬って入る。誰がどう打込んでどうかわしてどう受けた等まるでわからぬ。バシッ、カチッカチッなど烈しい音がしてムラムラとしたと思うと、ゴブッ! と一つ音がして同時にワーッ! と悲鳴。混乱の中からツツツと後退りして来て、再び構えた仙太の左二の腕に、返り血か斬られたのか鮮血。立直って再び襲いかかって来る博徒等が、七人になっている。見ると、うしろの方に一人斬られて倒れている。――間《かん》。無言の対峙。ジリジリと左へ廻り込む仙太。この時、博徒の円陣の右から二番目に構えている男の裸の肩の辺から腹帯へかけて一筋血がプツプツとにじみ出して来て、見るまに腹帯を赤く染めるのと同時、トットットッ三、四歩前にのめってウムと低く唸って前に倒れてしまう。乱陣の中で仙太に斬られていたのを自分でも気がつかずにいたのである。間《かん》。ウッ! と叫んで滝次郎、飛込んで斬り下すのをはずして仙太横に払う、滝次刀身でバシッと受ける。二、三合、とど仙太の刀が一太刀滝次の腰に入る。滝次こらえて気が狂ったように真向から打下して来かかるのをかわしもしないでバッと足を払う間髪の差で滝次斬られてダッと横に倒れる。仙太も肩の辺を少しかすられている。滝次の斬られたのを見るや、にわかにおじけついた五人は、叫声を上げて、三人は右手奥へ、二人は竈を廻って花道へ風のように逃げ出して行く。仙太は追おうとはしないで、チョッとの間そのままで構えていた後、刀を下げて、あたりを見廻わす。肩で息をしている。今井、抜刀を手に下げたまま岩蔭から出て来る)
今井 (真剣の斬合いを初めて見たために気が立ってブルブル武者顫いをし、歯をカチカチ鳴らしながら)おい、こら!
仙太 おお! (とびっくりして身構え。変な顔をして竈の方を振向き加多を見る)
加多 今井、危ない! (仙太に)刀《とう》を引け、それは拙者の連れだ。
仙太 へい※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (ボーッとしている)
加多 だいぶ出来るなあ。お前。
仙太 ……へい。
加多 とどめは刺さないのか?
仙太 へい……いえ、へい。(自分に返って)あ、刀《とう》と言やあ、どうも何でえす、先程はありがとう存じました。お礼の申しようも……。いえ、そいつは、斬っといてとどめを刺すなあ無職出入りの定法でえすけど、今日はいたしません。仕かけられたのでよぎなく買ったこの場、とどめまで刺しちゃ冥利が尽きます。私が立去りゃ今の連中が来て引取り、助かるもんなら助かって貰いてえ。
今井 加多先輩、これは賊です。斬ったら?
加多 まあ、よい! 刀を納めたまえ。
仙太 どうぞ、まあ、お見逃しなすって……。
加多 殺したくはないのだ、はよかった。ハハハ。今井、君もやれたらこの男にかかって見るか? 斬りたくないと言って君も斬られるぞ。何しろ、出来る。
仙太 ご冗談を。じゃ、ええと、ご大切のお腰の物よごしまして相済みません。お返し申します。へい、何ともはやありがとうごぜえました。(刀を手拭でザッと拭き柄をも拭いて鞘に納めようとするが、右手の指がこわばってしまい、柄にねばりついて離れぬので驚いて振ったり、ひねったりする)おお、こいつあ!
加多 アハハハ、拙者のは少し重い。手に合わぬ刀を使うと、よくある奴だ。どれ。(と仙太の右傍へ行き、ウムと言って肱の辺をタッと一つ叩く。刀が仙太の手から離れる)
仙太 (落ちそうになった刀を受けて鞘に納め)では。恐ろしく結構な代物で。お蔭で助かりました。お礼を申し上げます。(と加多を初めてよく見詰めて、少しびっくりしたようである)
加多 切れるか?
仙太 切れるにも何にも、こんな立派なドスを掴んだのあ初めてで。あっしのなざあ、何しろ、ひん曲ったのにはびっくらしました。(身体を拭いたり寺箱を包んでいた着物を着たりしながら)
加多 どうだ、面白かったろう、今井君。
今井 え? ええ。初めてです。実に……(まだ昂奮が納まらず、ジロジロ仙太を見詰めている)
加多 あれだけの気合は士にもチョットない。腕も確かに切り紙以上だろうが、それだけではない。実戦の効だ。免許の士が向ってもまず敵し難いなあ。(と口ではひどくノン気な事をいっていても眼は鋭く、黙って身仕度をしている仙太の横顔を見詰めている)
仙太 (仕度を終わり、地に手を突いて)じゃ、まあ、ご免なせえ。色々のご心配、生涯忘れることじゃござんせぬ。厚く御礼申しやす。ごめんなせえ。(辞儀をして立ち、箱を持って右手へ行きかける)
加多 (黙って見ていたが、やがて)待て。
仙太 ……? (立止り振り向くが加多が何とも言いつがないので、小腰を屈めてから再び立去りかける)
加多 待たぬか、この大馬鹿者め!
仙太 へい? へへへ、ご冗談を。
加多 阿呆! 馬鹿と言っ
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