、町の方は? 叩きこわしが始まるんですかい?
番太 き、貴様は何だと聞いているのだ!
長五 ご覧の通り、旅をかけている人間だがね。ま、一杯どうだい? こうなると町方衆も楽じゃねえね、エジャナイカの上に何でも此処を一揆が通るんだって?
番太 そうだ! 植木村のほか三ヵ村の百姓共三、四百人、まるで腹の減った狼同然の奴等、竹槍、ムシロ旗で押通るのよ。まるで餓鬼の行列じゃからどんなことをするか。貴様達もこの辺でウロウロしていない方が身のためだぞ。早く行け! (いい放ったまま奥へ駆け込む)
長五 ペッ、何を言ってやがる!(飲む)
仙太 植木村ほか三ヵ村。甚伍左親方のお住いがたしか……。(間)
長五 くどいようだが、兄き、どうあっても村へ帰らにゃならねえのか?
仙太 お前から見れば馬鹿々々しくも思えよう。が、いつかもいった通り、そもそもの俺が無職に入ったのが、兄が叩き放しにあってからのことだ。第一がこんな世の中が癪にさわってならねえムシャクシャ腹だ。士や旗本商人はいうもさらなり、あのときあ同じ百姓共が兄の難儀を見て見ぬ振りをしているのだ。俺あガッカリもしたし、同じ百姓を一番憎がったものだ。しかし俺あやっぱり百姓の子だ、足を洗って何になるかといやあ、百姓になるのだ。ウム。……第二には、お恥ずかしい話だが、兄の田地を取戻すための二十両の金を拵えるためだ。あのとき利根の親方から恵んで貰つた一両の金で何か商売でもと色々にしたっけが、いまどき二年や三年が間に十両の金でも儲けられようという商売なんぞありはしねえ。ヌスットをしなきゃ、ピンコロで稼ぐ外に途あなかった。でやっとのことで二十両、どうにか拵えて、こうしてそれを持って帰る俺だが、くらやみ、こんなことをいえばお前ふき出すかも知れねえが、俺あもともとバクチは身顫いの出る程嫌いなのだ。
長五 本所から深川、方々のお邸の部屋々々へかけて壷を握らせりゃまず並ぶ者のねえというお前がバクチが嫌いだという。だが一度無職の飯を食った者がまた田の中へ這いずり廻ろうとしてもできる相談じゃなかろうぜ。それよりも、兄きも言ったムシャクシャ腹、世の中をハスッカイにシャシャリ歩いて、癪に障る奴等にツバぁ吐きかけながら渡るのが、分別だろうぜ。ご時世が変るだの何だのと方々でワイワイ騒いでこそいるが、どうせどっちに転んだとて所詮が、二本差した奴か物持ちの奴等の話だ。壷を取るのが狼になるか虎になるか、それだけのことよ。糞面白くもありはしねえ、勝手にしろさ。
仙太 まだいうのか、長五?
長五 何度でもいうぞ。お前は阿呆だ。夢を見ている阿呆だ。先程はお前に睨まれてギックリしたが、今度あ怖くはねえ。
仙太 (立上りかけるがフと自ら顧みて)ウム……くらやみ、もうお前、行ってくれ。(下を向く)
長五 (いいつのる)そうだろうが! 世の中が立直しがあるとか何とかで変にゴタゴタとグレハマに[#「グレハマに」は底本では「グチハマに」]騒ぎ出したなあ今日や昨日のことじゃ無え。方々で飢饉凶作、打ちつづいて、食えねえ人間がウヨウヨしているのも、五年や十年のことじゃねえぜ。下々の民百姓によく響いて来るものならば、もうトックの昔に響いて来ている筈だ。それがどうだ! おおそれ、遠いところを捜すことあねえ。今聞えて来るエジャナイカの叩きこわしは何のための騒ぎだい? 此処を通るという一揆だ! みんな虫のせいやかん[#「かん」に傍点]のせいで冗談半分にやっていることなのか? 大違えのコンコンチキだろうて! みんな民百姓下々の食えねえ苦しまぎれのなす業《わざ》だ。真壁の、それを……。
仙太 (急に立って[#「急に立って」は底本では「束に立って」])ええい、まだいうのか! こ、こ、この(思わず左の手が腰に行っている。一足パッと飛下って仙太を睨んで立つ長五郎。……間……ヒョイと自分が何をしようとしていたかに気づく仙太、気を変えて傍を見るが、胸中の欝屈のはけ口を見出し得ない焦立たしさに、黙って茶店の前を彼方へ歩き此方へ歩きはじめる)
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(花道より袋をかつぎ、手拭で頬被り、すそをはし折ったお妙出る。その前後を取巻き、すがりついて互いに手を引き合った八人の男女の子供達――餓え疲れて眼ばかりキョトキョトさせ、はだしだ。中に割に身体の大きい男の子二人は竹槍を杖に突いている。その後に幼児を負った女房二人――これは餓えと疲れの上に極度の不安のために気も遠くなったらしい様子で、ボンヤリ無言で、フラフラついて来る)
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子供一 やあ、町が見えら!
子供二 取手の町だんで! 父ちゃん兄ちゃんが待っとるぞ!
子供三 父うにあったら、おら、おまんまば食わしてもらうのじゃ! そいから、江戸へ行くんじゃ! な、嬢様!
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(お妙、そうい
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