(これは先刻此処から逃げて行った手先である)いけない、こりゃ先程の乱暴者だ。強いぞ!
仙太 橋を切落して罪とがもねえ民百姓を川へ追落して置きながら、人の事を狼藉呼ばわりをして、よくまあ口がタテに裂けねえことだ! 手を引かねえかっ! (ワッと叫んで手先達の手元へ飛込んで行きそうにする。手先等ギョッとして一、二歩退る)……だが俺だとて無駄な殺生したくはねえ。手を引きな。たってとあれば相手になる。これを見てからにしろ! (いいざま刀をスッと抜いて、ムッ! と叫んで、傍に立っている茶店の表の角柱の荒削り三寸角ばかりの奴をズバッと切る。グラグラグラと茶店の屋根が傾く。たまらなくなってワーッといって元来た方へ逃げ去って行く手先等)チェッ!(お妙等に)さ、早く逃げなせえ。
お妙 どなた様だか存じませんが、危いところをお助けくだすって!
仙太 そのお礼にゃ及ばねえ。こうなれば一揆もまず望みはねえ、此処まで出て来たあんた方も口惜しかろうが、はたで見ていた俺も口惜しい。が仕方がねえ、村へ帰ってまた時節を待つのだ。
お妙 はい、ありがとうござります。私どもは植木村の者でございますが、このご恩は死んでも忘れることじゃございません。
仙太 それは先程も聞きましたが、植木村というのは、私にも縁のねえところじゃねえので尚のことだ。お話では村でも食うに困るとのことだが、これから帰ってどうしなさるんだ?
お妙 はい、……(自分のすそにすがりついている子供等を見廻して途方にくれる)これだけの子達は、親兄弟が死んだり欠所《けっしょ》になったり所払いの仕置きを受けたりしたために、私の家へ自然に引取って養っていて、いまでは私一人を頼りに生きて来た者ですけんど、私のうちにも食べる物としてはなし、どうしようかと存じます……。
仙太 そいつは飛んだ話だが、待ちなせえ……(懐中を探って、汚ない胴巻を出しかけて、暫くジット考えていたあげく)ええい、うん。さ、こりゃ少ねえが取って置いて、皆の食ブチにして、暫くのつなぎ[#「つなぎ」に傍点]でもつけてくんなせえ。(お妙に渡す。お妙は面喰ってモジモジしている)たんとはねえ、二十両ばかりだ。さ!
お妙 いえ、そんな大金を見ず知らずの……
仙太 何をいうのだ早くなせえ、また奴等が追って来ると面倒だ。さあ、名をいわなきゃ受取らねえとあれば、私は仙太郎というナラズもんだ。そしてもし植木の辺に仙右衛門という五十ぐらいになる百姓のなれの果てが迷い込んでひもじがっていたら、握飯の一つも食わしてやって下さりゃ満足だ。そいつが私の兄でね、実は兄きを助けてやりたいばっかりに……いや、これは此方の話だ。お前さん方を見ていたら、兄き一人を助けるのなんのとヤッキとなっていた自分の了見が馬鹿らしくなった。さ、グズグズせずに、早く行ったり!
お妙 ……はい、それでは、仙太郎様とやら、これは黙って頂戴いたします。この子達が大きくなったら、あなた様のことを忘れないでございましょう。ありがとう存じます。そして私の名前はお妙と申しまして、植木村の……。
仙太 おっと、それは聞かねえでも沢山だ。また通りかかったら寄りましょう。早くしなせえ。
お妙 ありがとう存じます。では(子供等も女房等も仙太に礼をして、中には手を合わせて拝んだりする女房もいて、ゾロゾロと花道の方へ行きかける)
仙太 おお、チョイと。聞くのを忘れていたっけが、植木にはたしか甚伍左様という親方がおいでだが、お達者ですかい? ご存じありませんかね?
お妙 え! それでは私の父親のことをご存じでござりますか? いいえ、私はその甚伍左の一人娘の妙と申します。
仙太 何だと、お前さんが! そ、そ、そうか。甚伍左様の娘さんでお妙さんだと。ウーム。
お妙 父が無事で村にいてくれたら、こんな苦労はいたしませぬ。
仙太 えっ! それじゃ、親方はどうにか?
お妙 父はふだんから村の小前の者達の暮しの苦しいのを何とかしなければならないとかで、大方内を外にして、あっちこっちと出歩いていましたが、丁度二年前、いつもの通り父は留守、私一人が留守居していますところへ、江戸の何とか奉行様支配与力とかの衆が出向かれまして、父が何でも水戸様の御浪人方と通じてムホンを起しそうにしているところをお召捕りになったとか、八州様から追込みにあっているとか、……それで少しばかりありました田地田畑すっかり、家屋敷だけを残して御欠所になったといい渡されました。それ以来、父は生きたか死んだか未だに行方知れず、私一人で家財道具を売食いして今日までこの子達を相手にして……(こらえ切れず泣く。女房達と子供等の中にも泣きはじめた者がいる)
仙太 ウーム、そうですかい……。
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仙太 (バリバリと歯を食いしばって)
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