う子供三の顔を見ていたが、フイと横を向いて黙ってスタスタ行く。子供等、女房達もそれを追って、一同七三に立つ)
[#ここで字下げ終わり]
子供一 嬢様、おら達はなぜん、川を向うへ渡らねえのだえ?
お妙 それはね、どうせ利根を渡らねばお江戸へは行けないけれど、新ちゃんのいったようにこの取手で父ちゃんや兄ちゃん、村を出て向うを廻って皆さんと一緒になってから渡ります。さ、早く行こうね! (女房を顧みて)お滝さん、しつかりなすってくんなんせよ。
女房一(喘いでいる)……嬢様、わしあ、はあ、もうおいねえ……はあ腹あ空いて……。
子供二 おらも腹あ空いて、おいねえなあ!
子供四 足がガタクリ、ガタクリすっで俺あ!
子供五 おらの目、どうかしたて。田んぼや木なんどが見えたり見えなんだりするのだぞ。
お妙 困ったねえ。(袋をおろして中を手さぐる)お芋も、もうねえものを。ホントに……。
子供六 ワーン(手離しで泣き出す。それにつれて八人の子供の中六人までが泣き出してしまう)ひだりいてや! ワーン。
お妙 かにして、よ! 泣くのは、かにして、どうしたらいいのだろう? 私だっても、私だっても……(羞ずかしいやつれた顔がベソをかきかけている。途方にくれて一同を見渡していた末、自分までが引入れられてはいけないとキッと気を取直して)……いいえ、泣く子は此処に置いて行きます! お江戸までも行って、お願いをせねばならぬ者が、お腹が空いたくらいで泣くほどなれば、置いてきぼりになって死んだがよい! さ、早く行きましょう! 行くべ、さ! (構わず歩き出して、本舞台の方へ。一同も仕方なくシャックリ上げたりしながらも泣声だけは止めて、ゾロゾロそれについて行く。茶店の横を折れて町の方へ行きかける。――先程から一行の様子を無言で見ていた長五郎と仙太)
長五 (ツカツカ前へ出て)チョイと待った。お前さん方どこへ行きなさるんだ?
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(ギックリして立止るお妙等。マジマジ二人を見詰めていた後、ジリッと身を引いて無言で再び行きかける)
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長五 聞こえないのか、待ちなといっているのに。
仙太 長五、てめえ……!
長五 そうじゃねえてば、怪我でもあっちゃと案じるからだ。姐さん方、町へ入っちゃいけねえ。
お妙 ……お役人様でござりますか?
長五 なによっ? 俺達がけえ? 冗談いっちゃいけませんよ、大概なり[#「なり」に傍点]を見てもわかりそうなもんだ。
お妙 それなればここを通して下せまし。町に用事があります。
長五 わかっていまさ、先刻から見ていりゃ、一揆の連れの衆らしいが、あの町の騒ぎが聞こえねえ訳じゃあるめえ、丁度ワイワイ連中のぶちこわしの最中にぶっつかって、お前等の連れの百姓衆まで一緒に巻き込まれた様子だ。それに町方あたりでも手を出したらしいて。あの騒ぎの中に割って入りゃ、見りゃ子供衆で、ひどい怪我をするのは知れたこと、悪くすれば踏殺される。
お妙 色々ご存じのようですから、おかくしはしませぬ。何処のお方か存じませぬが、私共は南の方植木村ほか三村の者、この町で他の村の衆と一緒になって江戸へお願いにあがるのでござります。私達が早く行かなければ皆様が此処から立てぬようなしめし[#「しめし」に傍点]合わせになっておりまする。どんな苦しみ怪我を受けるくらい、たとえ踏殺されても、それは村を出る時からの覚悟、三百人の中、百人二百人と殺されても、江戸までは行きまする。
長五 (呆れてしまい暫く無言で相手を見ていた後で急に笑い出す)アハハハ、いや、まだ十八か十九、取ってはたちとはなんなさるまいが、綺麗な顔をしている癖に恐しい事をいいなさる。しかしそいつは短気というものだ。江戸へ願いに行くというのも、どうせ百姓衆のことだから石代貢租のことだろうが、それにしてからが、ウヌが命が惜しいからだ。
お妙 ……村にいても食べて行けませぬ。一寸刻みに殺されているのでございます。覚悟はチャンとしておりますること故、黙って通してくだせまし。
長五 ……ウーム。そうか。じゃ、ま、何もいわねえ、お行きなせえ。(お妙等一同ゾロゾロ町の方へ去り行く。見送っている長五。見ると仙太郎は縁台の横の地面へ膝を突いて、片手を突き、下を向いている)……驚いたなあ、百姓の娘でも、ああなるのか。顔も恐しい別嬪だが、ゾッとするようなキップだ、のう兄き……。どうしたんだ、坐りこんじまって? どうした、気合いでも悪いのか?
仙太 ……ウム。……長五、見ろ。
長五 何だえ?
仙太 俺あ、うれしくって、ありがたくって、ならねぇんだ。あれが百姓だぞ! あれが百姓だ! 俺あ久しぶりに、ホントに久しぶりに涙が出て来た。
長五 なあんだ、ビックリさせちゃいけねえ。だとて何も後姿を拝むことあ、ありはしねえ。
仙太
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