きり。よっ! (サイを投上げ受けて掌を開き)筑波と出たよ。
仙太 相変らずだなあ。だが長五、先刻もいう通り、どこへ行くにしても、北条の喜平の息のかかっている親方衆の所で草鞋を脱ぐのだけはよしにしてくんなよ。こいつはいままでの兄弟分のよしみに免じて俺の頼みを聞いてくれ。
長五 合点だ。筑波にゃ仏の滝次郎、いい顔の貸元で、つき合いの日は浅えが妙な縁で江戸で呑み分けの兄き分がいるから、どうせそこに転げ込むんだ。だが、このままあっけなく別れるというのも何だから、その辺で一杯どうだろう。
仙太 そうよなあ、一度別れりゃまたいつといってあえねえ。お前を相手じゃ意地も張れめえ。(二人連立って本舞台へ。――茶店の前へ出て)おお丁度おあつらえ向きだ。ごめんよ。
長五 おい、休まして貰うぜ。なんだ、誰もいねえのか。おい! (いっているところへ、本宿の方の騒音急に激しくなり、エジャナイカの声々が潮のように起る)何だありゃ?
仙太 フフン、こんな所にも流行って来たのか。江戸を出る時も千住あたりでエジャナイカ、エジャナイカであちこち叩きこわしが始まっていたが。
長五 何でも米屋と質屋が一番先きに叩きこわされるというのだから、米も金もなくなって食うに困った連中のやることだ。ウンとやるがいいや。ついでに知行取りの士屋敷や奉行所、公方様の米倉あたりまで押せば[#「押せば」は底本では「伸せば」]いいに。
仙太 こらえ切れなくなった町人百姓の尾も頭もねえ八つ当りだ、どう転んだとてそこまでは行きはしねえ。情けねえ話だ。御大老が斬られるわ、あっちでもこっちでも強盗火つけ、押しがりゆすり、人殺し辻斬りと、全体末はどうなるのかなあ?
長五 そいつは八卦見にでも聞くがいいや。世間の抜道を斜《はす》に歩く俺のような渡世人にゃ、この世の中がどうなろうと知ったことかい。ホイ、酒だ。おい、ごめんねえよ! いねえのか、誰も? おい!
爺の声 はいはい(出てくる)はい、何ぞ御用で?
長五 茶店の者が人が来たのに何の用もないもんだぜ。ハハ、早いとこ、一本つけてくんなせえ。
爺 それはもう何でがすけど、今日はもうご勘弁なせまし、へい。
長五 何か、もう売切れたのかい?
爺 いえ、もうこれぎりで店をしまおうと火を落してしめえましたので。なんしろ、お聞きの通りのエジャナイカ騒ぎで本宿辺は散々にぶちこわしが始まっていると申しますし、それに何でも噂では百姓一揆が此処を通るんだとかで、あれやこれや、ボンヤリ店を開いていて傍杖でも喰うた日にはたまりましねしね……[#「たまりましねしね……」は底本では「たまりましてね……」]。
仙太 百姓一揆がね、フーム……。
長五 詰らねえトバッチリを喰うもんだ。じゃ冷やでいいから持って来てくんな。
爺 それも、どうか勘弁して貰いてえで。わしあ、はあ、此処をたたんで、内へじき帰りますで。
長五 馬鹿を言うねえ。街道に向いて店を張っての渡世をしていりゃ半分は通行人の店だ。持って来な。只飲もうというんじゃ無え。来いといったら持って来ねえか!
仙太 長五、てめえまた、素人衆に喧嘩売る気か? 爺さん、こんな男だ、悪気はねえ。これで(と小粒を爺に渡して)冷やでいい、一升だけ徳利のままと、茶椀を一つ、それだけソックリ譲って貰おう。そして俺らはこの縁台の端を貸して貰って勝手に休まして貰うから、お前さんは帰るなりと何なりとしておくんなせえ。
爺 へい、へえ、こんなに沢山いただいちゃ……。じゃまあ。おっしゃる通りに……(内に入る)
長五 現金な野郎だ。珍しいなあ、お前飲むのか、兄き?
仙太 お別れだ。
爺 (徳利と茶椀を持って来て縁台の上におき)これにおきますよ。盛りはタップリで。わしはこれで行きやすから。(奥へ引込む)
長五 糞でも喰え。オット、ありがてえ、さ、上げな。(仙太郎に酌をする。仙太黙ってグッと飲み長五に差す)すまねえ。
仙太 (酌をしてやって)いつもいう通り商人百姓、素人衆をもっと大事にしろ。それから、……身体を大切にしろ。
長五 ……俺あどうせ上州無宿くらやみの長五、あちこちの賭場の塵の中に、命を投出した男だ。兄きこそ、達者で暮してくれ。オット(グイグイ飲む)……しかしお前程の男を、惜しいなあ……。
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(二人シンミリしてしまって、永い間然って飲む。仙太はいい加減に茶椀を長五に渡してしまい、また急にはげしく聞えて来はじめたエジャナイカのどよめきに耳を傾けるようにして黙っている――間)
(六尺棒をかい込んだ番太、左より走り出て来て、奥の町の方へバタバタと駆け抜けようとし二人をヒョイと見てギックリ立止る……)
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番太 ……な、な、何だ、お前達は?
長五 ……(ジロジロ見て暫く黙っていた後で)……何だって? ハハ、だいぶ騒々しいね
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