て役人等の後を追う)
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[#地付き](幕)
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2 陸前浜街道、取手宿はずれ
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四年後。
宿はずれも利根川寄りの方とは反対側。江戸千住を出た街道が我孫子を経て利根川を渡り取手町に入って二つにわかれ、一方は土浦へ。一方は守谷へ通ずる。その三叉に立った茶店の前。したがって取手の本宿は右手奥になり、利根川は花道揚幕の奥からグッと半円を描いて舞台左手奥を流れいる気持。開幕前に幕内遠く本宿の町の方に当って多数の団扇太鼓の急速な囃、調子をつけて鳴り、それに合わせて多数老若男女の群集が走りながら叫び立つ。「エジャナイカ! エジャナイカ! エジャナイカ! ……」の声。遠い潮の音のように起り高まり、つぎに低くなり、やがてフッと消える。開幕。
揚幕の奥はるかに「おーい、船が出えるうーだあーよううーい」と船頭の声がしてカンカンカンと木板を叩く音。揚幕を出て来る真壁の仙太郎とくらやみの長五郎。旅装束。二人とも廻し合羽、道中笠、一本刀。素足に草鞋。――仙太郎は四年の間にスッカリ人態が変ってしまい、以前から百姓には不似合いな程に綺麗だった顔が、引きしまり、横鬚に少しのぞいている刀の疵跡。しかしその鉄拵えの刀や身なり一体が歳にしてはひどくジミで、とりなしなども手堅く、普通の旅歩きの博徒とは少し違う。長五郎はそれこそ、生え抜きの博徒の様子。
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長五 おい真壁の、そうまあ急ぐなってことよ。向う両国から右に切れようたあ[#「切れようたあ」は底本では「切れたようたあ」]訳が違わあ。いずれを見ても野っ原ばかりだ。足もにぶらあ。お蔦さんが今度こそあ仙さんを連れて来てといってたっけが、――おっと、禁句か。いやさ話がよ、チチチンと、あれ寝たという寝ぬという、とまあいった訳で、あーっ、俺は恋しいや、深川はやぐら下。へん、兄きあまるでこれから色にでも逢いに行くようだ。
仙太 のほうずな声を出すな。ハハ、色ならいいがな。くらやみ、利根を渡るのはこれで三度目だが、渡船の歩み板を一足ポンと此方へ降りりゃ、おいらのためにゃ仇ばかりよ。
長五 仇といやあ、よんべの姐やがのう、もう一日いてくれとホロリとしたときにゃ、俺も碇を降ろそうかと、へへへ……考えたもんだ。
仙太 とかなんとか、不景気故の空世辞をまに受けて、枕だこのできた飯盛りなんぞに鼻毛読ませの、ヨダレをくっているなんざあ、見られた図じゃねえ。まずおいて置け。
長五 しかし女は買わず酒は飲まずの渡世人というのも珍しかろうぜ。兄きあよっぽどの唐変木だ。こんな男にお蔦ともあろう女が首ったけとは、わからねえ話だ。男ひでりがしやあしめえし[#「しやあしめえし」は底本では「しゃあしめえし」]。へん、おうべらぼうな。下手をしていりゃ、お蔦さん追いかけて来そうだった。
仙太 お蔦のことあ口にしねえ約束だったぜ、長五。先は芸者だ。惚れたふりをするのが商売だ。いいや、もういってくれるな。俺あ唐変木だが、そしてお前が二本棒か。ハハハ。(二人歩く。遠くを望んで)ああ筑波が見える。(七三に)
長五 それじゃ兄き、お前どうあっても真壁に帰る気か?
仙太 くでえ。四年が間今日の日のことばかり待ち暮した俺だ。久しくあわねえ兄を捜した上で田畑を買い戻し、俺あ百姓になるのだ。
長五 一旦渡世に入った者が足を洗って商人や職人になるためしはあるが、百姓になろうとは酔興が過ぎらあ。幾度もいうようだがお笑い草だろうぜ。第一出来ねえ相談だ。
仙太 お笑い草になる積りだ。出来るか出来ねえか見ているがよい。俺あもともと百姓だ。
長五 その百姓になろうという奴が全体、三年も四年も何のためにヤットウを習って目録以上なんてぇとんでもねえ腕になった? 百姓に剣術が要るのか、兄きの前だが?
仙太 俺あ、その時々に自分のやることあ、トコトンまでやらねえと承知出来ねえ性分だ。それだけの話よ。
長五 アハハ、じゃまあやって見な。権兵衛が種蒔いて烏がほじくるってね。こんなテンヤワンヤのご時世が見えねえ訳でもあるめえに。ウンウン田畑を作る者がある。出来た物あソックリ取上げる者がある。二本差して懐手、ソックリ返った烏がな。(仙太返事をせずに下を向いている)まず権兵衛殿、阿呆面にクソでもひっかけられねえ用心でもしなよ、へへへ。
仙太 くらやみの、てめえ……。
長五 と、と! 凄え眼をするなよ。あやまった。物騒な男だ。口が過ぎた。
仙太 (寂しそうに)ハハハ、まあいい。ところで俺あ真壁に行く前にお礼に寄るところがある。利根の甚伍左親方。そして、翌日からスッパリとドスを捨てる。じゃあ此処でお別れだ。てめえ何方へ行くんだ?
長五 待ってくれ。(懐中からサイを出してひねり)半と出りゃ鹿島、丁と出りゃ筑波の賭場だ。一遍こっ
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