!
子分一 町方の衆だね。どうしなすった?
手先 丁度いいところであった。いや、どうもこうも、本宿筋から通りへかけて、まるでゴッタ返しているのだ。叩きこわしの奴等と植木村の百姓が丁度一緒くたになりやがって、米屋から質屋、目ぼしい商売店を片っぱしから、ぶちこわして、段々此方へ押して来ているのだ。町方からお手代配下御出役、その上に火消しまで出張って、せきにかかっているが止ることじゃない。お前さん方も早く加勢に来てくれろ。実あ本宿手前の土橋をさ……たしか此処からも見える筈……(右奥へ行き遠くを指して)ほら、あれだ。あの橋を落して、夢中になって後から後からと押して来る奴等を、いやおうなしに川へはめちまおうというので、火消しの連中と弥造さんの手の人とが引落しにかかっているが、まだ落ちねえ。早く加勢に来てくれ!
半助 よし! それ行け!
仙太 (前に立ちふさがる)待った! いいてえことがあるというのは此処のことだ。弥造の兄弟分で一揆を川へ落そうとするからにゃ、ことあ念が入ってらあ。そこを動くと踊りをおどらせるぞ!
半助 退けっ!
[#ここから2字下げ]
(トタンに右奥遠くでドドドと土橋が水へ落ちる音。それに混って多勢の叫声、悲鳴。エエジャナイカの騒音。長五と子分三と手先が「オッ落ちた」といってその方を見る)
[#ここで字下げ終わり]
半助 それ、此奴等を眠らしちまって駆けつけろ!
[#ここから2字下げ]
(半助はじめ四人ドスを引っこ抜いて二人に突いてかかる)
[#ここで字下げ終わり]
長五 (殆ど冗談半分に)そら、突け、やれ突け! (子分二と三のドスを三、四合引っぱずして置いて持っている棒で相手の頸の辺をなぐりつける)そっちじゃ無えぞ! (その間に仙太は半助と子分一の刀をかわし、身を引くトタンに持っている棒を二人の足元目がけてバッと投げると、それがきまって半助が前へ突んのめってしまい、子分一はよろめいてストストと前へよろけ、茶店の屋台に頭をぶっつけて目をまわす。手先はドンドン逃げ出して行く)
仙太 口程にもねえ奴等だ。
長五 水でも喰らえ! (と子分二を締上げながら右の方へ押して行き、突飛ばすと茶店の斜裏が川になっているらしく、ドブーンの水音と子分二の悲鳴。仙太も黙って子分一の首を掴んで引きずって行き、川へ叩き込む。その隙を見て半助と子分三は刀を拾って町の方へ逃げ出して行く。長五戻って来て、それを見送る)喧嘩となりゃ江戸で鍛えたあんさんでえ、この辺の泥っ臭え奴等に負けてたま……お、居ねえ、弱いのも弱えが、逃足も早い。アハハハ、いい気持だ。見ろ、あにき、半助親方ドスを担いで逃げて行かあ。
仙太 (右奥を眺めやりつつ)ウーム。
長五 どうした? 何だ? よく唸る男だぜ。(自分もそっちへ行き眺める)ほう、あれ、あれ! 後から後からと川へ落ちてら。(水音。人々の騒音)何てまあ馬鹿な百姓共だ。後から押されて押されるままにゾロゾロ川へ落ちる奴があるか! お! あれ! しかし無理もねえ、両側はビッシリ家並で、後から押す奴は橋が落ちたことあ知らねえのだ。
仙太 (思わず大声で叫ぶ)おーい、いけねえ。橋が落ちているんだ。押しちゃいけねえ!
長五 すぐ鼻の先で怒鳴っても聞こえねえのが此処から聞こえるもんけえ! (いわれて気づき仙太黙る。呆然として眺めている。……間。奥の騒ぎ声。水音。……間)
長五 ……兄き、見ろ。兄きは先刻、これが百姓だ! といった。ところが、あれも百姓だ! 馬鹿な! 阿呆でフヌケで、先に立っている自分達の仲間が川へドンドン落ちているのもご存じねえで、ただ押しゃいいと思っている。手も無く豚だ! あれが百姓さ! フン、俺も百姓になるんだなんぞと無駄な力こぶを入れるのは止しな。
仙太 うぬっ! (いいざま刀に手をかけ腰をひねる)
長五 (飛びのき)オット、またけえ? アハハハ、のぼせるなよ、兄き。じゃ、あばよ。俺あこの辺で消えた方がよさそうだ。達者でいねえ。そうと気がついたら当分俺は筑波の賭場だ、待っているからやって来ねえ。(ドンドン左手へ行ってしまう)
[#ここから2字下げ]
(仙太それをボンヤリ見送っていた末、近づいて来る騒ぎの音に、再び橋の方向を振返って見て、やにわに町の方へ駆け出して行きかける。その鼻先へ殆どブツカリそうに町の方から四五人の手先に追われて悲鳴を上げて逃げて来る前出の女房達と子供等、前にいなかった女や子供も四、五人いる。お妙は頬被りをむしり取られ髪を乱しながら子供達をかばいつつ)
[#ここで字下げ終わり]
手先 待たんかっ!
仙太 お! 先刻の衆だな、よし! (と女子供をかばって手先等に向って大手をひろげる)何をしやがる! 女子供、足弱に対して変な真似をすりゃ、俺が相手だっ!
手先一 狼藉者お召取りだっ! 退けっ!
手先二
前へ
次へ
全65ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング