ゃキット……。
仙太 うむ、……手出しはすんなよ……。
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(言葉の終らぬうちに、刑事群から追われて、叫び罵りながら走ってくる自由党々員五人。中の二人は仕込杖を抜刀して持っている。)
[#ここで字下げ終わり]
自一 犬めっ! 逃げることあない! 逃げることあないぞっ! (と言いながら逃げている。後を振返りつつ)
自二 斬るかっ、この辺で※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
自三 いかん! ここじゃいかん! とにかく、寺へ報告しろ!
自四 藩閥の犬め! 畜生!
自五 富永先生を山へっ! (五人足を踏み鳴らして走って叫びつつ、本舞台にかかり、その中の二人ばかり、道を迂回するのが、まどろこくなって、いきなり稲田の中に一、二歩踏み込む。一行を避けて立っている仙太郎と段六と滝三)
段六 (思わず前へ出て)あっ、いけねえ!
自一 な、なんだ、貴様※[#感嘆符疑問符、1−8−78] (その威嚇に驚いた段六尻ごむ。党員等は三人を無視して、今度は五人とも稲田へ踏込みかける)
仙太 待った! お前さん等、田へ踏ん込んではいけねえ!(その声に、二、三人が振向くが、これも無視して、稲の中にバラバラと入りかける)やい、待てといったら待たねえか! (初めて、筑波で賭場を荒した頃の仙太郎の調子がでてくる。五人、チョッと気押されて立ち止る)そりゃ、汗水たらして俺達が育てたお稲だ。踏み込んじゃならねえ!
自二 き、き、貴様何だっ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 ご覧の通り、百姓だ。
自二 百姓はわかっている! その百姓が、どうして、貴様達のためにこうして運動しているわれわれの邪魔をするかっ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 俺達のためだか、お前さん等のためだか、そいつは、そこのお稲に聞いて見ろ! たって田を踏んで行きたきやあ、俺の身体をまず踏んで行け!
自一 貴様何という奴だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
仙太 百姓だ。
自一 だから名前は何というといっているんだ?
仙太 真壁の百姓仙太郎。
自一 なに、仙太……? 仙太郎だと?
自三 じゃ、斬られの仙……。筑波党の――。
仙太 ドス一本、鎌一丁持っているんじゃねえ。行きたいとありゃ、俺を踏んづけてから、行って見ろ。段六公、鍬はおろしな。手出しはしねえ。ただ、タンボは百姓の命だ。どんな名目で田を荒して行こうというんだ!
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(いわれて気は立っているし、党員の一人は抜刀を振りかぶりかけるが、他の者がそれを押しとどめる。三人少し鼻白む)
[#ここで字下げ終わり]
自一 いかん! さ、行こう!
自三 相手になるな、気ちがいだ! (それで五人はコソコソ走り出す。稲田に踏み込むのはよして、路上右手の方へ走り去る。)
段六 阿呆が! (鍬を振る)
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(すると再び揚幕から、これを追って走りでてくる角袖が七人。それにつづいて、手甲脚絆で物々しい格好をした大地主の平松の当主と、その従者二人。都合十人。この方は互いに一言もいわずに、本舞台へ殺到する)
[#ここで字下げ終わり]
平松 (右手を指して)そっちだ! そっちだ!
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(その声につれて同勢は一言も発せずにバラバラッと右奥へ向って、稲田の中に飛込んで行こうとする)
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仙太 やい、待てっ! (と、段六の持っていた鍬を取って下げていたのを振って、一番手近の……向うずねをカッパらう)
角一 な、な、何を……するかっ!
仙太 なぜ田の中に入るんだ、道があらあ、道を歩け、どめくらめ!
角二 き、き、貴様自由党に味方をするかっ! こら、おい、き、き(懐中から短銃を出して打ちそうにする)
仙太 射つのか? 射つなら射って見ろ! そんな、ブルブルもんで俺に当りゃ、おなぐさみだ! 自由党がお前達のことを犬だと言っていたが、なるほど犬だ。それも狂犬《やまいぬ》だ。
角一 (平松に)此奴、なんだ?
仙太 何でもねえ、この田を作っている百姓だ。へい、これは平松の旦那さま。
平松 き、き、貴様! 詰らん、邪魔ばすっか! 作っているのは貴様かも知れんが、田地はわしのものだぞ! 邪魔ばすっと、田地ば引上ぐっぞ! 小作はやめさせるぞっ!
仙太 旦那、血迷っちゃいけねえ。そいつはご挨拶が違うだろう。俺がお稲を大事にすりゃ、そいだけお前さんも儲かるんだぜ。へへへへ。仙太郎、ありがてえと、礼をいいなすってもいいところだ。
角二 仙太郎? 斬られの……例の?
角三 とにかく、早く行かんと――。
仙太 斬られたこともあるし、射たれたこともある。さあ、行くなら行ってみな。
角一 (他の者に)おい、早く行こう! (十人、田へ踏み込むのをやめて、路上を右手へ向って走り出す)
平松 (それらの後につづきな
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